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第三章 箱庭編

箱庭Ⅵ 傀儡魔法

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 ヴェレットに促されるまま屋敷の外に出たアルエット一行は、屋敷の入り口で大きな荷物を背負った老人を発見した。つばが広く先がとんがった変わった帽子と、真っ黒なローブを着ており、顔以外の素肌が全くと言っていいほど露出していない。そして曲がりきった腰に似つかわしくない巨大な箱が一層目を引く。老人はこちらに気付くと、その箱を肩から下ろし一礼をした。ヴェレットは老人の元へ駆け寄り

「いつもギェーラからはるばるありがとうございます。こちらが今月の納品ですかな?」

 と老人に告げる。老人がコクリと頷くとヴェレットは使用人を呼びつけ、

「お前たち、これを私の部屋に。」
「かしこまりました。」

 現れた男女の使用人が、手分けをして箱を屋敷へ運んでいく。

「納品、ねぇ……一体、何を納品したのですか?」

 老人に近づきそう尋ねるアルエット。老人はアルエットの姿を見るなり目を大きく見開き、驚きを露わにする。

「これは……これは。旅の方ですかな。イヤ、お取り込み中だったようですみませぬ。」
「いえ、こちらこそいつものお仕事に水を差すような真似を……申し訳ございません。」

 老人はアルエットを品定めするようにじっくりと見つめる。

「ふむぅ……見たところ、それなりに高貴なお方だと思うのじゃが。この先といえば魔族の領地ばかりで、道楽で足を踏み入れるような場所ではございませぬぞ。」
「殿下のことを知らない人間……?」

 老人の言葉に、まだ屋敷の入り口で佇んでいたガステイルが呟く。

「ガステイルさん、あの会話聞こえるんですか?」

 隣にいたアムリスがガステイルに尋ねる。

「あ、はい。だいたいのエルフならこの距離でもある程度は聞き取れます。」
「へぇ、エルフってすごいんですね。ところで、なんて話をしているんですか?」
「どうやら貴族の遊興の旅だと思われているみたいですね。ここから先は魔族領だ、道楽で足を踏み入れていい場所じゃない、と。」
「それで、アルエット様はなんて?」
「あ、今から答えるみたいですね。ちょっと待ってください。」

 ガステイルはそう言って、アムリスの口元を制し黙るように促した。アルエットが口を開く。

「女王陛下の命による魔族討伐の旅でございます。道楽などとそのように評される謂れはございません。」

 老人は目を丸くし、髭をさすりながら言う。

「なんと……これは不躾じゃったのう。田舎の魔法使いゆえ、世情のことは疎くてな。それにしても、人と魔族の争いはもうそんな局面まで進んでおったのか……。」
「……、フォーゲルシュタットのニート姫まで戦場に出る羽目になったそうですよ。」
「ほお、それは興味深い……というか、戦えたのじゃな、あの姫様。」

 アルエットの笑顔が引き攣る。離れたところで聞いているガステイルとアムリスは必死に笑いを堪えている。

「とにかく、最初の問いに答えてくれますか?あれは何を納品したのですか?」

 あからさまに不機嫌になったアルエット。老人はアルエットの圧に戸惑いながら

「ワシの自作人形じゃ。これでもずっと人形職人として生計を立てておってな、ヴェレットさんのような太客もついておるんじゃ。ありがたいことにのう。」
「自作人形、ねぇ……。もしかして、その人形って自由に動いたりするのかしら。」

 アルエットには心当たりがあった。人形を魔力で象り、応答の論理回路を組み込むことにより簡単な受け答えを可能にさせる魔法体系に。しかし老人は随分と余裕の表情で笑う。

「フォッフォッフォ。確かにワシも傀儡魔法を使う者……じゃが、ワシの魔力じゃそこまでの物を作るなど不可能じゃ。納品したものもあくまで愛玩用のおもちゃに過ぎぬよ。ほれ。」

 老人はそう言って、荷台から人形をひとつ取り出し、アルエットに渡した。フリルのついたボンネットを被り、青と白をベースにしたワンピースをつけている女の子の人形であった。長くサラサラとしたブロンドの髪と透明感のある空色の瞳が特徴的な可愛らしい顔をしており、女児の人気は高そうだ。アルエットはその人形をまじまじと見つめている。

「ふむ……なるほど。」

 アルエットはそう言うと、今度は道を行く町人達の様子を見る。すると、街の人間はアルエットや老人に向けて指をさし、何やらヒソヒソと喋りながら通っていく。それも、一人の例外もなく。

「……随分と、街の人からは煙たがられているように見えるが。」

 老人は目を見開き、口を開く。

「ホホホ……まあ、ヨボヨボのじじいがこんな人形を作る姿というのはなかなか奇怪に映るんじゃろうて。まあ、今に始まったことじゃないのでな。」
「いえ、滅相もない。ここまで丁寧な人形は王都でもなかなかお目にかかれないですよ。ぜひ、この人形職人の名をお聞かせ願いたい。」
「はぁ、ワシの名にそこまでの価値があるのかは分かりませぬが……。ワシはドニオと申します。ギェーラのドニオです。」
「ふむ、ドニオ殿……。いや、仕事の邪魔をして申し訳ない。良い仕事を見せて貰った。ありがとう。」
「いえいえ。ワシの方こそ久しぶりに人と世間話ができて楽しかったよ。それじゃ、また。ヴェレット様も、失礼いたす。」

 ドニオはアルエットとヴェレットに頭を下げ、屋敷を去っていった。ドニオの姿が見えなくなった頃、アルエットはヴェレットに目を向けて言った。

「それではヴェレット様、私もそろそろ……」
「おお、そうか。」

 アルエットは目でアムリスとガステイルを促し、屋敷の外に出る。その瞬間、シャガラを抱えたルーグが角から飛び出してきた。

「アルエット様!!」
「ルーグ!びっくりしたじゃないか。」
「ああ、すみません。」
「全く、どうかしたのか?」
「ああ、そうです!コイツ……シャガラから聞いたんですが、ギェーラの人形師ってやつがこの街で何かを企んでいるって話らしいんです!」
「ギェーラの……人形師!?」

 アルエットは信じられないという顔をし、ガステイルとアムリスは先程ドニオが帰って行った方角に顔を向ける。

「え、アルエット様、ご存知で?」
「知ってるも何も、さっきまでここに居たよ……」
「な、なんですって!!」

 アルエットはため息をひとつつき、落ち着いた声色でルーグに言う。

「とりあえず、その子の話も聞こうじゃないか。動くのはそれから……まあ、今からだと明日になるかな。いずれにしろ、今日は戻ろう。」

 一行は、一旦シャガラの家へと戻って行った。
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