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 ファミレスの中は、数組しかお客さんがいなかった。入口にあるアルコール消毒兼体温計に手をかざす。体温35.7度。外は、気温が10度を切っていて昼間から降っていた雨が止んだとはいえ底冷えする。

「~~しみる……」

 思わず独り言ちる。水仕事もあるし、しょっちゅう消毒しなければならないため、深く切った指先にアルコールが染みて痛いし冷たい。
 すぐに店員さんが現れたけれど、その向こうに彼氏がいた。

「アキ君! あ、あの、連れがいるんで大丈夫です」

 案内に来てくれた店員さんに断りを入れて彼の元に行くと、植木で見えなかった位置に、彼の幼馴染がいた。二人が並んでソファに腰かけている。カップにはほとんど飲み終わりのドリンクが入っていて、氷も溶けていた。

 なんで二人がいるんだろう? あれ、今日は二人きりのデートだよね?

 明日はクリスマスイブだ。ケーキ屋だから一番忙しい。朝早くから行かなければならないから短い時間だけどデートを邪魔された気になってむっとしてしまった。

「えみり、遅かったな」

「お仕事お疲れ様、えみりちゃん」

 待たせたからか、彼の機嫌が悪いようだ。ごめんと謝ると、なぜかぷいっと視線を逸らされた。その逸らした視線の先には、彼の幼馴染がいる。

 彼の横に座っているのは、彼と小さな頃から一緒にいる近所の女の子らしい。身長が155センチほど。体重は40キロないんじゃないだろうか。大きな目に、カラーコンタクトを入れている。メイクはナイチュナル清楚系で、ふんわりとした唇はぷるんとしている。
 華奢で可愛らしく、いかにも守ってあげたくなるような、そんなガーリー系のモテモテ美少女である。

「えっと、なんで、ありえるちゃんがここにいるの?」

 挨拶も忘れて、取り合えず疑問を口にした。すると、咎められたと思ったのか、彼女の大きな瞳が見開いて瞬く間に潤みだして涙がぽろりと綺麗に右目からこぼれ落ちた。

「えみり、人を散々待たせといてありえるをそんな風にいじめるのか? ひでぇぞ」
「え? 私はそんな。ただ、なんでここにいるのか、普通に疑問に思っただけで」
「いいの、アキくん。ありえるが悪いの。本当なら二人のデートなのにこうして来ちゃったから……」
「ありえるは悪くないだろ。いつだって他人の事を思いやってるんだから。それに、ここに来て欲しいって言ったのは俺だし」
「アキ君……」

 体を斜めにして、まるで恋人同士のように、テーブルの上に置いた手を重ね合わせて見つめ合う二人。うっとりした瞳に、やや赤く染まった目元。まるで、この世界にはお互いしかいない、そんな雰囲気だ。

 あっけにとられて、二人を見ていると、重ねられた手が動き、指を絡ませ始めたかと思えばあっという間に恋人繋ぎになった。

「え、と。どういう事なのかな?」

 流石にこれだけ見せつけられては、どんな鈍感でも気づくだろう。

 私の恋人のはずの人は、二人の時間に邪魔が入ったとばかりに、わざとらしく大きくため息を吐きこちらを向いた。眉間にしわをよせて若干睨みをきかせながら。

「あのさ、ありえるから聞いたんだけど。お前、SNSでありえるの悪口を言ってたんだってな。お前だけは、他の女たちと違うって思ってたのに」
「は?」

 自慢ではないが、SNSの書き込みなどした事はない。仕事先のフォローをしたりするだけだ。

「アキ君、いいの。ありえるが悪いの。書きこまれた内容に傷ついたけど、でも、そう言われるのも仕方がないから……」
「ありえる、ちょっとした誤解なのに、あからさまに男を寝取るとか、ビッチとか書き込まれる謂れはないだろ? 名誉棄損で訴える事だってできる時代なんだ」
「でも……」
「ありえるが、他の女の子たちの恋人に出会ったら、男が勝手にありえるにホレてしまうだけだろ?」
「そうだけど。でも、やっぱりありえるがいなかったら、あの子たちは別れずにすんだんだよ……。グスッ、グスン」
「ありえるは可愛いからな。男が放っておかないのはずっとだろ? それなのに、可愛いお前に嫉妬して恋人にフラれた女たちがそんな風に書き込みをするなんて、俺はそっちの方を軽蔑する」
「うう……、アキくぅん……」

 なんの茶番劇なのだろう。どうやら、大好きだった彼に、SNSでの誹謗中傷を私が彼女にしたと思われているらしい。事実無根なのに。

 それに、今月紹介された時、彼女にはイケメンの恋人がいたはずだ。周囲の目を気にせず、とてもいちゃいちゃしていた。ダブルデートをしていて、二人で後ろから呆れながらも仲の良さに羨ましいねと言い合った。

 彼にはわからないのだろうか? 

 鼻水が一滴もなさそうな息遣いに、今はもう目尻にすら涙の膜すらない事を。俯き、指とその影で目元を隠して、口の端がぴくぴく笑いをこらえているというのに。




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