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第十章

383 出よう

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その森に棲む魔獣達は、朝も昼も夜もなく、活発にカサカサと草をかき分け、土を踏みしめる音を響かせる。その魔獣達の数が、数年前に比べて異様に多くなっていることを知っている者はごく僅かだった。

森の中には、エルフの里が二つ。手前には、罪を犯した者やその家族が住み、万が一のための防波堤になる。

術をかけてあるとはいえ、数十年に一度は、外から人が迷い込んできたりするのだ。その対応をするのも、手前の里の者たちだった。

エルフ達は、神の怒りを買った人族をことほか嫌い、接触することもけがらわしいと考えている。だからこそ、外に出て、人族と関係を持った者を嫌うのだ。

しかし、どれだけそのような考えが浸透していたとしても、裏切り者だと言って手前の里へ放り込まれた者たちもバカではない。追い出されたという反発心もあり、次第に考え方が変わってきていた。

「なあ……ちょっと前に結構な人数の戦士が出てったよな? 何があったんだと思う?」

こうして、里の方針や行動に、疑問を自然に持てる者が居るのは、奥にある里に住む者たちには考えられないことだった。

「あっ、俺聞いたっ。なんか、ついに反逆者達を追い詰める時が来たとか言ってた。奥の里の奴らが言う反逆者って……古い教会の」
「ああ。国になった教会のな。へえ……なら、今戦士が少ないのか……」
「何考えてる?」

尋ねた男はニヤリと笑い、問いかけられた男は、ふむふむと頷いて鋭い視線を周りに飛ばす。

「ここの見張りが減っているのは、気のせいじゃないようだな」
「それ、私確認した。門の所の奴らしか居ないよ」

緩いとはいえ、この里の者たちは監視下にあった。逃げ出さないように見張られているのだ。奥の里に居るエルフ達にとって、この里から出るというのは、彼らにとっての裏切り行為。

かつて身内にそうして里を抜けた者たちが居る家族が住むのが、この手前の里だ。同じように里を抜けて行くなんてことを、許したくはないのだろう。

それが分かるから、この里の者たちは、監視の目が緩むのを待っていた。里抜けする者がないように、示し合わせていたのだ。

「この数十年、おばばやナチの言葉を信じて、我慢した甲斐もあったか」
「うん……ナチちゃん……生きてるかな……」

かつて、この里に居た『邪神の巫女』として生まれたナチ。奥の里の者たちは、その『邪神』という言葉を嫌った。そんなはずはないと、コウルリーヤ神が邪神になどなるはずがないと信じていたからだ。

「生きてるさ……あの子は強い。それできっと、巫女としてのお役目もまっとうしながら、俺らが生きられる場所も用意してくれてるはずだ」

『邪神』がコウルリーヤ神のことなら、その巫女であるナチやその一族は悪い存在ではない。コウルリーヤ神が邪神などと呼ばれるような存在ではないと、世界に広めるために旅に出たナチ。それがお役目だと言って、里から抜け出した。

コウルリーヤ神が、自分の巫女を簡単に死なせるわけがない。だから、彼らもナチならばと信じている。

「けど……私達、ナチのこと……」
「……ああ……」

生まれながらに使命を持った子。だから、この里に来てからもずっと、周りは距離を置いていた。それは、ナチが気兼ねなくこの里からも出ていけるようにするため。だが、事情を知らないナチにとっては、とても居づらかっただろう。

「仕方ないことさね……」
「っ、おばばっ」

ナチの祖母。彼女もかつては『邪神の巫女』として生まれた。だが、ナチが生まれた時に、その役目がナチへと移ったのだ。

「我々があの子にできることは、少なかった。だから、せめて出て行く決意をしやすいように……私が決めた……あんたらは悪くないよ」
「でもっ。その決定に賛同したのは私らだよ」
「そうだ。俺らはナチが生まれた時に決めた。誰かに任せっきりにはしないと。責任を押し付けたりしない。俺たちは、俺たちの決めたことをやり遂げる」

それがたとえ、同族を討つことでも。自分達で決めて、自分達の手で行う。そう決めたのだ。

「……そうだね……コウルリーヤ様が討たれる時、我々は、上の意見に流され、決定を任せた……あの時、我らは立ち上がらねばならなかった。自らの意思で……考えねばならなかったのだ……」
「「「……」」」

個で考えることを放棄していた。閉鎖的な里であったことが、個を殺していた。長命種であったことも関係している。時間があると、どうしても判断が遅くなる。そして、その判断も、段々と上に任せるようになった。

「今ならば分かる……我々は外に出なくてはならなかった。人と、交わることで、もっと大切なものを知る必要があった。だからこそ、神々は、わざわざ短命な種と長命な種を世界に配したのだ……」
「……こんな所に、閉じこもってちゃダメなんだね」
「こうやってこもってるのは、神々の意思に反してるんだ。それを……奥の奴らは分かってない」

これが、この里に放り込まれて、到達した考えだった。

「そうだ。だから、それを分からせねばならん。打ち壊さねばならんのだ」
「ああ。これは、他の誰かに頼んじゃいけねえ。俺らがやるべきことだ。だから、先ずは見せてやるんだ。外に出ることが正しいと」
「うん。出よう。外へ」

戦士達が少なくなり、監視も緩くなった今が、その時だ。だが、一つ気がかりなことはある。

「病人達をどうやって運んで行くかは、問題だな……」
「それがあったな……」

エルフの里では、数年前からとある病が広がっていた。それは、国の王族達がかかる病と酷似していたのだが、それを彼らは知らない。

そんな彼らの様子を、先程からずっと伺っているものが居た。それは、近くの木の枝にとまる一匹の鳥。

どこにでもいそうな、小さな小鳥だったが、その目は思慮深げに彼らを見つめていた。そして、その小鳥の隣に、大きな鳥が上から舞い降りてくる。

これに気付いた男が、声を上げた。

「っ、なっ、ジェットイーグル!」
「はっ!? な、なんで、森の殺し屋が里の中に!!」

大混乱に陥る中、そのジェットイーグルは、片足に下げていた袋を里の者たちへと放った。それはもう、慣れた様子で『ほれ、持ってきてやったぜ』と言っていそうな仕草だった。

「こ、これは……? もしかして……誰かの従魔なのか……?」
《キュビー!》
「わっ、へ、返事したのか?」
《キュビー》

その通りだとの頷きまでされ、右足を見せるように少し上げる。そこに、飾りが付いていた。

「あ、あれ、従魔の印ってことか?」
「そうかも……」

これで分かったろうと、足を元に戻し、隣の小さな小鳥へ嘴を寄せて撫でる様を見て、一同は動揺しながらも、放り投げられた袋へ目を向けた。

「と、とりあえず、開けてみるか……」
「い、一応警戒しとくよ……」
「お、おう……」

ジェットイーグルは、森の殺し屋と呼ばれる魔鳥。矢の様にその鋭い嘴で突き刺しにくるのだ。個体によっては、魔獣の体内にある魔核を正確に捉え、一撃で仕留めるらしい。

体は大きく、見つけられないことはないが、とにかく飛ぶのが速いので、目が合ったら地に這うか、頑丈な盾をいくつも用意する。または、肉などの食料を空中に投げ、見逃してもらうのだ。一応、怒らせなければ、それで解決する。義理を知っている賢い魔鳥だった。

そして、ここに降り立った魔鳥は、睨み合いになる様子もなく、毛繕いをして『さっさと中見ろや』と、時折チラ見してくる。

ようやく袋の口を開いた男は、中にあった手紙と薬に唖然とした。

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