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第一章 令嬢は記憶を失う

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「あいつが来たんだって?」

外出していたテオドーロが部屋に入ってくると、私を見てその眉を釣り上げた。


「そのペンダント …どうしたの」
「…お見舞いにいただきました。魔除けとか病気を治す、お守りだそうです」
「お守り?…ふん、それは言い訳だな」
「え?」
「自分の目と同じ色の宝石を身につけさせたいだけだよ」

「…テオドーロは…そんなにあの人の事が嫌いなんですか?」
露骨に不快な表情を浮かべる弟に首を傾げる。

「あいつが嫌いなのは姉上だろう」
「…でも…今は嫌いではないです…」
「どうして忘れたの。あんなにあいつを嫌っていたのに」
「…パトリック様は私の事をとても心配してくれます。…嫌いになる理由が分からないです」
どうして〝アレクシア〟は、彼の事を嫌っていたのだろう。

どうして———私は、アレクシアの事を何も覚えていないのだろう。



「何で…あいつの事」

ベッドの縁へ腰掛けると、テオドーロは私の手を取った。
「とにかくあいつに気を許しては駄目だよ」
「どうして…そんなに嫌うのですか」
私が彼を嫌っていた事と関係があるのだろうか。
それとも、他に理由が?



「だってあいつは姉上を奪うじゃないか」
ひどく真剣な眼差しが私を見つめた。

「何で姉上の結婚が王命で決まるんだよ。姉上はずっとこの家で、僕と一緒にいればいいのに」
「…テオドーロ…?」
その眼差しは…熱を帯びていて。
…これではまるで…



「それに記憶が戻ったらまたあいつの事嫌いになるよね」
「…それは…」
記憶が戻ったら…パトリックの事を嫌いだと思うのだろうか。

「だからあいつと親しくしない方がいいんだよ」
「…でも…リックとは結婚しないとならないのだから…」


「リック?」
テオドーロの眼差しに鋭い光が宿った。

「何それ…何でそんな呼び方。———もしかしてあいつにそう呼べって言われたの」
「あ…ええ…」
「で、あいつはシアって呼んだの?」
「……はい…」


「へえ」

テオドーロの顔が、互いの鼻が付きそうなくらい間近に近づいた。

「何でそんなに親しくなってるの」
「っテオドーロ…近いです…」

「テオ、だよ」
ぐ、と手に力がこもる。
「あいつをそう呼ぶなら僕の事はテオって呼んで。あとその丁寧な言葉遣いも駄目だから」
「…テ、テオ…痛い…」
ぎゅっと握りしめられる痛みに思わず顔をしかめた。

「…ごめんね。だって姉上があいつと仲良くなるから」
力を緩めたけれど、代わりにテオドーロは私の手を自分へと引き寄せると…その甲に唇を押し当てた。



じんわりと…テオドーロの熱が伝わってくる。

「…駄目だよ、姉上。あいつと仲良くなっては」
唇を離してテオドーロは言った。

「こんな身体なんだし、無理に結婚しなくていいんだよ」
「…でも…王様の命令なのでしょう…」


「結婚はさせないよ。姉上はずっと、この家にいるんだから」
私を射抜くような強い眼差しでテオドーロはそう言った。
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