恋語り

南方まいこ

文字の大きさ
上 下
29 / 63
オーディンの願い

#29

しおりを挟む
 
 シャールを探して屋敷中を駆け回るが、背後から追いかけて来たノイスン家の護衛騎士に「これ以上、勝手をされては困ります」と腕を引っ張られて、オーディンは仕方なく立ち止まった。
 その背後から、同じく自分を追いかけて来たダニエルが、息を切らしながら目の前まで来ると。

「オーディン! 分かった場所を教える。けど、今行けば僕は君の補佐官になれない」
「……何の話だ?」
「言われたんだよ、シャールを神殿へ連れて行くことが出来たら、オーディンが国を出る時に、僕を補佐として付いて行けるように推薦するって」

 サイファの言いそうなことだと思ったが、その条件をダニエルが飲んだことに素直に嬉しいと思ってしまい、咄嗟にシャールを犠牲にして喜ぶなんて……、と言いようのない罪悪感が込み上げて来る。

「気持ちはありがたいけど……」
「分かったよ、シャールなら食物倉庫の横にある尋問室だよ」

 それを聞いて教えられた尋問室へ向かえば、扉が開いており、サイファの腕の中で力なく倒れているシャールが見えた。

「兄上!」
「落ち着くんだ。シャールが突然倒れた」
「突然……? 一体何をしたんだ……」
「誰に向かって口を聞いてる……っ」

 剣を持っていたら、自分は間違いなくサイファの喉を搔き切っていただろう、そんな殺気を感じ取ったのか、兄は静かに口を閉じた。
 突然シャールが倒れたと言うが、そんな訳が無いと思った。なぜなら自分が良く知るサイファは、目的のためなら何でもする人間だからだ。
 シャールを奪うように胸に抱き、早く連れて帰ろうとしたが、ダニエルに「下手に動かさない方が良い」と言われる。

「いいや、早く屋敷に連れて行きたい」
「オーディン、冷静になって欲しい。まず、シャールの現状を調べる方が最優先だよ、熱があるのかも知れないし、重大な病気を発症したかも知れない、下手に動かして悪化すればシャールが苦しむよ」

 確かにそれもそうだと思い、ダニエルに促されるまま客室へとシャールを連れて行くことにした。
 浅い呼吸を繰り返し、たまに深く苦しむ姿に胸が潰れそうになる。守ると約束したのに、こんな状態にさせてしまったことを後悔しても後悔しきれず、自分に腹が立って来る。
 ダニエルに急いで主治医を呼んでもらったが、直ぐに容態が良くなるわけもなく、シャールはそのまま眠りに付いた。

「俺は公爵に説明に行く、だからシャールのこと頼んだ……」
「うん、任せてよ、……それから、ごめん、こんなことになるなんて……」
「いや、いい、全部俺のせいだ」

 今は誰が悪いとか言っている場合じゃなかった。
 一刻も早く公爵家に戻り、シャールのことを報告しなくてはいけない。
 オーディンは急いで馬車に乗り込み公爵家へ向かうが、もしかすると既に耳に入ってるのかも知れないな……、と冷静な考えが浮かぶ。なぜならガイルの息のかかった密告者が、そこら中の屋敷に潜伏していてもおかしくはないからだ。
 オーディンが重い足取りで公爵家へ戻れば、やはり既に耳に入っていたようで、エントラスで待ち構えるガイルを見て冷や汗が流れる。

「大体は把握しているよ、けれど貴方から説明を……」
「はい」

 シャールを守り切れなかったことを謝罪をしたかったが、それよりも、まずはパーティー会場で何があったのかを説明した。

「まあ、あの子の容姿をサイファ殿下が見れば、興味を持たれるのも十分視野に入れていた。分かっていて貴方に託したと言うのに……、シャールから目を離した貴方の失態だ」

 気難しい顔をするガイルの表情は崩れることなく、その鋭い目にオーディンは一瞬で自分の体が動かなくなる感覚に襲われた。
 威圧感は今まで感じたことが無いほどで、ガイルの重圧で呼吸さえも、ままならなくなる。

「オーディン、貴方は明日から王宮に戻ることになっているし、後の事は気にしなくていい」
「はい……」
「……? 随分素直な返事だね」
「単純に責任を感じてます。守れなかったことを含めて、俺はシャールの側にいる資格がない……です」

 ガイルはこちらを見つめながら目を細めると「なるほど」と口元を緩めた。
 それを見て、もしかすると今ならガイルも答えてくれるかも知れないと思い、オーディンは言葉を溢した……

「ひとつ聞きたいことがあります」
女神テラのことかな?」
「はい」
「女神とシャールが似ていると思うのは当然のことだ、あの髪色は珍しいし、顔立ちも日を追うごとに似て来ているしね……、貴方が他言するとは思えないし、いざと言う時、味方は多い方がいいから教えておくよ」

 ふぅ、とガイルが小さな溜息を付くと、神殿の女神だった女性とシャールは親子だと教えてくれた。シャールを産んで直ぐ祖父に預け、その後は人目に付かない森で生活をさせていたと言う。
 一呼吸置いたガイルは、父親が誰なのかを世間に知られることを避けたかったと話してくれたが、オーディンは今まで抱いていた、もうひとつの疑問を投げかけた。

「公爵が父親なのでは?」
「俺では無いよ」

 こちらの問いにガイルは即答し、悲しい顔を見せると、父親に関してはシャール本人も知らないことだから、今は教えることは出来ないと言う。
 ただ、世間に知られてはいけない相手が父親なら、それだけの地位がある人間だろうし、安易に名前を口に出せないのも頷けた。
 ガイルの男らしく結ばれた唇が静かに動き「本当は……」と用心深く話を続ける。

「シャールに会った日に、貴方から女神との関係を言われそうだと思っていたよ」
「そうですか、俺はずっと女神の存在を忘れてました」
 
 今日まで一度もシャールのことを女神に紐づけたことは無かった。
 サイファの驚いた顔を見て、そう言えば女神に似ていると思い出したくらいだ。だから元々あまり女神に関心を持っていなかったことを伝える。
 それを聞いたガイルに「女神には関心は無いけど、あの子・・・には興味があると言うことか」と呟かれ、カーっとオーディンの体が熱くなった。

「どちらにしても、俺からサイファ殿下には厳しく忠告をさせてもらうよ、申し訳ないが貴方も同等に忠告の対象にさせてもらう。サイファ殿下だけに忠告や警告をすれば、王宮での貴方の扱いが、更に酷くなりかなねないからね」
「はい、お気遣い感謝します」

 サイファだけに警告が集中すれば、正妃が黙ってないことくらいオーディンにだって理解出来ることだった。

「それでは、俺は部屋へ戻ります……」
「ああ、貴方も疲れているだろうから、ゆっくり休みなさい」

 ガイルへ挨拶をし、疲れ切った頭と体を引き摺り、自室へ歩みを進めると扉の前にレオニードが居た。
 出来れば、今日はもう何も考えたくなかったが、仕方なくレオニードに挨拶をし、シャールのことを伝えたが、思いのほか、彼が冷静で驚いた。

「オーディン様と同じ状況に晒されたなら、同じようにシャール様を危険に晒していたかも知れません。貴族や家族のしがらみを払拭するのは難しいですから……」

 レオニードの言葉を聞き、それが身に染みる。
「それでは、お疲れのところ失礼しました」そう言い残し、彼はオーディンの元から去っていた。
 部屋に入り、胸元を緩めながらベッドへ身を沈めると、予想以上に疲れていたらしく、そのまま眠りに付いた――――。


 翌日、ガイルが国王にサイファとオーディンへの厳重注意を申し立てたことにより、兄弟揃って謁見の間に呼ばれた。
 しかもガイルが放った言葉は、この国を揺るがすようなことだった。

「私は爵位など興味ない、もし条件が飲めないのであれば、全て返上しましょう」

 我が王国では唯一の公爵家、しかもこの国の英雄に国を捨てるとまで言われては、騎士や庶民からの反感はもちろんのこと、他国に及ぼす影響も考えれば、流石に陛下も有耶無耶うやむやに済ますことも出来ず、シャールへの接近禁止命令が下された。
 王妃は処罰としてオーディンに「反省のためイージス宮殿で過ごしなさい」と言い放った。
 陛下は、その必要は無いと言ったが、オーディンは王妃の言う通りイージスへ行くことを願い伝え、陛下から承諾をもらうと直ぐに宮殿へと向かった。

――結局ここか……。

 荒れ放題のイージス宮殿の中を歩き、使えそうな部屋の中を覗けば、飾り気のないシンプルな間取りで、寝泊まりするには丁度良さそうだった。
 ただ長年使われていない宮殿は掃除もされておらず、オーディンは取りあえず身の周りだけ掃除をすることにした。
 あらかた掃除が終わり、調理場へ向って見るが、こちらは然程さほど汚れておらず、早速、自分で湯を沸かし、茶を淹れてみた。

「……不味まずい」

 渋さといい、匂いといい、最高に不味かったが、それと同時に手に入れた、ひと時の自由に喜んだ。
 けれど、時間が経つにつれて途端にシャールが恋しくなる。手を伸ばしても一生胸に抱くことが出来ない相手に、心を奪われたことは不幸以外の何ものでもなかった――――。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

いつか愛してると言える日まで

BL / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:413

俺の魔力は甘いらしい

BL / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:159

女鍛治師のライナ わけあり勇者様と魔女の箱庭でスローライフ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,627pt お気に入り:60

尽くすことに疲れた結果

BL / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:3,013

処理中です...