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十一話 おかあさま

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 おかあさま、おかあさま。いつも泣いているおかあさま。

『あなたさえいなければ』

 おかあさまはどうすれば笑ってくれるんだろう。

『あなたなんて産まれてこなければよかったのに』

 泣きわめくおかあさま。
 もうわたしはうまれていて、だけどわたしはおかあさまに泣いてほしくない。

 だから、だから――

『わかりました! がんばってしにますね!』

 そうすれば、おかあさまは笑ってくれますか?


 ふわり、と何かが触れる感触がした。だけど瞼が重くて、ぼんやりとした頭は半分夢の中にいる感じがして、触れられたのが夢のか現実なのかわからない。
 体が浮いて、ふんわりとした雲の上に置かれる。ふわふわの雲は、体を包みこんでくれるようで、暖かい。
 雲の上にいるなんて、きっとこれは夢なのだろう。


 気づいたら、朝になっていた。そして私がいるのは雲の上、ではなくベッドの上だた。

「あれ?」

 きょろきょろと見回してみると、私が寝ていたはずの長椅子が目に入った。
 夢遊病のごとく歩いて移動した、とは思いたくない。そこまで寝相は悪くないはずだ。

「陛下が運んでくれたのかな」

 この部屋を利用するのは、皇帝と私だ。まさかヴィルヘルムさんや侍女が来て運んでくれた、ということはないだろう。
 長椅子で眠る私を見た陛下が指示した可能性はあるけど。

「あとでお礼を言わないと」

 何かをしてもらったらお礼を言いなさい、とお母さまは言っていた。
 どうして私をベッドに運んでくれたのかは不思議だけど、運んでくれたのならお礼はしっかり言わないと。

「おはようございます」

 ふわあ、とあくびをしたところで、礼儀正しい声が扉の向こうから聞こえてきた。

「入ってもよろしいでしょうか」
「あ、はい、どうぞ」

 促すと、扉を開けて入ってきたのは侍女のお仕着せを着た女性だった。彼女は今日、朝食までの間、私の世話をしてくれるらしい。

 朝食は皇帝と食べるそうで、朝の支度が済み次第食堂まで案内してくれるそうだ。
 それ自体は問題ではない。問題なのは、侍女が何から何まで手伝おうとしてくれたことだ。

 私はこれまで、小屋でお母さまと二人で暮らしていた。誰かを従えることなんて慣れていないし、着替えを手伝われることにも慣れていない。
 だから昨日も、私は湯あみから着替えまで手伝おうとしてくれる侍女に、何度も無理です無理ですと言って、自分でできるからと言い張った。

「……王妃様の身の回りのお世話をするのが、私の役目です」

 だけど侍女は頑なで、結局私が折れるしかなかった。人の仕事を奪いたいわけでもなかったから。
 私の持ってきた服――王様が用意してくれた服は簡素なものが多く、小屋から持ってきた服も一人で脱ぎ着できるもので、誰かに手伝ってもらうほどのものではない。

 そこで侍女と張り合った結果、着替えを手渡してもらって、私が自分で着る、ということで落ち着いた。

 馬車での旅の道中では、誰も私の世話を焼こうとはしていなかった。世話役の一人もついたことがないと、騎士さんたちも知っていたからだ。

「まさか、食事も手伝ってもらうとか、ないですよね?」

 食堂まで案内してくれている年若な侍女に話しかけると、彼女はぱちくりと目を瞬かせたあと微笑んだ。

「毒味はありますけど、そこまでではないですね。あ、でも、お貴族様によっては切ってもらう人とかもいるらしいですよ」

 昨晩、私の世話役をしてくれた侍女とは違う。人手不足なため、私の世話は手が空いている人がやることになったらしい。
 そして私を案内してくれている彼女は、若いからか気さくな喋り方をする人だった。

「こちらが食堂です。体調が優れなかったりする際にはお申し付けいただければ部屋まで運びますので、気兼ねなくおっしゃってくださいね」
「はい、わかりました」

 そして厳かな大きな扉を侍女が開けると、中にはこれまた厳かな長テーブルが置かれていた。

「おはようございます」

 石でできたテーブルの奥に座している皇帝に頭を下げて、侍女が引いてくれた椅子に座る。椅子も石でできていて、ひんやりとした感触が伝わってきた。
 長テーブルは本当に大きくて、端と端に座っている皇帝との間にはだいぶ距離がある。だからか、私の挨拶は皇帝に届いていなかったようで、皇帝は黙したまま食事に手をつけはじめた。

 さすがにこれではお礼を言えない。食事が終わってからにしよう。
 そして私は、前に置かれたスープをスプーンですくった。
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