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【第14話】想いかたが解らない
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それからフィルはレガートの言うことに逆らわず、何も言わず従うようになった。
修練は滞りなく進む。
そんなフィルを、まるで人形のようだとレガートは思った。
いつの間にかフィルのオニキスのような瞳の光は失われて、暗い鈍色の石のようになった。
時計の針を巻き戻すように、以前の笑顔や照れ臭そうに目を逸らすフィルに会いたいとレガートは思ってしまう。
このおこがましい思考にレガートは自嘲する。こうさせたのはレガート自身だ。
レガートはフィルがいつも声を殺して泣いているのを知っていた。
けれど、レガートは何を言ったらいいか、何をしたらいいか解らない。
レガートは眠る、出会った頃より伸びたフィルの髪に口づけ自分の『妖精の気』──『生命力』を分ける。
『すまない…こんなことしか、出来ない。……解らないんだ』
ドラゴンの厩舎に行くのを禁じ、
親衛隊と会うのも禁じた。
花婿は王様のもの。そうレガートは心の中で言い訳をした。
最後くらい、ずっとフィルの隣に居たかった。レガートの想いとは裏腹に、日増にフィルは輝きを失っていく。
特別な修練以外はレガートの部屋で修練をする。 レガートの部屋は流石の王太弟というだけあって広い。
あまり豪奢な飾りのついたものはなく、慎ましやかだ。
修練が終わるとレガートはいつも親衛隊の日誌に目を通しているが、フィルはいつも窓際に立ち空を見ている。
まるで悲しい飛べない鳥だとレガートは思う。足枷をつけたのはレガート自身なのに。
「あの雲、シュークリームみたいだね。美味しそう」
「今の空の色、レガートの着てる夜着と同じ色」
「ねえ、レガート」
レガート、レガート……。
いつもフィルはレガートを見上げレガートの名前を呼んだ。今は、もうない。
レガートは心の中に問いかける。答えはいつも、いつでも同じ。 『仕方なかった』で締めくくられる。
フィルへの想いは抱いてはいけないものだ。
想いの火は消さなければならなかった。そう思うと、レガートの心の深淵にフィルが泣きながら暗闇に金色の灯りを持って立っている姿が見える。
「レガートは僕の初恋だよ。好きだよ。ずっとレガートが好きだよ」
そう言い、笑いながら泣くフィルはふっと灯りを吹き消そうとする。
『消さないでくれ、灯りを、やっと独りじゃないと思えたんだ』
「あなたは独り。ずっと独り。僕も独りだよ。誰もいない『仕方がない』んでしょ?」
目が覚めるとレガートの顔は涙で濡れている。こんなのは嫌だ。
けれどレガートがフィルにしていることは灯りを吹き消させることだ。
『フィル……すまない。でも仕方がないんだ。お前を兄上に届けるには、こうするしかないんだ』
今はもう、フィルはレガートと同じベッドで寝ない。
ソファで寝るようになった。
起こさないようにレガートはフィルにそっとマントをかけ、指先で──穢い朱色の爪ではなるべく触れないように──泣き腫らした目元に触れ、髪に触れ、妖精の気を分ける。
レガートがフィルに触れられるのは、フィルが眠っているときだけだ。
せめて想いを伝えたい。
一呼吸置きレガートは自嘲う。
涙が滲む。あれだけ冷たく接し『花婿』と縛りつけた自分にそんな資格はない。全て遅すぎるのにと泣きながら言った。
『すまない、フィル。……すまない。愛している。お前を、お前だけを愛している。……今更伝えても遅いのにな。あれだけ傷つけたのにな』
朝起きると必ずフィルの肩に焼け焦げのある黒いレガートのマントがかけてある。次の日も、また次の日も、毛布をかぶって寝てもマントがかけてある。
『風邪を引かれても困るからな』
「あ、ありがとう」
ツェーの花が笑う。
『ほら!マントをかけてくれたじゃない。あなたが好きなのよ。ただ素直になれないだけよ』
フィルは、小さな袋を持っている。ツェーの花びらを香り袋にした。誰にも触らせないと、触らせるとしたらレガートだけだと、この袋に入る花びらに約束した。その時フィルは花びら達に言った。
「これでもね、あのひとを好きだったんだ。僕の世界はあのひとだけだった。けれどレガートは変わってしまった。昔みたいに笑いもしなければ、悲しい顔なんて見たこともしない。冷たくて、無表情で。あなた達は断片しか見ていないから言える。僕は、それでも、いつか報われるって信じてた。信じて……いたんだけどな………」
『フィル……あなたは昔のレガートに戻って欲しいの?』
「掟がそれを許さないよ」
『許すなら?』
「ちゃんと今までのことを説明して欲しい。拙い努力だったのか、僕を……嫌いになったのか。飽きたのか。それから、一度でいい。抱きしめて欲しかった。好きでも嫌いでも、愛していると……上手に嘘をついて………。やめよう?こんなお伽噺みたいなこと言うの。虚しいだけだから……」
金色の灯火が消えてしまう前に、終わらせようとフィルは思う。
レガートの寝息を聴いてから、王様への手紙を書こうと机に向かいレガートの羽根ペンを取る。
思い出すのはレガートの『フィル』と名前を呼ぶ声、
涙を拭く指先、
抱きしめられて翔んだ涙を乾かした風、
触れるだけの口づけ。
振り向くとレガートが眠っている。
「今までありがとう。好きだったよ。でも…もう僕には無理だよ……」
……「王様、僕はレガートが好きでした。僕はレガートの笑った顔が好きでした。けれど、レガートは笑わなくなりました。冷えた食卓、無機質な会話、冷たい言葉。ここには僕の愛したレガートはいません。 心を殺そうとしても心の臓は動きます。泣くなと瞳に言っても涙は出ます。助けてください。修練を終わらせて下さい。レガートの思い出を綺麗なまま残して花嫁になりたい。レガートへのいとしさがまだ残っているうちに、終わらせて下さい」
…… バルコニーへ出て二回手を叩き妖精を呼ぶ。フィルが
『王様へ。お願いします』
と言うと妖精は手紙を受け取り、消えた。
──────────《続》
修練は滞りなく進む。
そんなフィルを、まるで人形のようだとレガートは思った。
いつの間にかフィルのオニキスのような瞳の光は失われて、暗い鈍色の石のようになった。
時計の針を巻き戻すように、以前の笑顔や照れ臭そうに目を逸らすフィルに会いたいとレガートは思ってしまう。
このおこがましい思考にレガートは自嘲する。こうさせたのはレガート自身だ。
レガートはフィルがいつも声を殺して泣いているのを知っていた。
けれど、レガートは何を言ったらいいか、何をしたらいいか解らない。
レガートは眠る、出会った頃より伸びたフィルの髪に口づけ自分の『妖精の気』──『生命力』を分ける。
『すまない…こんなことしか、出来ない。……解らないんだ』
ドラゴンの厩舎に行くのを禁じ、
親衛隊と会うのも禁じた。
花婿は王様のもの。そうレガートは心の中で言い訳をした。
最後くらい、ずっとフィルの隣に居たかった。レガートの想いとは裏腹に、日増にフィルは輝きを失っていく。
特別な修練以外はレガートの部屋で修練をする。 レガートの部屋は流石の王太弟というだけあって広い。
あまり豪奢な飾りのついたものはなく、慎ましやかだ。
修練が終わるとレガートはいつも親衛隊の日誌に目を通しているが、フィルはいつも窓際に立ち空を見ている。
まるで悲しい飛べない鳥だとレガートは思う。足枷をつけたのはレガート自身なのに。
「あの雲、シュークリームみたいだね。美味しそう」
「今の空の色、レガートの着てる夜着と同じ色」
「ねえ、レガート」
レガート、レガート……。
いつもフィルはレガートを見上げレガートの名前を呼んだ。今は、もうない。
レガートは心の中に問いかける。答えはいつも、いつでも同じ。 『仕方なかった』で締めくくられる。
フィルへの想いは抱いてはいけないものだ。
想いの火は消さなければならなかった。そう思うと、レガートの心の深淵にフィルが泣きながら暗闇に金色の灯りを持って立っている姿が見える。
「レガートは僕の初恋だよ。好きだよ。ずっとレガートが好きだよ」
そう言い、笑いながら泣くフィルはふっと灯りを吹き消そうとする。
『消さないでくれ、灯りを、やっと独りじゃないと思えたんだ』
「あなたは独り。ずっと独り。僕も独りだよ。誰もいない『仕方がない』んでしょ?」
目が覚めるとレガートの顔は涙で濡れている。こんなのは嫌だ。
けれどレガートがフィルにしていることは灯りを吹き消させることだ。
『フィル……すまない。でも仕方がないんだ。お前を兄上に届けるには、こうするしかないんだ』
今はもう、フィルはレガートと同じベッドで寝ない。
ソファで寝るようになった。
起こさないようにレガートはフィルにそっとマントをかけ、指先で──穢い朱色の爪ではなるべく触れないように──泣き腫らした目元に触れ、髪に触れ、妖精の気を分ける。
レガートがフィルに触れられるのは、フィルが眠っているときだけだ。
せめて想いを伝えたい。
一呼吸置きレガートは自嘲う。
涙が滲む。あれだけ冷たく接し『花婿』と縛りつけた自分にそんな資格はない。全て遅すぎるのにと泣きながら言った。
『すまない、フィル。……すまない。愛している。お前を、お前だけを愛している。……今更伝えても遅いのにな。あれだけ傷つけたのにな』
朝起きると必ずフィルの肩に焼け焦げのある黒いレガートのマントがかけてある。次の日も、また次の日も、毛布をかぶって寝てもマントがかけてある。
『風邪を引かれても困るからな』
「あ、ありがとう」
ツェーの花が笑う。
『ほら!マントをかけてくれたじゃない。あなたが好きなのよ。ただ素直になれないだけよ』
フィルは、小さな袋を持っている。ツェーの花びらを香り袋にした。誰にも触らせないと、触らせるとしたらレガートだけだと、この袋に入る花びらに約束した。その時フィルは花びら達に言った。
「これでもね、あのひとを好きだったんだ。僕の世界はあのひとだけだった。けれどレガートは変わってしまった。昔みたいに笑いもしなければ、悲しい顔なんて見たこともしない。冷たくて、無表情で。あなた達は断片しか見ていないから言える。僕は、それでも、いつか報われるって信じてた。信じて……いたんだけどな………」
『フィル……あなたは昔のレガートに戻って欲しいの?』
「掟がそれを許さないよ」
『許すなら?』
「ちゃんと今までのことを説明して欲しい。拙い努力だったのか、僕を……嫌いになったのか。飽きたのか。それから、一度でいい。抱きしめて欲しかった。好きでも嫌いでも、愛していると……上手に嘘をついて………。やめよう?こんなお伽噺みたいなこと言うの。虚しいだけだから……」
金色の灯火が消えてしまう前に、終わらせようとフィルは思う。
レガートの寝息を聴いてから、王様への手紙を書こうと机に向かいレガートの羽根ペンを取る。
思い出すのはレガートの『フィル』と名前を呼ぶ声、
涙を拭く指先、
抱きしめられて翔んだ涙を乾かした風、
触れるだけの口づけ。
振り向くとレガートが眠っている。
「今までありがとう。好きだったよ。でも…もう僕には無理だよ……」
……「王様、僕はレガートが好きでした。僕はレガートの笑った顔が好きでした。けれど、レガートは笑わなくなりました。冷えた食卓、無機質な会話、冷たい言葉。ここには僕の愛したレガートはいません。 心を殺そうとしても心の臓は動きます。泣くなと瞳に言っても涙は出ます。助けてください。修練を終わらせて下さい。レガートの思い出を綺麗なまま残して花嫁になりたい。レガートへのいとしさがまだ残っているうちに、終わらせて下さい」
…… バルコニーへ出て二回手を叩き妖精を呼ぶ。フィルが
『王様へ。お願いします』
と言うと妖精は手紙を受け取り、消えた。
──────────《続》
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