上 下
21 / 81

公爵の頼み

しおりを挟む
コイント子爵ナニエルは、そんな繋がりがあったこともすっかり忘れていたパートルム公爵家からの先触れに、不安を覚えながら公爵の到着を待ち受けていた。

3歳のソンドールを養子にして以来、遠縁ではあるが、里心を警戒して特に交流もしなかった。

それに、何かあれば公爵家が自分たちを呼び寄せる立場だというのに、こんなに急にあちらからやって来るなんて、いい話とはとても思えない。

「父上」

ソンドールも父と同じ騎士団の正騎士だが、成年まで半年を残しているため、まだ実家暮らしをしている。

「あれ?今日は非番ではないですよね」
「ああ、来客の先触れがあって、急遽当番を変更してもらったんだ」
「そうでしたか。私はこれから鍛錬に」
「おまえこそ非番だろう?」
「ですが、若輩の身に鍛錬は欠かせませんからね」

その才を騎士団に認められながら、どこまでも謙虚な努力家の息子は、公爵家からの最高の授かりものだ。
そう思うと、来客に嫌な顔もできなかった。

「気をつけてな」

片手を上げ、颯爽と出かけていくのを見送ると、数分後に大きく立派な馬車が滑り込んで来た。

「旦那様、パートルム公爵様がいらっしゃいました」

ひとりしかいないメイドが知らせるまでもなく、子爵家には縁のない6頭立て馬車の蹄音に気づいたナニエルは、エントランスに向かって歩き出していた。



「久しいな、ナニエル殿」
「御健勝何よりにございます、モリーズ様」
「急に訪問して申し訳ない。緊急で相談せねばならぬことが起きた」

コイント子爵家は猫の額ほどの小さな領地しかなく、これという産業や特産品もない。それでも先代子爵は世渡り上手で、今よりずっと安定した領地経営をしていたが、ナニエルにそんな手腕はなく先細る一方。
ただ幸いにもナニエルには剣の才能に恵まれていたので、騎士となり、騎士団から俸給を得ながら領地を支えている。

社交に出る余裕はないため、最近のジュルガーの醜聞など知りもしなかった。

「あの・・・今夫人と・・・・・・ソ・・・ご子息は」

ナニエルの視線を遮るよう俯いたモリーズが口を開く。

「息子は鍛錬に出ましたが、妻は奥に」
「では夫人も呼んでもらえないだろうか」

いつも堂々としていたモリーズが、視線を揺らしているのがナニエルは気になった。


応接にモリーズを通し、妻のユミンを連れてくるよう茶を運んできたメイドに言いつけると、立ち去ったメイドの代わりにナニエル自らテーブルに置いた。

やはりモリーズの挙動には落ち着きがなく、よほどのことが起きたのだと察する。


「お待たせいたしました」

小柄なユミンが姿を現すと、いつも泰然と振る舞っていたモリーズがサッと立ち上がり、小さく会釈をしたので、ナニエルとユミンは驚愕する。


「ユミン夫人、急がせて申し訳なかった」


いよいよおかしい。

ナニエルは警戒を最大まで引き上げた。

コイント子爵夫妻を前にしたモリーズだが、なかなかその先を話そうとしない。
何かよほど言い辛いことのようだ。

「あの、そろそろ何のお話かおうかがいしても」

ナニエルが促すと、大きく息を吸い込んだモリーズが決意を固めたように話しだした。

「勝手を言って誠に申し訳ないが、ソンドールをお返し願いたい」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:48,706pt お気に入り:3,664

婚約者の義妹に結婚を大反対されています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:50,367pt お気に入り:4,930

私のバラ色ではない人生

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:104,115pt お気に入り:5,004

私の婚約者は、いつも誰かの想い人

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:76,022pt お気に入り:3,457

【長編版】婚約破棄と言いますが、あなたとの婚約は解消済みです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,825pt お気に入り:2,186

あなたに愛や恋は求めません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:104,555pt お気に入り:8,857

あなたにはもう何も奪わせない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:44,784pt お気に入り:2,779

処理中です...