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9:結婚三年目:第一子誕生
しおりを挟む「オギャー!!!」
結婚3年目の肌寒さが和らぎ出したある朝、タングール伯爵邸に大きな鳴き声が響き渡った。
マリーは全身の倦怠感とは裏腹に、満たされた気持ちに浸っていた。
産まれたばかりの我が子を胸の上に抱いているのだ。
(元気な鳴き声をあげてくれてよかった……)
今まで自分のお腹の中に居たなんてとても信じられないその小さな生き物は、しわくちゃで一見全く可愛くないにも関わらず、何故だか愛しい感情がとめどなく湧き出る、不思議な感情をマリーに与えてくれる。
妊娠が発覚してからの約半年は、自分の身体の中で命を育てているという神秘に穏やかな気持ちになると同時に、ふと不安に駆られては情緒が乱れる、その繰り返しの日々だった。
ただただ、元気に産まれて来てくれる事をマリーは一人で祈り続けた。
マストはマリーが悪阻に苦しんでいる時、食べることが出来そうな物を色々と買って来てくれた。
優しい言葉は何もなかったが、気に掛けてくれていることを感じ、マリーは嬉しかった。
悪阻が落ち着いたある日、マリーは外の空気を吸おうと庭へ出た。
少し外の空気を吸うだけのつもりであった為、靴ではなくサンダルの様な簡易的な履き物を履いていたのがいけなかった。
マリーは躓いてこけそうになったのだ。
「キャッ!!!」
咄嗟に側の木に掴まり何とかこけずに済んだのだが、よりによってその場面をマストに目撃されてしまった。
「何をしている」
「少し外の空気を吸おうと……」
「一人で、その履き物でか? そしてその様な薄着で?」
マストは呆れた顔でマリーを見下ろしている。
淡々と言うマストに、マリーはバツの悪さを感じた。
確かに今回はマリーが悪かった。しかしいつもは気を付けているのだ。
普段は肯定をされる事がないにも関わらず、たまにの事を批判され、マリーは悲しい気持ちでいっぱいになった。
「……すみませんでした。今後は気を付けます」
「どう気を付ける言うのだ?」
こういう時のマストは容赦がない。
まるで子どもを躾ける様に畳み掛けて来る。
「……外へ出る時は、きちんと靴を履く様にいたします」
「それから?」
「……ゆっくりと、足元を見ながら気をつけて歩きます」
「それから?」
「……」
マリーが答える事が出来ずにいると、マストは一つ大きな溜め息をついてから言った。
「あとは、一人で出歩かずに侍女と行動を共にする様に。一人でいる時に何かあったらどうするのだ」
マリーは返事をせずにマストを"ジッ"と恨めしい目で見た。
マストは側を通りかかった侍女にマリーを部屋まで連れて行く様に言い、その場を去って行った。
マリーの身体とお腹の子どもの事を心配しての発言だと言うことはわかっている。
(何よ! 優しい言葉は言えない癖に!!!)
しかしマリーは、普段は優しい言葉の一つもないにも関わらず、このような時だけ上から物を言われる事を素直に受け入れる事が出来なかった。
こうしてマストは、マリーの妊娠中にマリーの心に寄り添ってくれることは一度もなかった。
マリーが何か言っても「そうか」と、返事をするだけだった。
何が欲しいと希望を伝えれば、マストは叶えてくれる。
しかし、物理的に解決の出来ない事(=気持ち)に関してはマストは無関心で、マリーは孤独を感じていた。
(あなたの子を一生懸命お腹の中で育てているのよ? もう少し労ったり、優しい言葉を掛けてくれても良いのではないの!?)
マリーはいつも不満に思い、一人で悶々としながら妊婦生活を送ったのだった。
そして本日、元気な赤ん坊を目の当たりにして、マリーは本当に嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、目から涙がとめどなく溢れ出た。
そんな時、マストが訪室して来た。
赤ん坊とマリーを見て、
「ご苦労だった」
そう一言だけ言うと、すぐに部屋を出て行った。
マリーはマストの後ろ姿を、ただ呆然と見送ったのだった……
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