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6 side マーク
しおりを挟む「先程の治療師殿は、団長を見ても怯えないのだな」
「そうですね、珍しいです女性です」
陛下が病室を退出したルーシーの背中を見ながらポツリと漏らした一言は自分も感じていた。自分ではそんなつもりは無いが、どうやら目付きが悪いらしい。しかも、高い魔力で無意識に威圧しているから尚更だ。職業柄、特に不便を感じた事は無かったが、女性や子供からは嫌煙された。
「しかし、油断したとは言え、愚息がお前に重症を負わせるとは考えられん」
「私に剣を向けたのは護衛の一人です。岩は魔術師か……元々、仕掛けられていた罠を私が偶然踏んだか」
「罠だと?」
「えぇ、獣用の罠……ただ場所が場所だけに目的は森ではないかと思われます」
そう一晩寝て思い出したのは、自分を嫌っていた護衛騎士が剣を振り上げる姿と無音で飛んできた岩。あの岩を自分が避けていたら、真っ直ぐ森の中へ飛んでいたはず。魔物に当たれば今頃、魔物が溢れていただろう。
「念の為、サージスを森の調査に向かわせた。お前は治療に専念し早期の回復をはかれ」
「御意」
ベッドから起き上がろうとした自分を陛下は止めて、そのまま護衛と一緒に退出した。退出前に言われた陛下の言葉が頭に残る。
『先程の治療師……両親が魔道馬車に跳ねられ亡くなったようだ』
『……それは……』
『しかし、罰金刑だけだったらしい。慰謝料も生活保証金も受け取っていない』
『そんな馬鹿な話があったのですか……陛下への報告も無いとは奇妙な話です』
自分の独り言の様な呟きに陛下は黙って頷いた。
『こちらでも調査を始めるが、お前も出来れば彼女から話を聞いて欲しい』
貴族が起こした死亡事故が陛下への報告もなく、しかも罰金のみ……本当にただの事故なのか?他にも理由が有る気がするが……自分の気のせいか?
腹の底から息を吐き出すと陛下に言われた事を一度、頭の角に置いて昨日の森での出来事を思い出そうとした。
……何か忘れている……何だ?……何か重要だったはず……なにが……いたんだ……あの場所に……グッ……頭が……痛い
「団長さん?」
団長?……自分の事か……誰だ……自分を呼ぶのは……
「寝汗が酷いわね。家族の方が来られたわよ……起きてる?」
家族……?寝汗?……あぁ、そうだ。自分は怪我して……この声は……
「ルーシー?」
「目が覚めたかしら。ご両親がお見えよ」
彼女の声に誘われて部屋の入口に視線を向けると、両親が青ざめた表情で自分を見ていた。また、心配かけたな……
「マ、マーク。私達が分かる?」
「大丈夫ですよ、母さん」
ワッと感極まって泣き出す母を、父は笑みを浮かべながら背中をさすっている。ルーシーが二人に椅子を勧め座らせると自分の状況を説明し始めた。
「現段階では貧血の治療と右腕のリハビリ。後は軽い記憶の混濁がみられます」
「貧血とリハビリ?」
父の口から溢れた疑問に彼女は黙って頷いた。しまった!殿下の事を口止めしていなかった。
「ここに運ばれた時には、出血多量で意識不明でした。右腕は何者かに剣で斬られた傷ですが、綺麗に塞がりましたので安心して下さい」
「後遺症は……」
「その心配はありません。記憶の混濁も体の回復と共に徐々に戻ると思われます」
良かったと再び泣き出す母に父は苦笑いを浮かべた。良かったと一言った父は、着替えを置くと泣き続ける母を連れて一度、外へ出て行った。
「安心してクソガキの事は言わないわ。極秘なんでしょう?」
彼女の言葉を黙って頷いて肯定すると、だろうと思ったと何とも軽い。ただ、言わずとも察して対処出来る経験と気配りに助けられた。
「助かった。迷惑掛ける」
「これくらい迷惑じゃないわよ。ハンター達はもっと大変よ」
そう言った彼女は今までどんな生活をしていたのだろうと考えて口元を手で抑えた。昨日、助けられた相手に自分は今、何を考えた?そんな事を考えている場合じゃない。
「?団長さん、どうしたの……何か思い出したのかしら?」
「あ……いや、何か大事な事を忘れているんだが……考えると頭痛が酷くなる」
「後頭部に瘤があるからそのせいね。ちょっと見せて頂戴」
彼女が自分に近付いたかと思うと、後頭部を確認する為に後ろを向くように言われる。彼女の手が髪を優しくかき分けソッと触れる。彼女の指の感触と植物の優しい香りに、自分の心臓が速くなった。
「瘤は小さくなっているから問題ないわ。食事は貧血改善のメニューだから残さず食べて頂戴」
「あぁ」
自分の煩い心臓を誤魔化す様に外へ視線を向けると、どうやら母は泣き止んだらしい。父が母の背中に手を添えて歩き出す姿が見える。
「優しいご両親ね……じぁ、私は診察に戻るわ」
自分の返事も待たずに部屋を出る彼女の背中は、寂しげで今すぐ追い掛けたくなった。そんな理解不能な自分の感情を捨てる様に深いため息を吐き出した。
「……どうしたものか……」
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