鈍すぎるにも程がある

文月 青

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昨年の大晦日。ファミレスで一緒に昼食を取っていた友人の脇坂雅人わきさかまさとが、自分のアパートの前で一人待っているであろう、俺の妹・水島葉菜みずしまはなの元に駆けていく姿を見たとき、ようやく二人は無自覚の恋心を成就させるのだと、俺は兄として、友人として心の底から喜びを味わっていた。

「家族もそれぞれお参りに行くし、葉菜なら帰さなくていいからね」

脇坂のことだから午後の七時には家に送りかねないと危惧し、あえて餞のつもりでそんなメールを送ったその晩、本当に葉菜が帰宅しなかったからだ。俺が自宅で一人小躍りしていたことは言うまでもない。よもや一足飛びに夜明けのコーヒーに持ち込むとは。恐るべし鈍感娘と女嫌い!

ーーしかし。成人式が終わっても、バレンタインデーが通り過ぎても、ホワイトデーが足踏みしても、二人の関係は一向に変わっていない。兄の友人と友人の妹のまま。

挙句にプロ野球のご贔屓チームの開幕戦を観戦しようと、現在お揃いのユニフォームに身を包んで球場のスタンドに陣取っている。

なんでだろうなんでだろう、なんでだなんでだろう。あの日の告白ダッシュが無かったことになってるの、なんでだろう。一夜を明かしてお友達なの、なんでだろう。

そんなリズムネタが頭の中に流れる三月下旬。春まだ浅い冷え込む夜。二人につき合わされて鼻を啜りながらも、プレイボールの掛け声に試合に没頭する俺って一体…。




勝利に酔いしれる友人と妹の背中を眺めながら、駐車場に停めた車まで歩く道すがら、俺は大晦日の日の出来事を問い質したい欲求に駆られた。

信じたくはない。ないがこの二人なら十分あり得た。一晩を共にしても清らかでいることが。おやすみなさーいと別々の布団で熟睡する姿が。

若干二十歳の大学生である脇坂は、イケメンなのに性格に少々難ありの俺の友人。高校時代の彼女に振り回されたことが原因で(現在もまだ振り回され気味)、

「人の意見は聞かないが自分の我は通す、用がなくても毎日連絡を取り合わないと癇癪を起す、どこかに連れていけというから連れていけば、こんな所は嫌だと騒いだ挙句いきなり帰る。こんな謎の生き物は真っ平ご免だ」

手の付けられない頑固な女嫌い。

一方の花も恥じらう高校二年生の葉菜も、入学して間もなくつきあった、友達以上恋人未満の男の影響で、

「人の都合は無視しても自分の都合は無理強いする、無意味なメールを日に何度も送り付けてくる、理由もないのにやたらと会いたがってこちらの貴重な時間を潰す。こんな厄介な生き物面倒臭くてご免です」

嫌いとまではいかなくても、しばらく関わりたくないという程度には男を煙たがっていた。

この先よほど気が向かなければ、葉菜も脇坂も誰かの手を取ることなどないのかもしれない。ならばいっそのこと二人を合わせてみてはどうか。名案だと喜んだのも束の間、俺はすぐに肩を落とした。

彼らは一人で行動することを厭わない上に、趣味やバイトで日々満たされている。相方がいなくても困ってすらいないのだ。スポーツ観戦を楽しみに、大学とバイトの往復に明け暮れる脇坂と、本をこよなく愛し、好奇心が刺激される事柄には、ジャンル問わず首を突っ込む葉菜。

よく言えばマイペース。悪く言えば他人に迎合できない。そんな二人を合わせたところで、空中分解するのは目に見えている。俺がよかれと思いつつも、友人と妹の仲を取り持てない理由はそこにあった。

ところがある日、葉菜が脇坂をデートに誘ったことで状況は一変する。ちなみに本人達にとってはデートではないし、目的は自衛隊の駐屯地の一般開放だし、

「戦車に乗ってみたくはないですか」

誘い文句はこれだが、その後の彼らを作ったきっかけには違いない。

やがて偶然も手伝って何度か連れ立っているうちに、共に行動するのが当たり前になった二人。デートも主に野球観戦と書店という、やはりお互いの欲求に塗れたいかにもな行先だが、相手の都合を融通できるだけの存在となっていたのであろう。

特に脇坂は「女」の葉菜と平気で並び歩き、車に乗せ、部屋にまで入れているのだ。これが恋愛感情故じゃなかったら、一体その行動の理由は何なんだと声を大にして問いたい。

だから紆余曲折を経て、それぞれの気持ちを確かめあった二人の仲が、今度は全く進展しないことに俺は焦れている。百歩譲って体を重ねていないにしろ、手すら繋がないのは絶対変だ。

「なぁ、葉菜。つかぬことを訊くけど、脇坂はお前に告白したんだよな?」

脇坂が精算機で駐車料金を支払っている間に、俺は我慢できなくなってこっそり葉菜に耳打ちした。

「何の話?」

葉菜はきょとんと首を傾げている。この妹に限って恥じらう姿など想像できないが、それにしてもメガホン片手にほくほくしている葉菜からは、恋する乙女の雰囲気が微塵も感じられない。

「葉菜と脇坂は友人、なのか?」

「それ以外に何かあるの?」

おーまいがっ! 叫びたくなるのを堪えれば、後方からは清算を済ませた仏頂面の男が近づいてくる。照れもデレもない、いつも通りの凶悪な顔に俺は心の中で嘆いた。

ーーあの日の告白は何処へ?



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