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206 閑話 マーリアルの目がキラリ

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 マーリアルの店により、長く温められてきたドレイファスが作り出した菓子が世の中に飛び出すより早く、カルルドは学院教師ミースとの共同研究で、学生でありながら蜂と言えばカルルド・スートレラと言われるほど名を高めていた。
 スートレラ家のはちみつも相変わらず好調で、その利益を元に直営の養蜂農園をいくつか起ち上げ、領民を雇用し始めたところである。
 各養蜂農園には蜂のためのスライム小屋の花畑があり、スートレラ領内から「畑を作る」ことが広まり始めていた。
 濁りガラスさえあればスライム小屋を作るのは簡単だ。ちなみに公爵家ではスライムから作った濁りガラスを使うために便宜上スライム小屋と呼んできたが、今回世に出すにあたり、濁りガラスの材料を探られることを防ぐため、ガラス小屋と呼ぶことにした。
 土の調整には、ローザリオが作った植物ごとのポーションを撒いてそれぞれ行えるようにしたので、グゥザヴィ商会スートレラ支店では今、濁りガラスと土用ポーション、植物の粒!これらが空前の売れ行きとなっていた。

 スートレラは小さな農会がいくつかあるが、主に採れるものは食べられる植物ではなく、綿花である。今ははちみつがあるが、それまでは綿産業が主で、どちらかというと貧しい貴族だった。
 それが濁りガラスとポーションと粒で、はちみつだけではなく、新たに好きな野菜が作れるというのだから民が飛びつかないわけがない。
 農会も反発することなく、さらに豊かになるため積極的に、濁りガラスの小屋を建てて新しい農業に取り組みだした。

 先駆者としてスートレラから拡がった畑は、特別なはちみつを生み出したカルルドと協力者の庭師たちの新しい産物として、ロンドリン伯爵領とサンザルブ侯爵領、モンガル伯爵領へと拡がっていった。
 噂を聞きつけてスートレラを視察来訪し、導入を希望する貴族はとても多かったのだが、濁りガラスの生産量・・・というかスライム採取数の限界もあり、小屋を建てるのに良いサイズのガラスはグゥザヴィ商会の支店の中でも決まったところにしかまだ卸されてない。
 そのため、まずは公爵傘下の貴族。
それもより公爵に近い貴族から少しづつと決められていた。

 グゥザヴィ商会に設置を相談すると、ミルケラや合同ギルドの者が派遣されてガラス小屋を建てる。
 建ち上がるとタンジェントやモリエールがポーション片手に訪れて土作りを行い、粒を撒き、水やポーションを追肥するタイミングなどを教えて引き渡すと、導入費用が合同ギルドに支払われる。
 ミルケラは濁りガラスを作っては小屋を作りに行くためギルドの仕事まで手が回らなくなり、とうとう木工や大工スキルのある者を雇い入れて自分はギルドマスターに専念することに決めた。
 コバルドは公爵家で濁りガラスの製作にかかりきりのため、エイルがチームを作って出張する。それでも人が足りず、ミルケラはたくさんいる甥たちを何人か弟子に貰い受けて、エイルと共に教え始めた。
 グゥザヴィ男爵家の男たちに脈々と受け継がれる遺伝子は、オレンジの髪と緑の目、見事に似た顔なのですぐわかる。

「なんか、グゥザヴィ比率がめちゃくちゃ高くなったな」

 ギルドに顔を出したローザリオにそう笑われたが、ミルケラは満足している。
 自分がこどもの頃は三男までしか学院に通うことができず、それ故よい仕事に就く機会を得られなかった。
今は、甥や姪は全員当たり前に学院に通い、卒業した者はグゥザヴィ商会や合同ギルドの関連事業に就いて、人並みかそれ以上の生活をしているのだから。 

 大量の書類を抱えて忙しく屋敷を歩き回るミルケラを、マーリアルが見つめていた。

「ドリアン様、ミルケラは婚約者はおりませんの?」

 カルルド、エーメと婚約をまとめたマーリアルは、最近すっかりお見合いおばさんのようになり、独身者を見つけるとキラリと目が光る。

「聞いたことはないな」
「そういえばメルクルはウィザといつ結婚するのでしょうね?」
「ん?聞いていないがそのうちするのではないか?」
「ではまずあのふたりをさっさと結婚させて、それからミルケラに誰か見つけましょう。ギルドマスターがいつまでも独りでは、ねえ」
「ふむ、まあ落ち着いたほうが仕事ももっと集中できるかもしれぬな。しかしミルケラに見繕うならコバルドにも探してやらねばならんと思うぞ」
「コバルド?ああ、そうだわ!コバルドには離れのメイドのエナをどうかと思っておりますのよ。エナがコバルドを気に入っているという噂があるのですって」

 くふふと笑うマーリアルはちょっと黒い・・。

「ミルケラにはどなたがよろしいかしらね」



 そんなことを企むマーリアルは、実はもう一組目をつけていた。

 ハミンバール侯爵嫡子ラライヤとラスライト伯爵長子マイクロスである。
 年は少し離れているが、以前行われたドレイファスのための宴でラライヤがマイクロスだけを見つめ、かいがいしく世話を焼く姿を目にしていた。
 マイクロスは巧妙な罠に嵌まって汚名を着せられた際に廃嫡され、弟エメリーズが嫡男とされている。無事保護されて名誉も挽回したが、ラスライトの嫡男はエメリーズのままとなった。
 結果的にすべてを取り戻せたとは言え、自身の甘い認識により巻き込まれたのだから当主には相応しくないとマイクロス自ら希望したという。
 もともと嫡男で領地経営を学んでいた。つまらない欲をかかなければ騙されることもなくラスライト伯爵を継いだことだろう。

「侯爵の配偶者には血筋も実家の資力も申し分ない、マイクロス様自身も酷い目に遭って慎重になっているし、なによりラライヤ嬢が気に入っているのが大きいわ」

 マイクロスには幼いとも言えるラライヤだが。
貴族は格上から言われたら断れないもの、だからこそ自分がワンクッションになってやろうと、誰にも頼まれてはいないが動き出した。

 まずはタイミングよく呼ばれていたラスライト伯爵家の茶会に出かけ、夫人にさり気なく誰とは言わずに縁談を打診する。
 もしその気があるなら紹介しますわと。
 驚いていた夫人だが、醜聞があったラスライト家にとってはとても良い話だろう。

「御心遣い感謝申し上げます。改めてお伺い致しますのでその際に」

 ラスライトに持ちかけた話はマーリアルの独断だったが、茶会から戻ってこんな話をしたと執務室のドリアンに報告する。

「マールにそのふたりが良き連れ合いとなるように見えたのなら、良いのではないか」

 公爵はあっさり肯定した。
愛おしい妻には極力逆らわない、反論しないがドリアンの信条であるからして。

「では私の考える良きようにさせて頂きますわね」

 うふふんと笑い声を残し、執務室の重い扉をマドゥーンに開けさせて出ていった。

「マーリアル様、とっても楽しそうでしたね」
「ん?うむ。そうだなぁ、ラライヤ嬢が早く幸せになってくれて、次期侯爵が盤石となれば我らも安心していられるからな。
マイクロスの好き嫌いはともかく、こんなチャンスを物にしないようでは貴族とは言えん。
心配せずともマールが上手くやってくれる」


 ドリアンの予想どおり、マーリアルはラスライト家の意向を確認するとリリアント夫人と茶会を催した。

「それでラライヤ嬢の婚約はどうなさるのかしら」
「ええ、いくつか考えてはおりましたのよ。ただどの話にもラライヤが酷く頑なで。親の言うことでもまったく耳を貸さないものですから困っておりますの」
「そう!ではその選択肢にラスライト伯爵家のマイクロス様をいれてくださらない?」
「ラスライトのマイクロス様?」
「我が家の宴でお会いになりましたわよね?ちょっと年上だしいろいろとありましたけど、今はエメリーズ様の補佐となるべく真摯に学んでいるそうですし、元は伯爵家の跡継ぎ教育を受けた方ですから、ラライヤ嬢が侯爵となった暁にはよいサポートとなりますでしょう。ラスライト家は資力が群を抜いておりますし、名誉も回復されておりますし、一度エライオ様とご相談くださいませんこと?」


 マーリアルの提案を持ち帰って相談し、異存は無いと互いに確認したハミンバール侯爵夫妻は、最後にラライヤに気持ちを訊ねた。


「ララ、おまえの婚約者候補のことで話がある」

 ラライヤの口がへの字になる。
 その話題には触れたくないようだが、エライオは敢えて無視をした。

「ラスライト伯爵家のマイクロス様との婚約を考えているんだが」
「えっ?マイクロス様?」

 それまで誰と言っても目を逸らし、口を曲げていたラライヤが、急に反応したのでエライオの方が驚いてしまう。

「マイクロス様は私と婚約してもよいとおっしゃっているのですか?」
 「あ、ああ。フォンブランデイル公爵家のマーリアル様が仲立ちくださって、既にあちらの意向は聞いている」

 ラライヤは顔を真っ赤に染めて叫びながら母にしがみついた。

「しますっ!しますします、私マイクロス様と婚約して結婚しますーっ!」

 こんなに幸せそうなラライヤを初めて見たかもしれないと、リリアントは勧めてくれたマーリアルに感謝し、ラライヤを抱き寄せた。
 エライオはなんとなく面白くなさそうな顔だが。

「ではマーリアル様にお話を進めてくださるようお願い致しましょうね」

 それまでは我儘で強情で情緒不安定だったラライヤは、マイクロス・ラスライトという婚約者を得たことで見違えるほどやる気を見せるようになり、マーリアルはハミンバール侯爵夫妻から深く深く感謝され、ラライヤのルートリアへの嫉妬を警戒していたドリアンとマーリアルは胸を撫で下ろしたのだった。
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