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本編

9話 私は怒りましたよ

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私のスキル《獣化》には、2つの形態があります。

1つ目が《愛玩形態》、これは前世の姿そのままです。犬種パピヨンは愛玩犬に属していて、生物がこの姿の私を抱くと、身体も心も癒されるそうです。また、敏捷性が2倍上昇する効果もあります。この形態に制限時間などはありませんが、小型化して四足歩行になる分、獣人時とは違った攻撃方法をとらないといけません。

2つ目が《狛犬形態》、これはご主人様を護るための戦闘形態となっており、身体も大きくなり、攻撃と敏捷性が5倍向上し、なんと狛犬だけの特殊スキルや魔法も使えるようです。ただし、変身時間は30分と限られていて、解除後はスキルも魔法も1時間使用できなくなり、ステータスも80%ダウンし、経過時間に依存した疲労と倦怠感が襲うという大きなデメリットがあります。

「可愛い~~」

私が愛玩形態に変身すると、お嬢様は私を抱っこして、ほおをすりすりしてきました。先程まで強張った表情をしていたのに、今は身体を弛緩させ、顔も緩んでいます。この行為は、前世のご主人様にも同じことをされていたので慣れていますが、あまり長時間されるのは嫌です。

「お嬢様、身体の方は如何ですか?」

「まだ5分くらいしか抱きしめていないけど、擦り傷なども完治して、魔力も少し回復したわ。それに、心も家にいる時と同じくらい落ち着いてきた。これって、凄いことよ」

「えへへ、嬉しいです。それでは、《狛犬形態》の方に変身しますね」
「そうね、いつまでもこんな場所にいたくないもの」

アリアお嬢様の心も身体も平常時に戻りましたので、私は狛犬形態に獣化しました。誰もいないところで変身したことがあるので、今の身体の大きさも把握しています。馬車の中は縦幅3メートル、横幅2メートル、私の体長が尻尾も含めて大体2.5メートルくらいです。

「凄い!! かっこいいわ!! それが《狛犬形態》なのね!!」

お嬢様の目が、とても輝いています。この姿の私は愛玩時より少し厳ついので、私的にはあまり好きではありません。

「この姿になると、ステータス数値やスキル能力も大幅にアップするんです。ただ、効果時間は30分だけで、それを過ぎると反動で弱体化します」

私がもっと成長すれば、効果時間も延びるのでしょうか?
今はこの30分をフルに使い、全速力でこの森を抜け出してみせます。

「わかった。その後のことは任せて。私があなたをおんぶして、王都まで辿り着いてみせるわ。学園でスキル《身体強化》を教えてもらったし、私だって1時間くらいなら連続で発動できるはずよ」

「おお、それは頼もしいです!!」

問題は私のスキルで、この壁を破壊できるかどうかですね。狛犬形態には攻撃系スキルも存在しますが、眠る寸前に聞こえてきたあの声の様子から察するに、この壁は魔法を拡散させる性質があるようです。そうなると、物理で破壊するしかありません。

スキル《身体硬健》、訓練したおかげでわかりましたが、防御はともかく、攻撃に転じる場合は私自身が強い覚悟を持たないといけません。壁に突撃したり、爪で斬る場合は、私自身が壊れるつもりの覚悟で行動を起こさないと発動しません。まだ、完全に制御できませんが、ここでやらないとメアリーヌに敗北したことになります。

それだけは、絶対に嫌です‼︎

「お嬢様、今から全力であの壁に突撃します。助走なしの場合でも、全力で攻撃できるスキルを使用しますが、どの程度の威力になるのかわかりませんので、私の背後に隠れてください。扉を突破したら、すぐに私の背中に乗ってくださいね」

「わかったわ。念のため、耳も塞いでおくね」

このスキルは魔力を4本の足先に圧縮させ、指定した方向へ発射させることで、爆発的な突進力が生まれ、私自身が鉄砲玉となって敵に体当たりする技です。過剰な力で激突することにより、スキル《身体硬健》が発動され、敵は粉砕されるのです。

理屈はわかっているのですが、かなりの制御能力が必要のようで、私自身全然使いこなせていません。練習では毎回狙ったところにいきませんから、本来の力を引き出せないと思いますが、こんな狭い空間であれば、制御の必要はありませんよね。おもいっきり遠慮なく、前方の壁にぶつかってやります。

「いきます……《ソニックブレイカー》!!」

やった‼︎
狭い空間のせいか、初めて私の狙ったところにいきました‼︎

私が壁に激突した瞬間、轟音が鳴り響き、側面の扉付きの壁が粉砕されました。周囲は魔道具の灯りで照らされ少し明るいですが、もう夜になっていたのですね。

「アリアお嬢様!!」

お嬢様は呆然としており、先程の待機位置から動こうとしません。

「お嬢様、早く背中に乗ってください!!」
「あ……うん!!」

私がしゃがむと、お嬢様は我に帰り、すぐに背中へと乗ってくれました。外に出ると、奇妙なマスクを被った2人の人間がいました。この匂いは、私たちを拉致した男女のものですね。

「どうして、魔物が開かずの箱の中から出てくるのよ!?」

「俺に聞くな‼︎ 多分、幼女獣人のスキルだ。つうか、どうやってあの犯罪者用魔道具《懲罰房》を破壊した? おチビちゃんたち……って、いない!?」

「嘘、この薄暗い中をもうあんなところまで逃げたの!? やば、待機している連中に通信しないと!!」

誰が待つかです‼︎
こっちは時間制限付きの変身なんです。

見張りがあの2人だけとは限りませんから、今後迫ってくる人間たちは全員無視しましょう。木々が鬱蒼と生い茂っているので、回避できるギリギリの速度で王都に向かいましょう。

「凄く速いわ。リコッタ、いつの間にこんな事ができるようになったの?」

「こんな事もあろうかと、クラリッサさんから体術や暗闇の中での行動などを学び、スキル《体術》《暗視》《空間把握》などを習得しておきました。ご主人様を守るためなら、私はどんな事でもやります。公爵家や王家を敵に回しても、私はご主人様のために忠誠を尽くします。絶対、アリアお嬢様をお守りしますね。この形態で私の背中にいる間は、私のスキル《身体硬健》がお嬢様にも適用されますので、絶対に怪我しません」

「私たちのために、そこまで…凄いわ。でも、帰る方向はわかるの?」

「はい!! 私には、スキル《絶対嗅覚》があります。私の認めた人物であれば、どの方向に、どれくらい離れているのか、すぐにわかります」

 ステータスを開示できてから、驚いたことがいくつもあります。そのうちの一つが、私の認めた人たちの方向と距離です。ステータス画面には、ご丁寧に全体マップで、方向は矢印で、距離は数値となって表示されていました。ですから、絶対に迷いません。

「頼もしい」

スキル《暗視》と《絶対嗅覚》を利用し敵の匂いを感じたら、戦闘を回避するため、すぐに方向転換して、森の出口を目指しました。ステータス画面を見なくても、王都のある方向は感覚的にわかりますので、私たちはその方向に向けて走り続けると、10分程で森を抜けることに成功しました。

「やった、森を抜け…な、明るいです‼︎」

 ここからは全力で駆け出そうと思ったところで、周囲だけが急に明るくなりました。あまりの明るさに目を閉じてしまい、慣れた頃には4人のマスクを被った人間に囲まれていました。全員が、初見の匂いです。私たちの目指す場所を理解していたのか、この場所に到達するよう誘導されたのかもしれません。

「この人たち、恥ずかしくないの? たった2人の子供に対して、大の大人がここまでする?」

お嬢様の言葉に対し、4人の人間は何も語らず、外見上何の動きも見せていませんが、匂いでかなり動揺していることがわかります。

「お嬢様、この人たちも自分たちの行動に疑問を感じています。ですが、主人からの命令である以上、逆らえないんですよ。その動揺を悟られないよう、マスクを被り、正体だけでなく、表情も見せないようにしているんです」

私の言葉に、4人全員が目を見開き、私を注視します。

「悪いな、主人からの命令である以上、君らをここから出すわけにはいかん。獣人のお嬢ちゃんには多少の怪我を負わせていいと言われている以上、今から攻撃させてもらう」

マスクを被った1人の男性が、私たちにこれから行う仕打ちを説明してくれました。この人たち、根は良い人なのかもしれません。そんな事を、わざわざ言う必要はありませんから。本来であれば、私たちが目をくらませている間に、体術や魔法などで攻撃すれば、それで終わったのですから。

ただ、さっきから仕掛けてきません。
もしかしたら、魔法を放つのかもしれませんね。
攻撃してくる以上、こちらも容赦しません。

「リコッタ、噛んだらダメ。そんな事をすれば、あの護衛騎士のように大怪我を負わせてしまうわ。多分、あの人たちは水魔法か風魔法で、私たちを気絶させて、新たな隠れ家に連れていきたいだけよ」

そこまでして私たちの心に絶望を与え、力で屈服させたいのですね。

「こちらが気遣われるとは……やれ‼︎」
「「「「ウィンドパレット‼︎」」」」

奴らは、4方向から風の初級魔法を同時に一斉に放ちました。
風の小さな無数の散弾が、四方から私たちに襲ってきます。

メアリーヌ様は大掛かりな魔道具や大人を使ってまで、私たちに絶望を与えたいようです。初級魔法でも、大人の放つものは子供より強力だと聞いたことがあります。それが4発同時となると、直撃したらそれこそ大怪我を負います。

私は回避するため、真上へジャンプすると、奴らはそれを読んでいたようです。

「「「「ウィンドパレット‼︎」」」」

奴らは私のお腹目がけて、さっきの魔法を放ってきました。今度は、先程よりも圧倒的に速いです。さっきはお嬢様に当たらないよう、あえて速度を遅くし回避しやすくしていたんですね。2度目の魔法に関しても、お嬢様には絶対に当たらないよう、射線が調整されています。

そっちがその気なら、こちらも容赦しません‼︎
私は怒りましたよ!!

スキル発動《無慈悲の咆哮》!!

「ぐお~~~~‼︎」

私は魔力を込め、地面に向けて大声で吠えると、全ての魔法が霧散していき、4人の人間が瞬時に昏倒し、地面に倒れ伏しました。

スキル《無慈悲の咆哮》 *狛犬形態時のみ使用可

スキル《身体硬健》の力を咆哮に乗せることで、リコッタとその騎乗者に危害を加える攻撃全てを霧散させ、術者を昏倒させる。

「魔法なんか使うから、そんな目に遭うんです。少しは、私のことを調査しろです!!」

そういえば屋敷内で休憩中、いつも視線を感じましたが、訓練の際は必ずその視線を感じない場所へ移動していました。もしかしたら、あの視線はこいつらだったかもしれません。

「まさか…たった一度鳴いただけで、全てを無力化させるなんて…」

私たちは、王都に向けて駆け出します。
お嬢様、もう少しの辛抱です。


○○○


う~動けないです~~~。
ステータスが、嘘をついています~。

狛犬形態になって25分ほどのところでスキルを解除した途端、猛烈な倦怠感が私を襲いました。歩けないこともないですが、追われている身の上のため、非常に焦りました。これって、完全に脱力状態に近いです。これまで《狛犬形態》に関しては、練習で5分ほどしか使っていなかったので、ここまでの倦怠感はありませんでした。限界ギリギリまで使用すると、ここでの倦怠感を襲うのですね。

今の私は全てのスキルと魔法を使えないので、お嬢様におんぶされている状態です。はう~、完全にお荷物と化しています。

「お嬢様~すいまぜん」

喋ること自体も、億劫に感じてしまいます。

「謝らないで。それを言うなら、私だって森の中では役立たずだったもの。王都の正門もようやく見えてきたわ。奴らも追ってこないし、私たちは逃げ出すことに成功したのよ」

「よかったです~~~」

メアリーヌ様はお嬢様に絶望を与えたかったようですけど、失敗に終わったようですね。でも、これだけで終わるとは思えません。今後、公爵家が何を仕掛けてくるのかが怖いです。

「お嬢様、リコッタ!! よかった、無事だったのですね!!」

この声はクラリッサさんだ。
あ、声を聞いたせいで、気が緩んだのか、凄く眠くなってきました。
旦那様に、お嬢様帰還の報告をしなければいけないのに。
意識が……もう……保てま…せん。
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