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44:人の優しさが染みる

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「本当にありがとうございました!」

バードは約束通り、プルドー領の端っこまで送り届けてくれた。
それもマリーに訊ねて、マリーの知り合いのいる土地に少し遠回りをしてくれた。
しかも水や食べ物を恵んでくれたりと、予想以上にバードは親切だった。

(人の親切は染みるわね……)

今の弱っているマリーには、人の親切はとても染みるのだった。
"邪魔だ"と邪険に扱われて嬉しい人はいないだろう。
マリーだって、自分の存在がマスタング  伯爵家の邪魔をしているのではないかと、弱気になることもある。
今更マリーなんて必要とされていないのではないかと、不安にもなる。

前のマリーなら諦めたかもしれない。

ローレルに言われた通り、マスタング  伯爵家に近づかずにひっそりと暮らす人生を選んだかもしれない。

"マストとローラ、子ども達、新しく生まれて来る子どもとで幸せに暮らす邪魔をしないように"

そうもっともらしいことを言って、逃げ出したかもしれない。

しかしそれは、ローレルの思い描く未来であって、マストやマリーの思い描く未来ではない。

(もう私は、お母様の愚痴をただ聞いているだけのような、受け身な人生はやめるのよ!)

幸いマリーの知り合いは在宅で、プルドー男爵邸まで送って貰えた。

「ありがとう、助かったわ!」

「水臭いですよ、マリー様! 私が今の夫と結婚出来たのは、マリー様の口添えのおかげなのですから! これくらいお安いご用です!」

去って行く馬車を笑顔で見送りながら、マリーは思う。

(今日はついているわね。このまま順調に行くと良いのだけれど……)

マリーは久しぶりの自分の生家であるプルドー男爵邸を見上げた。
見た目は、マリーが住んでいた頃と全く変わっていない。

しかし、もう父はいない。

(お父様のいないこの屋敷へ立ち入るのは、お父様が亡くなった時以来ね……)

マリーはずっと嫌いだった家を見上げる。
マリーにとって実家は、心の休まる場所や逃場では決してない。

(お兄様がいるといいのだけれど……。タングール伯爵邸まで行く馬車賃を借りないと……)

"ふうっ"と一つ大きくため息をついて、マリーは屋敷へ足を踏み入れた。

「お嬢様!!!」

マリーを見つけた執事長が駆け寄って来る。

「まあ! 久しぶり!!!」

父ブラックの大失態により無一文となった際、使用人達は全員解雇していた。
しかしブルースが継いだ後、何人か引き戻したと聞いてはいた。

「あまりゆっくりしている時間はないの。お兄様はいるかしら?」

「ええ、執務室にいらっしゃいますよ。すぐに呼んで参りますね。応接間でお待ち下さいませ」

執事長はマリーの現在の薄汚れた慎ましい身なりを見て眉を顰めたが、何も言わずにブルースを呼びに行った。




「マリー!!!」

バンっと勢いよくドアを開け、ブルースが入って来る。

「お兄様……」

家は嫌いだったが兄のことは好きだったマリーは、ブルースを見てホッとする。
いつも優しくマリーの見方をしてくれるブルースは、貧乏だった時も母ローズの愚痴の捌け口となっていた時も、家の中でマリーの逃げ場だった。

「何故立っているのだい!?」

「椅子が汚れてしまうので申し訳なくて……。実はもう、4日も着替えていないの……」

恥ずかしそうに上目遣いで言うマリーとは対照的に、ブルースは一気に逆上する。

「一体どういうことだ!? タングール邸でその様な酷い扱いを受けているのか!?」

「お兄様! 違うのです!!! 私が悪いのです!」

慌てて否定するマリーを、ブルースはジッと見つめる。

「……父上のことで離縁させられ、その屋敷で使用人として働くなんて……肩身が狭いはずだ……。辛いだろう?」

目に涙を浮かべるブルースを見て、マリーは暖かい気持ちになる。

「……このように心配して下さるお兄様がいて、私は幸せですね」

マリーは心からそう思った。

それからマリーは簡単に経緯を説明し、お金を貸して欲しいことを頼んだ。
すると、馬車でタングール邸まで送ってくれることとなった。

馬車を待っている間、ブルースの近況を聞いていた。
マストのお陰でなんとか立て直せ、もうすぐ利益を出すことも出来そうとのことだった。

「必ずタングール伯爵に金を返してみせるからな! お前が堂々とあの屋敷で子ども達の親としていられるように、必ず!!! 俺はこのプルドー男爵家を妹の足枷になったままにはしないからな!!!」

「ふふっ。お兄様、頼もしいです」

マリーは久しぶりに短い穏やかな時間を過ごし、力をもらったようだった。

「馬車の準備が出来ました」

執事長の言葉が、楽しい時間の終わりを告げる。

「見送れずにすまない。あ、金も渡しておくよ。何かあったら、またここまで戻って来るのだぞ」

「ありがとうございます、お兄様」

(戻って来る必要がないと良いのだけれど……)

心の中ではそう思いながらも、保険をかけてくれる妹想いの兄の優しさをありがたく受け取った。

来客があり、ブルースとはここで別れた。


馬車へ乗ろうとしたその時、マリーは呼び止められた。

「マリー!」

振り返った先にいたのは、出来れば会いたくない人物だった。

「お母様……」


 
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