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気弱なハムチュターンの小話 ② Rなしなのでお昼間にUPします

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 俺は、エミリアが兵士たちに乱暴されているのを見て感情が噴出した。夢か幻か、そんな事はどうでもいい。俺の番に男たちが触れて、痛めつけ、傷つけている。

「エミリア! お前たち、今すぐその人を離せっ!」

 兵士たちへの命令権は母とタニヤ姉上しかない。命令を下してもなかなか聞き入れられず、刻一刻と愛する人に危機が迫った。

 必死に彼女が俺の番であり命の恩人であると伝えた。今すぐ兵士たちを叩きのめして、俺だけの女に触った罪を償えとばかりに魔力を練り上げる。

 ハムチュターン族の女王に仕える彼らには、肉弾戦では俺一人では太刀打ちできない。だが、体が小さい分、彼らよりも膨大な魔力がある。いっそ、吹き飛ばしてやろうと思った。頭が沸騰し、視界が赤く染まるほどの荒れ狂う感情のまま、それを解き放とうとした時、俺の耳にか弱く、俺を呼ぶ愛しい人の声が届いた。

「ダン……、私はここよ。そっちじゃないわ? 私を見て……。お願い、こっちに来て……?」

 そうだ、今俺がやるべきは、男たちの相手ではない。俺にしか見えない幻でもいい。危険を顧みずこうして来てくれたかけがえのないエミリアを助けることだ。一瞬でエミリアだけになる俺の頭と体。本能の赴くまま彼女の側に行き、立ち上がらせて泥を払う。

「ダン……」

 ずっと会いたくて、聞きたかった声が俺の名を呼んでくれる。そして、俺の胸にほんの少しでも力をいれれば折れてしまい傷だらけになりそうな小さくて白い拳が、俺を求めるかのように当てられた。

トン……トン……

 番が泣いている。涙を流して、俺の胸を叩いた。

 エミリアをこんな目に合わせた兵士たちもだが、すぐに気づけず、酷い仕打ちをされるような状況を阻止できなかった自分に腹が立つ。

──泣くな。泣かないでくれ……

 エミリアには笑顔が似合う。怒った顔も、こうして泣いている顔も勿論美しくて、世界中を魅了するけれども。

「あんな風にされて、きっとあちこち痛いよね? ごめん……」

 地に思い切り兵士に倒されたのだろう。よく見れば、肌が赤くなっている部分がある。関節も痛いだろう。ここで魔法を行使していれば即断で首を刎ねられても文句は言えないからか、エミリアは、敵意が無い事を示すためにいつも身に纏っている何をもかみ砕くハムチュターン族の歯すら通さない防御結界を解いていたに違いない。


「ダンのバカァ……、どうして何も言わずに出て行っちゃったの?」
「わ、私、もう嫌われちゃったのかと思ったんだからぁ!」

 けれども、彼女は兵士の事など一切言わなかった。俺の名を呼んで、勝手に消えた俺を責めた。

「ライノとエミリアがとても幸せそうだったから。俺がいたら邪魔になると思って……」

 あの時も、今も心から思っている、彼女の幸せのためにこうして故郷に帰って来たのだと伝える。嘘偽りのない本心だ。だけど、エミリアはその言葉を聞くや否や嘘だと叫んだ。

「嘘よ! だって、そんな理由なら私に話をしてから別れてたと思うもん! そのくらい、私にだってわかるもん!」

 そして、俺は、目をそらし続けていた、自分の小さなプライドを守り彼女に拒絶される恐怖から逃れるために、人化した姿を見せて対話することなく消えた事を突き付けられたのであった。

 一番知られたくなかった。俺が、こんなに弱くて情けなくて、ハムチュターン族の風上にも置けないほど、なんのとりえもないちっぽけでくだらない男だという事を。

 俺は、ほぼ同じ目線の彼女の思った通りの綺麗な焦げ茶色の瞳を見ながら、完全に思考も体も停止してしまった。

 膠着状態が続いた時、タニヤ姉上が仲裁に入って来る。俺は、エミリアが投獄後に処刑されると思い、彼女を奪われないように抱き着く。
 ハムチュターン族の標準体型よりはるかに小さなこの体では、彼女をすっぽり覆って囲い込む事が出来なくて、またも情けなくなる。これでは、エミリアに横から縋る小さな子供のようではないか。いっそ横抱きの方がいいかもしれない。

 それでも、抱きしめた彼女の体が柔らかくて、温かくて、鼻に近いフェロモンが出る部分からいい匂いがするから体勢を変えなかった。

──すんすん……。ああ、いいにおい~……

 日中汗をかいたのだろう。彼女自身の匂いにくらくらしてしまう。もっと堪能したくて、気づかれないようにそっと胸の奥まで息を鼻で吸った。

 エミリアが姉上と話をしたいからと俺に離れるようおねだりをした。正直離れたくなかったけれど、ほかならぬ愛しい番の願いだ。渋々、非常に不本意だが彼女を腕から解放した。その代わりぴとっと体を横づけにする。

 恥ずかしがり屋な彼女は、俺から一歩離れたけれど、照れる必要なんかない。

 俺は、彼女が離れた分、颯爽とカッコよくぴとりと張り付いた。


 すでに、これが夢でも幻でもない事には気づいていた。
 てっきり、ライノと仲良く暮らしていると思っていたのに、今日この日に俺に会いに来てくれたという事は、ライノではなく俺を選んでくれたからに違いない。



──ああ、早く二人きりになりたい。


 ついさっきまで落ち込んでいた分、反動で浮かれ切った俺は、ソファでも彼女の手を握り抱きしめて彼女の香り成分に包まれて完全に心どころか頭までバラ色に染まっていた。

 タニヤ姉上恐怖の大魔王の鉄扇で額に衝撃が走ったりしたけれど、エミリアも俺と同じく二人きりになりたいって姉上にお願いをしてくれた。

 それどころか、意気地なしで気弱な俺が悪いのに、自分もライノの求婚で心が乱れてしまい、俺を傷つけたと自分を責めて、母の次にこの国で強くて怖い姉上に勇気を持って伝えてくれたのだ。

──家族のように近しい、俺も認めるほどの素晴らしい男に求婚されたんだ。その時は、今のように俺と相思相愛の状態じゃなかったし、誰だって少しはクラッとくるだろう

 俺にはわかる。一時でも俺を裏切ったかのように、心が揺れてしまった自分を責めて泣いているだろう事を。

──エミリア、そんなに自分を責めないで。わかってるから。俺が消えてしまってから、俺への愛を自覚してどれほど切なく悲しかっただろう。大丈夫だよ。もう二度と君から離れないから……


 姉上は、モテモテの尊敬する騎士団長を務める長兄の嫁にするなど、俺たちの仲を引き裂こうとしたからな。彼女が姉上に怒って言い返すのも無理はない。

 どれほど俺を愛しているのか、そして、誤解して身を引いた俺を求めて無謀な転移をして来たのかを切々と語る(そんな内容は、エミリアは一言も言ってません)彼女が愛しくて仕方がない。

──姉上が怖いだろうに、必死に俺をかばってくれるなんて……。情けない夫でごめん。でも、とても嬉しいんだ。

 世界一やさしい彼女が、俺の愛のために巨大な悪に立ち向かってくれる。きっと地上に降りた女神に違いない。


 




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