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北の果て②

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 ヨウルプッキ先輩がいなくなって、有能な彼の仕事のしわ寄せが来た。忙しくなったのは言うまでもない。

 けれども、募集していた事務の人が数名入ってきてくれて雑務がなくなった。

 ずっと、雑務だけでも別の人に任せたいと上申していた。新しく人が来ると聞いても、他部門にいっちゃって、一向に雇ってくれなかったのになぜだろうと思いながらも、少しゆとりのできた毎日が訪れたのだ。

 繁忙期の、明らかな過労状態に追いやられていた皆のげっそりとした頬や、らんらんと目が血走り危ない雰囲気がなくなった。

 仕事がスムーズに運ぶようになったのは、事務の人たちがとても有能だからだ。効果は抜群で、上司も無駄にイライラし当たり散らす事がなくなった。忙しさのあまり、彼もまたゆとりがなく荒れていたのだろう。とはいえ、今までの過剰な八つ当たりは許せないと思うが。厳しい指示も伝えて来るので皆からはまだまだ嫌われたままだった。

「おー、今回は大変だったねえ。元気にしていたかい? 心配していたんだよ?」

 最後の挨拶に来たヨウルプッキ先輩にもろ手を挙げて抱き着かんばかりに大歓迎している上司に対して、「どの口がそれを言う」と、皆が目を見開いてげーって舌を出した。

「多忙の中、突然訪れてすみません」
「いやいや、手配してくれた彼らが優秀で。ようやく皆に過度の業務を押し付けすぎる事がなくなったんだよ。それに、寄付のお陰で最新式の機材も使えるようになってねぇ。これからはもっとよりよい職場環境になると思うんだ」

 驚いた。事務の人たちや、最近入った高額のシステム管理などは先輩のお陰だったのか。上司は、ヨウルプッキ先輩に立場が追われると思っていて、彼を殊更に敵視していたのにも拘わらず、物凄い手のひら返しをして歓待している。

「それで、エミリアを少し借りてもいいでしょうか?」
「うん? ああ、彼女ね。今日の業務ももうすぐ終わるし、今から早退させても構わんよ」
「ありがとうございます」

 私の意向など全く無視して、なぜか私は3時間ほど早退する事になった。そのまま研究機関の一室に連れて来られた。

 なぜだろうか、職員の、特に上役の人になればなるほど先輩にへーこらしている。揉み手で案内された先は、VIP専用の応接室だった。

 高級な本革のソファに座り、出されたとても美味しい、公爵邸で飲んでいたような紅茶を飲みながら初めて見るその部屋をきょろきょろ見渡した。

「あの、先輩。一体何がどうなってるんですか?」

「エミリア、実は頼みたい事があるんだ」

 おじいさんに拉致された時のような、気持ちの悪さが消えて、去年までの堂々とした先輩の姿や表情をしている。私は、この数日で何があったのかは知らないけれど、先輩の憂いが消えたみたいでほっとした。

 聞けば、おじいさんは侯爵家の人で、孤児の先輩の出自を探す必要があったらしい。そこで、心当たりのある、ここよりも更に北にある魔族の血を引く民が住むエイヤフィラ王国に行っていたのだと言う。

「え? はああああ? おうじさまあああ? え? え?」

 私は、彼の出自を聞いて悲鳴をあげた。そして、すぐさま口を閉ざして頭を下げる。

「こ、これは大変失礼いたしました。ヨークトール殿下におかれましては……」

「エミリア、一応、ここではヨウルプッキのままでの対応をして欲しいんだ。上司の彼には、単なる富豪だと言っているし、王子という事はほんの数名しか知らない。その、僕もびっくりして慣れていなくてね」

「そうは仰られましても……」

「じゃあ先輩とでも。そのうち、皆が知る事になるだろうけれどね。そうしてくれないなら、君の秘密も暴露するけれど?」

「私の秘密、ですか?」

「……君さ、隣国の公爵令嬢なんだってね。オット殿が教えてくれたよ。彼はあちこちターニャ様を探すために旅をしていたし、記憶力がいいから覚えていたんだ。エミリア・ワアク・ホリーク、君の事だろう?」

「……う」

「だからさ、お互いに身分を隠すのに協力しようね?」

「かしこまりました……殿下。いえ、先輩。で、ご用件は何でしょうか?」

 なんだろうね。先輩は、こんな交換条件を持ちかけるような交渉とかはしなかったのになあと、彼を何が変えたのか気になった。

「えっとさ。クリスマスイブに、王宮のパーティーでとある女性にガチャを差し出して欲しいんだ」

「えっと、ご存じの通り、どんな権力者であろうと、そういう不正行為は協会は許していませんよ?」

「うん、知ってる。だけど、カプセルが本来の物じゃなくて、サンタとガチャ、そしてトナカイたちを一時的に借りるのは禁止されていないはずだ」

「えー……。確かにそうですけれどもね。じゃあ、+アルファで一人分多くガチャを差し出すんですか~? しかも王宮ってどんだけ離れていると思っているんですか! 私の担当地域と全然違うし、めんどくさいです」


 ただでさえ忙しいイブの日になんてことを依頼するのかと、絶対断ろうと思った。先輩として扱えと言ったのは彼だから許されるだろう。
 そんな風に思っていたら、先輩が真剣な表情をして頭を下げたのである。

「エミリアならそう言うと思った。でも、これしか方法がないんだ。そうじゃなかったら彼女が別の男と結婚してしまう。頼む、この通りだ!」
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