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少年の願い〖第28話〗
しおりを挟むずっと、少年の気配がない。何処かへ行ってしまったのではないか、それとも、もう二度と姿を表してはくれないのではないか。
酷い言葉を浴びせ、少年を、あのやわらかな笑顔で作ってくれる魔法のように温かな紅茶さえも否定した。
『ふかやまさん…………』と静かに涙を流して消えてしまった少年が目に焼き付いて離れない。ふと、深山は気づく。少年の気配が何処にも感じられない。本当に消えてしまったのではないか。
もう、会えない?あれほど怒るべきことだったのだろうか。深山がこだわり続けた火傷……意地や自尊心。少年を失ってまで守る必要があるものだろうか?深山はベッドから素早く身を起こし、大声で言った。
「アレク!私が悪かった。姿を見せてくれ!」
まさか、存在自体が消えてしまったのかと思い、バッグにいれたカップに触れる。小さく声を殺して泣く声が聞こえた。ひとの形をもってカップの外へ出ていることは解った。
けれど、少年が『家にいる』少しの安堵と共に、隠れて泣くほど深山の近くに居たくなかったのだろうという事実が、そしてそうさせたのは紛れもなく深山自身だと言うことが、深山を苦しめた。ぎりぎりと締めつけられるような罪悪感。
少年が傍で笑っていてくれればそれで良かったはずではなかったのか。あの『ふかやまさん!』と言い、深山を見上げて笑う碧い瞳に映るだけでしあわせではなかったのか。いつも、全てにおいて後になって悔やんでばかりしている。これでは以前と変わらない。
「アレク。頼む。謝らせてくれ。私が悪かった!」
部屋中を探すが。返事がない。
「アレク、アレク!」
何故かクローゼットまで探した。冷静でなんて、いられなかった。ただ、少年の名前を叫ぶように呼びながら、家を徘徊し、最後、アトリエの扉を開けた。扉を背に、後ろ向きにフローリングの床に膝を抱え座っている少年を見つけ、深山は胸を撫で下ろす。
少年は微動だにせず、深山の描いた少年自身の絵を見ていた。夕陽がやわらかな少年の金色の髪を反射させる。深山は安堵のため息を漏らした。
「居るなら、返事をしてくれ。アレク」
『それは義務ですか?マスター』
『アレク』と、深山がそう少年の名前を呼んで振り向かなかったのは初めてだったと深山は気づく。少年の冷たく硬い声に、深山の声は緊張で強ばる。
「いや、義務ではない。だが、私は望む」
『命令なら従います』
「それに、『マスター』と呼ぶのは………やめて欲しい」
『承知の上です。気に入らないのでしたらティーカップを割って頂いても結構です。主従の関係というものはそういうものです』
「本気で言っているのか?私がそう出来ないことを知っていて!アレク!」
深山は声を震わせ、怒鳴った。少年は淡々と感情もなく、ポツリポツリと呟くように、少年は言った。
『出来ますよ。マスターなら、出来ます。もう、いいんです。カップならここに。割りたいんじゃないですか?僕が憎いんでしょう?……マスターは、あのとき、僕を割ろうと思っていましたよね?………今でも遅くないです。割って下さい。僕はもう、いいんです。マスターにあんな目で見られてまでここに居たくありません………』
それから肩の力を落とし、両手で顔を隠してくぐもった声で少年は続けた。
『ねぇ、マスター。僕はただ願っただけです。火傷の痕を消したいと思ったわけではないんです。前にマスターは言っていました「笑うとひきつれて痛いな」って、困った顔をして。手も、「絵筆を持つのに長い時間は少しな」と、無理に笑ってつらそうだった………僕は、ミルクティーを淹れるとき、ふかやまさんがたくさん笑って元気になって欲しいって。痛いところや、つらいところがなくなるようにって、ただそう思ってミルクティーを淹れていました。ふかやまさん、そんなにいけないことですか?大切な人の幸せを願うことは、そんなにいけないことなんですか?少しでも、ふかやまさんが心穏やかに一日を過ごして、幸せと思える一日一日を積み重ねていけたら。ふかやまさんの苦しみが、少しでも、無くなれば………。僕はずっとそう思っていました。ふかやまさん、僕は間違っていますか?答えて下さい!ふかやまさん!』
そう言い放ち、少年は丸まって泣いた。大声で叫ぶように泣いていた。深山は傍らに蹲り少年の背を撫でた。震える華奢な背中があまりにも切ないと思った。
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