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俺と彼女の進む路(みち)
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しおりを挟む他の営業所は知らないが、オフィス街の真ん中に位置する本社オフィスで昼食にランチ持ち込みをする社員は珍しい。去年までは俺がその役をたった一人で担っていたが今はもう一人愛妻弁当を持ち込んでいる新入社員が居る。
「あ、それが噂の愛カノ弁当ですね♪」
12時10分が過ぎ、オフィスに俺と村川くんの2人きりになったのを確かめた後で夏実から今朝手渡しされた弁当箱の蓋を開けた。
「何そのアイカノ弁当って」
「『彼女が作ってくれた愛情弁当』って意味ですよ。愛妻弁当の彼女バージョンっていう」
村川くんも奥さんが用意してくれた弁当箱を出しながら俺の手元を凝視してニヤニヤしだす。
「今ってそんな言い方するのか……言っておくけど中身は昨日俺が買った冷食おかずがメインだから。料理上手のカフェ店員さんとは比較にならないよ」
「カフェじゃなくて珈琲豆専門店ですっ」
「どっちでもいいだろそんなの」
「新婚さんの愛妻弁当の名誉にかけて俺のはそんなに大それたものではない」という意味合いで言ったつもりではあるが、内心は小躍りしたくなるくらい嬉しくなるものだと実感する。
二泊三日のデート最終日、夏実が急に「湊人にお弁当用意したい!」と思い立って、夏実が俺の為に選んだ弁当箱や食材を色々買い込んで薗田家に預けてもらった。
高校はもうすぐ夏休みに入るとはいえ、今月いっぱいはまだ授業やら夏期補講やら夏実も忙しいので俺からは「無理しなくていいし用意も冷食おかずを詰めるだけでいい」とは話してある。
それでもこうしてレタスやブロッコリーやミニトマトに卵焼きなど手間をかけてくれ、これ以上ないくらい幸せな昼食時間を俺は今から迎えようとしていて
「卵焼き、虎柄ですね」
「……」
村川くんの揶揄いを躱しつつ、いただきますの手を合わせた。
「愛カノ弁当作ってくれるって事は、デート上手くいったんですね。おめでとうございます」
卵焼きの香ばしさを口の中で味わっているとまた村川くんが揶揄ってくる。
「おめでとうって何の意味?」
「言葉通りの意味ですよ。念願のラブラブエッチが成功したからこそのお弁当なんでしょう?」
「ブッ!!!!」
直属の後輩からまさかそこをイジられるとは思わなかったのでビックリしてしまった。
「お前っ! お茶噴いただろうが!!」
「広瀬さん大人なのに反応が童貞みたいですよね♪ 出勤してきた時のニヤニヤした表情とか、朝開口一番俺にスタンプ購入の方法教わろうするとかっ……今の弁当広げた時のゆるゆる口元とかっ……」
「村川くんに思い出し笑いされるほど朝からそんなに変だったか? 俺」
「本当は朝からめっちゃ面白くて笑いずっと堪えてたんですよ~! ようやく笑える……ククク」
村川くんは喋りながらお腹を抱えてしばらく笑っていた。こういう時の彼は笑い上戸になるらしい。
過剰に笑われるのは恥ずかしいから「うるさい黙れ」と言ってしまいたいところだが、一応彼にも話を聞いてもらいたい気持ちもある分、俺からは何も反応出来ない。
もしここで中途半端に話を中断させたら、腹いせにジュン先輩に言いふらすかもしれない。
繁忙期のおかげで今日から先輩は納品のハシゴが始まっている。先輩が会社に戻るのは夕方以降という今しか村川くんと恋バナトークをするチャンスがないのだ。
「俺だってこういうの自体久しぶりだし、彼女から弁当持たされるなんて人生初なんだから少しくらい浮かれるだろう? 男ならさ」
「っ……ククク……はー……確かにそうですよね」
だから後輩の笑い声のピークタイムをこちらが待たなければならなくなる。実に面倒ではあったのだが……
「村川くんだって奥さんの初めての手料理とかテンション上がったんじゃねぇの?」
「テンション上がったどころじゃないですね。初めて作ってくれたオムライスの卵がめちゃくちゃ美味しくて、当時は感動に打ち震えました」
「ほらみろ」
おかげ様で会話のキャッチボールをしながら村川くんの卵好きが発覚し「背格好だけでなく食の好みも似ているんじゃないか」と肩をすくめた。
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