神様はいない Dom/Subユニバース

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小話系

月刊DomDom 特集:Subからの誘惑 あなたならどうする? 2

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 「蘭さんが来られましたね」
 勝手口のカメラモニターを見て、笠井が言い、社長室を出ていった。吉継のお茶を用意しに行ったのだ。隣の仮眠室には、冷蔵庫もある。吉継が来るようになってからは、笠井が吉継の好みをリサーチして、中身も充実している。他にも吉継が過ごしやすいようにと空気清浄機を置き、ふかふかのラグに揃いのクッションまで新調したのだ。託児所か。放っておいても好きにする吉継だが、笠井は毎回お茶やら菓子やらを用意しにいく。戻ってきた笠井は、小さめのお盆に、濃茶と練り切りを乗せていた。かなりの気合いが入っている。山科といい、吉継と関わると皆、知らず知らずのうちに世話焼きになっていくようだ。

 「蘭さん、もうこちらに来られましたか?」
 「いや、来ていない」
 「そうですか、珍しいですね。することでもあるのでしょうか」
 「寝てるんだろう」
 いつもなら、きたらすぐに顔を出すのだが、今日は違った。
 吉継といえば、寝る、食う、寝るだ。厚木の百倍は食べているのに、太る気配がない。なんなら、「身長伸びました」と健康診断のときに言っていた。まだ重力に逆らうために栄養を蓄えているらしい。ついでにあの時は、「厚木さんが見えなくなったら困ります」と余計な一言も添えていた。
 笠井が仮眠室のドアをノックする。
 「蘭さん」
 すぐに、「はい、どうぞ」と返事が返ってきて、笠井が中に入っていく。
 「失礼します」
 
 しばらくして、笠井が戻ってきた。
 なにを話していたのか、笠井にしては珍しく、表情が緩んだり引きつったりしている。
 「夕食は、社長と食べたいから待ってるそうですよ」
 「ああ、もう少しで終わる」
 「でしたら、私ももう帰っても大丈夫でしょうか」
 「ああ、遅くまで悪かった」
 「いいえ、二日後にはまた北海道ですから。今夜はこれで、蘭さんとゆっくりできますね」
 「?」
 やはり緩んだ表情のまま、笠井は世話焼き婆のようなことを言って帰って行った。
 
 笠井が言ったように、厚木がまた北海道へ行くことになったのは、好き勝手する親戚連中に、経営をちゃんとしろと釘を刺すためだ。こんな仕事こそ、聡姫が旅行ついでにしてくれば良い仕事だが、聡姫は心和と明日から、縄文遺跡群を見て回るのに忙しいらしい。それも北海道なのだが?
 「厚木さん」
 厚木が仮眠室に入ると、吉継が声をかけてくる。
 「もうお仕事終わりですか」
 「ああ」
 吉継が、雑誌を読んでいた。珍しいこともあると思って見れば、手にしているのは『月刊DomDom』。新聞も本も、ネットニュースすらほとんど読まず、唯一読むのはバレーボールの季刊誌だけという吉継が、よりによって『月刊DomDom』を読んでいた。
 笠井の表情の意味を知る。あれは笑いを堪えていたのか。日頃から、この本のように欲望と享楽を満たし、Domとして自己啓発に励み、ライフスタイルを見直していると思われているということか。屈辱を通り越して、悟りでも開けそうだ。
 昨夜、両親と食事のあと、家に戻らず会社で仕事をし、ここで一夜を明かしたのだ。心和から押し付けられた雑誌の処分を忘れ、机に出しっぱなしになっていた。前頭葉全面が痛くなってきた厚木だった。

 「これを読んでいたのか」
 「はい。この本はすごいです。Domの人はみんなこれを読んでいますか?」
 「いいや」
 「厚木さんは読みましたか」
 「ああ、読んだ」
 母の心和が、この本からどんな知識を得て、妄想を膨らませたのか気になったのだ。
 「やっぱり…!」
 吉継の頭の回路がどのように繫がって『やっぱり』なのか、厚木の、かなり賢い頭を以てしてもわからない。しかし、碌でもないことはわかる。なんせ厚木も雑誌を読んで、しっかりと”Dom”の欲望と享楽を頭に落とし込んだからだ。
 「厚木さんも、これ好きですか?」
 吉継がそう言って、厚木に見せてきたのは、特集の『Subからの誘惑』だ。『美しき主従関係』から始まる特集ページは、Subであろう美しい男女が薄着で、大事なところが見えそうで見えない際どいポーズをとりながら、Domの命令コマンドを誘っている。そして、ポーズごとにどんな命令コマンドが欲しいのかが、いちいち書いてある。Domの性欲と支配欲を煽る仕立てになっていて、非常に挑発的だ。このような写真が何ページにもわたって掲載されており、ちょっとした写真集だ。改めて見たら、これはグラビアというより、エロ本だった。
 吉継は、厚木が返事をしないので、急かすようにチラチラと視線をよこしていた。
 「あ、厚木さん」
 「どうした」
 「こ、この本、すごいです」
 さっきから吉継が見ているのは、Subの男性がバニーボーイの格好をして胸を反らせて、服の隙間からチラリと臍を見せている。手は臍の辺りと、臀部に添えられている。どちらかといえば、臍よりも下着フェチの厚木にとって、あまり旨味のないページだった。
 吉継のほうは、はじめて読んだ本から、今まで気にも留めていなかった世界の扉に気付かされて、ちょっと興奮していた。
 そもそも、こんなにDomとSubが一堂に会する雑誌があることにも驚きだが、Subの命令コマンドに対するこだわりも人それぞれだとわかったのが衝撃的でちょっと嬉しかった。顔も心なしか赤い。
 厚木も吉継にこんなことがしたいのだろうか、という興味もあった。吉継と笠井がこの雑誌を見て、「きっちりしている社長が、こんなところに置いたまま忘れるなんてありえません。きっと蘭さんに読んでほしかったんでしょうね」という爆弾を落としていったことなど、厚木が知るわけがなかった。笠井が確信犯だということも。もちろんただのうっかり。捨て忘れだ。
 「どこがどうすごいんだ」
 「え…」
 「読んでみろ」
 このエロ本を見て、吉継がすごいすごいといつになく興奮しているその顔を見ているうちに、厚木のスイッチが入った。
 「ほら」
 「あ、え…、”ぼ、僕のここで、あなたを受け入れるための命令コマンドを…”…厚木さん、もういいですか…」
 声に出してみて、吉継が恥ずかしさで言い淀む。
 しかし、厚木は溺れる者に藁を差し出すことはしない。
 「なぜ」
 「なぜ…って」
 「そこだけ聞かされても、なにがお前の言う”すごい”なのか伝わらない」
 「うぅ…」
 「どこに興味を惹かれた?」
 雑誌と厚木を交互に見て、仕事をしない表情筋を微かに動かせて困っている吉継を見て、母に押し付けられ、持て余していた雑誌が、はじめて役に立ったと感じた厚木だった。笠井の援護射撃があったことを知ることはない。

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