勇者に執着されて絶望した双剣の剣聖は、勇者の息子の黒髪王子に拘束されて絆される

緑虫

文字の大きさ
84 / 89

84 光の輪

しおりを挟む
 頭上に輝いていた光の輪が、俺たち四人に向かってきた。

「うわ、眩しっ!」

 思わず腕で目を覆う。閉じた瞼の向こうから、真っ白に眩く光るものが迫ってきていた。

 しばらくして光が収まってきたので、ゆっくりと瞼を開く。俺の正面には、額の部分に光の輪を嵌めたオリヴィアの姿。右側には、変わらず俺の手を繋いでいる、同じく光の輪を嵌めたクロイスがいた。

 俺の左側には、顔面蒼白になったロイク。こいつも同じように光の輪を嵌めている。

 ということは、俺も多分光の輪を嵌めているんだろう。頭の方が眩しいなーと思うのは、きっとそういうことだ。

「ほ、本気でやったのか、オリヴィア……」

 ロイクの声は震えている。ロイクの野郎は夫婦なだけあって、これが何かが分かっているみたいだった。クロイスの落ち着いた表情からも、多分この場でこれが何かを分かっていないのは俺だけなんだろうな、と推測する。

 きょろきょろしている俺に、クロイスが優しく微笑みかけた。

「大丈夫。ビイはこれを付けていても何も問題は起こらないよ」

 オリヴィアも頷く。

「ファビアンは嘘なんて吐けないものねえ」
「え、どういうこと?」

 さっぱり分からなくて説明を求めると、オリヴィアはロイクに厳しい目線を送りながら教えてくれた。

「これは聖女、というか聖魔法の奥義のひとつなんだけど、簡単に言うと『嘘を見抜く』ものなのよ」
「嘘を見抜く? 一体どうやって」

 首を傾げると、オリヴィアは遠い目をしながら語り始める。

「かつて私が聖女として聖国マイズにいた頃。中央神殿で神託によって政治を執り仕切っていた教皇は、臣下に何か不手際があった際、これを使って神への忠誠、ひいては自身に対する忠誠を確かめていたわ」

 教皇。ラザノが首をちょん切ったあいつのことだろう。俺は無言で頷いた。

「この魔法をかけられた者は、嘘を吐くことができない。いえ、吐くことはできるけど、嘘を吐いた途端、光の輪が頭に食い込み激痛に襲われるの」
「うわ……」

 とんでもない技だな。思わず顔を引き攣らせると、オリヴィアが悲しそうに微笑んだ。

「嘘を吐かないと心を入れ替えれば、締めつけの輪は緩まる。だけど再び嘘を吐けば、また輪は頭を締めつけ、地獄の苦しみを与え続けられる」
「聖女の時、そんなことをさせられていたのか……」
「教皇は疑い深い人間だったから、こうすることで権力を確実なものにしないと安心できなかったのね」

 辛かった、とオリヴィアはポツリと呟く。ロイクを見ると、尋ねた。

「ロイク、貴方には話したわよね。クロードが竜の鍵穴に入ってしまった後、私が貴方に告白をした時に」
「あ、ああ……」

 ロイクは唖然とした表情で答える。

「人の嘘も許せる環境で生きていきたい。私はもう狂信だけが正義な日常には戻りたくないと言ったわ。貴方の臆病さは、私の目には新鮮に映ったから」
「オリヴィア……?」
「私の周りには、死を覚悟した純然たる信者しかいなかったのよ。全て相手が正しいと信じ切る人間を見て、異常だと思ったわ」

 オリヴィアは、厄災討伐の旅の最中でも、過去は多くは語らなかった。俺は知らない方がいいと言って。だけどどうやらクロードとロイクは聞かされていたようなので、やっぱり俺は子供扱いされていたってことなんだろう。

「だからロイクに惹かれたの。ロイクみたいな不安定な人間は、祖国では皆殺されているか逃げ出していたから」

 そういうことだったんだ。ロイクの情けないところに気付かないまま「格好いい」とか思っていたのかな、と勝手に思い込んでいたことを、申し訳なく思った。

 ところが、これにはロイクも驚きを返すじゃないか。

「え……? オリヴィアは、私の勇者然たる佇まいを見て惚れたと言っていたじゃないか!」
「だって、そう見られてほしかったでしょう?」

 さらりと返すオリヴィアに、ロイクは絶句していた。二十年以上夫婦をしていて、一回も気付かなかったらしい。いつだって自分中心にしか物事を考えないロイクらしいといえばらしかった。

 オリヴィアは手をパン! と叩くと俺たちを見渡す。

「さあ、さっさと始めましょう。ではまず、私から」

 オリヴィアは右手を胸の前にあてると、宣言した。

「私は英傑のひとり、聖女オリヴィア」

 オリヴィアに目配せされ、俺は慌てて続く。

「お、俺は英傑のひとり、剣聖ファビアン!」

 まだ唖然とした表情のロイクが、俺の後に続いた。

「私は英傑のひとり……勇者ロイクだ」

 三人とも、残りのひとり、クロイスを見る。クロイスはいつもの真顔のまま、あっさりと言った。

「オレは英傑のひとり、賢者クロードだよ」
「はっ!? クロイス、お前はどうしてそんな嘘を!」

 ロイクが目をひん剥きながらクロイスに近づこうとしたけど、オリヴィアが片手で制する。

「ロイク、この子の輪は反応していないでしょう」
「だ、だが!」

 クロイスは表情を変えないまま、ロイクに言った。

「お父様、オレはクロードの霊魂を持って生まれたんです。転生というやつですね」
「う、嘘だ……っ」

 ロイクがよろける。

 オリヴィアはそんな夫を支えようとはせず、淡々とした口調で先に進む。

「では本題に入りましょうか。先程の話の続きからいきましょう」
「うん、じゃあオレかな」

 クロイスは俺の手を引っ張って引き寄せると、背中から抱きついてきた。

「オレはクロードの頃からビイが大好きで、ビイのことをオリヴィアに相談していたんだ。そのかわりオリヴィアのロイクに対する恋愛相談を受けてた感じだよね、お母様」

 オリヴィアが頷く。

「そうね。クロードは男同士でも受け入れてもらえるだろうか、顔に竜の痣がある自分は嫌われていないかってずっと心配していたわね」
「オリヴィアはロイクを支えてやりたいって言っていたね。趣味が悪いよって言っても、知ってるって言って笑ってた」
「しゅ、趣味が悪い?」

 ロイクが驚いた顔をした。眉目秀麗で勇者で一国の王子だったロイクを仲間がそんな風に評していたなんて、ロイクは今の今まで考えたこともなかったらしい。

 ――まあこいつ、結構情けない奴なのは節々から臭ってたもんな。俺に至っては、縋りつかれてたし。

 三人の冷めた微妙な視線を受け、ロイクは明らかに挙動不審になってくる。

 オリヴィアが、問いかけた。

「さあロイク、さっき言った言葉をもう一度言ってみて頂戴」
「さ、さっきって?」

 ロイクが後退る。オリヴィアは静かな表情のまま、はっきりと言った。

「クロードにファビアンを抱けと脅されていた、よ。さあ言ってみなさい」

 ロイクの顎が、ガクガクと震え始める。

 クロイスが薄っすらと笑みを浮かべて父親に声をかけた。

「お父様、オレがクロードだというのが嘘だと思うなら、この魔法は有効でないということになりますよね」

 ロイクはハッとすると、引きつった笑みを浮かべる。

「あ、ああ」
「ならば言ってみて下さい」

 三人にじっと見つめられ、ロイクは小刻みに震えながら口を動かし始めた。

「わ、私はファビアンを抱いていた」

 光の輪は反応しない。

「ク、クロードに、ファビアンを抱けと脅されていたか……らあああアァッ!?」

 ロイクは突然叫び始めると、頭を押さえてもんどり打つように地面をのたうち周り始めた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

わがまま放題の悪役令息はイケメンの王に溺愛される

水ノ瀬 あおい
BL
 若くして王となった幼馴染のリューラと公爵令息として生まれた頃からチヤホヤされ、神童とも言われて調子に乗っていたサライド。  昔は泣き虫で気弱だったリューラだが、いつの間にか顔も性格も身体つきも政治手腕も剣の腕も……何もかも完璧で、手の届かない眩しい存在になっていた。  年下でもあるリューラに何一つ敵わず、不貞腐れていたサライド。  リューラが国民から愛され、称賛される度にサライドは少し憎らしく思っていた。  

リオネル・デュランの献身

BL
落ち目の男娼リアンの唯一の趣味は、若きディオレア国王の姿絵を集めること。ある日久しぶりについた新規の客は、リアンに奇妙な条件を提示してくる。 執着君主×頑張る美人

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!

永川さき
BL
 魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。  ただ、その食事風景は特殊なもので……。  元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師  まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。  他サイトにも掲載しています。

恋人と別れるために田舎に移住体験に行ったら元二股相手と再会しました

ゆまは なお
BL
東京生まれ東京育ちの富和灯里(ふわとうり)は、6年付き合った恋人と別れるために田舎への移住を決意する。ところが移住体験に行ってみれば、そこには4年前に別れた二股相手、松岡一颯(まつおかかずさ)がいた。驚いて移住は取りやめようと思った灯里だが、恋人とは別れてくれず勢いで移住を決意してしてしまう。移住はしたが、松岡とは関係を疎遠にしておこうとする灯里の意思に反して、トラブルが次々起こり、松岡とは距離が縮まっていく……。

忠犬だったはずの後輩が、独占欲を隠さなくなった

ちとせ
BL
後輩(男前イケメン)×先輩(無自覚美人)  「俺がやめるのも、先輩にとってはどうでもいいことなんですね…」 退職する直前に爪痕を残していった元後輩ワンコは、再会後独占欲を隠さなくて… 商社で働く雨宮 叶斗(あめみや かなと)は冷たい印象を与えてしまうほど整った美貌を持つ。 そんな彼には指導係だった時からずっと付き従ってくる後輩がいた。 その後輩、村瀬 樹(むらせ いつき)はある日突然叶斗に退職することを告げた。 2年後、戻ってきた村瀬は自分の欲望を我慢することをせず… 後半甘々です。 すれ違いもありますが、結局攻めは最初から最後まで受け大好きで、受けは終始振り回されてます。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処理中です...