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第20話

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「レベッカ! 大丈夫か!?」
 取り次ごうとする侍女を押しのけるように、ルーカス様が部屋に飛び込んできた。

「大丈夫です。つ……少し擦りむいただけなので」
 唾でもつけておけば大丈夫と言ったら母にひどく怒られたのを思い出して、言い直した。
「見せてみろ」
 ソファに座っていた私の隣へ腰を下ろすと、ルーカス様は私の腕に巻いてあった包帯を外した。
「本当に、大したことはないので……」
 昨日出来たばかりの傷跡はまだ赤くて、周囲も少し腫れているけれど。
 この程度の傷はギルド時代ならよくあることなのに、両親が大袈裟に騒いで包帯まで巻かれてしまったのだ。
「俺が守ると言ったばかりなのに……すまない」
 ルーカス様は暗い表情でためいきをついた。

 昨日、教会からの帰り道。
 ルーカス様と別れて家に帰る途中で馬車が襲われた。
 賊は三人。
 馬が襲われ、御者が落とされた。
 男たちは馬車をこじ開けて中にいた私に襲いかかってきたが、その時もらったばかりの魔法石が強い光を放った。
 光を浴びた男たちはその場に倒れたため、急いで落ちた御者を助け起こして逃げたのだ。


「ルーカス様は悪くありません!」
 明らかに落ちこんでしまったルーカス様に慌てて首を横に振った。
「この怪我は私がわざと避けなかったので……」
「わざと?」
 顔を上げたルーカス様の瞳が鋭い光を放った。

「どういう意味だ」
「ええと……避けてしまったら、私が魔術師だとバレてしまう可能性があったので」
 魔法で攻撃を避けることも出来たけれど、そうしたら魔法石が発動しなかっただろう。
 もしも魔法石の効果が弱くて、更に危険に遭う可能性があったならば、こちらも攻撃しようと思ったけれど。
 あの石の効果は抜群だった。

「それに、もしかしたら、賊は司祭が魔法石の効果を示すために自演した可能性があるかもと思ったんです」
 それもあって下手に手を出して私が魔術師であることがバレないよう、何もしなかったのだ。
「自演の可能性……襲われた瞬間にそこまで考えていたのか」
「いえ、馬車を狙っている者がいることは早めに気づきましたから」


「――レベッカ」
 ルーカス様は深くため息をついた。
「つまり、君は自身に危険が起きる可能性があると分かっていて、あえてそれを避けなかったんだな」
「はい」
「危険な目に遭うようなことに関わるなと言っただろう」
「それは……でも、いざとなれば魔法で対処しますから」
「やはりすぐに護衛を手配しないとならないな。常につけておかないと」
「常に⁉︎」
 ずっといるということ⁉︎

「そうしないと君は自ら危険に首をつっこもうとするだろう」
 ルーカス様の目が怒っている……。
「首をつっこんだんじゃなくて、向こうから危険が来るから……」
「同じことだ。レベッカ、確かに君は魔法が使えるが、今は伯爵令嬢で、未来の王子妃だ」
「……はい」
「君は守られる存在だ。わずかでも怪我をしてはならない。それを忘れるな」
「……はい。ごめんなさい」
 視線を落とした私をルーカス様は抱きしめた。
「無事で良かった」
 ほっとしたような声が耳元で響く。

(ルーカス様は心配性だなあ)
 私を心配してくれる気持ちと優しさに胸がくすぐったくなるけれど。
 正直、昨日のあれは防ぎようがなかっただろう。
 それに少し擦りむいただけで済んだのだから良かったのではと言いそうになったが、それを口にするとさらに怒られるよね。

「……あの、それで……この魔法石はどうしましょう」
 代わりにそう尋ねた。
 賊の攻撃を防いだ魔法石は二つに割れてしまい、もう使い物にならない。
「これは俺が預かる」
 ルーカス様はテーブルの上に置いてあった魔法石を手に取った。

  *****

「初めてお目にかかります。レベッカ様の護衛を担当することになりました、デニス・ヘドルンドと申します」
「同じくアンナ・ヘドルンドです」
 二日後、王宮へ行くと男女二人の騎士に出迎えられた。
 本当に護衛がつくんだ……って、同じ苗字?
「双子なんです」
 アンナさんが微笑んでそう言った。
「わあ、そうなんですね。よろしくお願いします」
 双子とも騎士なんてすごい!

「二人は俺と一緒に訓練を受けている。実力は俺が保証する」
 私の肩に手を回してルーカス様が言った。
「剣の腕は近衛騎士にも負けない」
「そんな立派な人たちを私なんかの護衛に……」
 近衛騎士って、騎士団の中でもエリートなのでは⁉︎

「いえ、実力はあっても自分達は近衛騎士にはなれませんので」
「近衛騎士は貴族しかなれないのです。平民の自分達がレベッカ様の護衛という役目を頂き、光栄です」
 双子は笑顔で言った。
 近衛騎士になるには身分も必要なのか……。

「今後外出する時は、必ず二人を連れていけ」
 ルーカス様は私を見た。
「それから、二人には君の魔力のことを話してある。先日俺にしたように、二人もレベッカの魔力を纏った剣を使えるようにしたい」
「魔剣を?」
「ああ。常に魔法がかかった状態にしておいて欲しい」
「分かりました!」
 常にかあ。その時だけかけるのと違いが出てくるかな。
 種類とかかける量とか色々試せそう。
 護衛なんて面倒だなと思ったけれど、そうやって実験できると思ったら楽しくなってきた。


 今日は婚約式と、その後に開かれる夜会で着るドレスの試着だ。
 夜会用に、この間あったものとはまた別のアクセサリーも作ったという。
 私の青とルーカス様の緑、二色のサファイアを組み合わせたネックレスとイヤリングだ。
 昼の婚約式で着用するティアラはルビーで、これは王家に伝わるものだという。

「とてもお似合いです」
 婚約式用のドレスへの着替えを見守っていたアンナさんが言った。
「ありがとうございます。……でも、このドレスは一回しか着ないんですよね。それなのにこんな高そうなものを作るなんて……」
 何度も婚約し直すことのないよう、ゲン担ぎの意味も込めて、一度だけ着用するのだという。
 白地に白い刺繍がされて、とても手が込んでいるドレスを一度しか着ないなんてもったいない。
「そうですね。ですが、ドレスを作る職人からすれば仕事が得られますし、技術を身につけることもできますから」
「……そういうものですか。でもやっぱりもったいないです」
「そうですね」
 ふふっとアンナさんは笑った。

「……そういう考えって貧乏くさいですかね」
 貴族ならば一回だけ着る物にお金をかけるのは惜しくないのかもしれないけれど。
 どうしてもまだ前世や魔術師だった時の感覚が抜けないのだ。

「レベッカ様は、その感覚を大事にしていただければと思います。私たち平民と近い金銭感覚を持つお妃様は、きっと皆から支持されますから」
「そうでしょうか」
「はい。ですが、私たちに丁寧な言葉遣いはおやめください。こちらは仕える立場ですから」
「あ、そうで……そうね」
 そうだ、伯爵家に帰ったばかりの頃、侍女や執事に対する言葉遣いを注意されたんだ。


「レベッカ様は、以前隣国のギルドにいたと聞きました」
「あ、ええ」
 アンナの言葉に頷く。
「私の父も、この国のギルドで傭兵をやっていたんです」
「本当に⁉︎」
「魔物との戦いで命を落としまして……。ですから、レベッカ様の作る魔剣にとても興味があるんです」
「そうなのね」
 そんな事情があるから、ルーカス様はこの二人を護衛にしたのかな。
 ルーカス様の優しさと気遣いに、胸がじんわりと温かくなった。
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