浮気な証拠を掴み取れ

望月 或

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6.最大のピンチを迎えました

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 生徒会長と副会長が向かった先は、駅前にある映画館だった。


「買い物の次は、映画館……か。んー、まさにデートの定番中の定番だなぁ。ま、初めてのデートはこんなもんか」
「そう言えば、ハルはいつも彼女とはどんなデートしてるの?」
「ん? そうだなぁ。その日の俺や相手の気分によって行く場所が変わるぜ。――そうそう、この前さ、斬新なデートプランを立ててみたんだよ」
「へぇ……? それはどんな?」
「待ち合わせてすぐにホテルに直行! そこで一日楽しく過ごして二人の仲も強まり俺も相手も気持ち良くなり一石三鳥――って感じか? ……まぁ、結果は一日はムリだったわ。その彼女とはその日で別れたな。可愛かったんだけどなぁ。やっぱ相性も大事だってことが学べたわ」
「……この最低最悪猛烈どスケベハルが。スパッと切り落として病院に直行させてあげようか?」
「うわっ! 想像するだけで身の毛がよだつから止めてくれ!!」

 不愉快極まりないことを言ってのけた春友に容赦なく切り返し、戦慄している奴を無視して腕時計を見る。
 この時間から上映する映画は、三時間もある大長編だ。しかも絡みシーンがあると話題になっているらしい、十五歳未満は観覧禁止の大人の恋愛ものだ。
 ……うん、全く興味湧かないけどね。


 …………んん? ちょっ、待って! もう少ししたら戦国ものも上映するんだ! しかもこれ気になってたやつ! 観たい……ものすごく観たいぃっ!!


 何か強大な力に吸い寄せられるように、フラフラとチケット売り場に行こうとする私の腕を、春友がむんずと掴んだ。

「ちょっと待った。観るのは戦国のヤツじゃなくて、アイツらが入って行った映画のヤツだろ? 目的忘れんなよバカフミが」
「うっ、めちゃくちゃバレてる……。そうだ、つい我を忘れて――って、映画観るの? 生徒会長達が出てくるのを外で待ってればいいんじゃ……」
「三時間も外でぼけーっと待ってられるか。中だったら周りが暗いし、アイツらの近くに座ってもバレやしないさ。人も結構多いし、見失わないようにするにはそれが一番いいだろ。俺もこれ観てみたかったから丁度いいし」
「いや、私は別にこれ観たくないし……。外で待ってるからハルが一人で観てきなよ」
「よっしゃ行くぜ。尾行再開だ」

 私の抗議も聞かずチケットを二人分購入した春友は、再び私の手を掴むと有無を言わさず映画館へと入って行った。


 中は薄暗く、春友の言った通り、生徒会長達の近くに座っても気付く素振りは全くない。
 私はと言えば、非常にソワソワしていた。
 家族とでさえ一緒に恋愛ものを観るのは恥ずかしいのに、まさか男友達の春友と一緒に観る羽目になろうとは! しかも絡みシーン付きなんて!
 三時間も羞恥に身悶えてなきゃいけないなんて、とても耐えられそうにない!!

 それに、すぐ近くに生徒会長達がいる。
 二人は時々、小声で何かを話している。
 二人の仲睦まじい姿を、私はもう見たく――


 ――こうなったら、寝よう。それしかない!


 私は無理矢理ギュッと目を瞑った。
 昨日、緊張していた所為かあまり眠れなかったので、次第に夢の世界へと入っていって――


「……おい、おいフミ! 起きろよこのバカ!」
「うぁ?」


 身体を大きく揺さぶられるのを感じ、私は重たい瞼をゆっくりと開けた。
 視界に入ってきたのは、照明が点いて少し明るくなった館内と、怒ってる感じの春友の顔だった。


「映画終わったぞ。ったく、隣で気持ち良さそうに爆睡しやがって……。この俺の肩を貸してやったんだから有難く思えよ? ――ほら、アイツら出て行ったぞ。さっさと立つっ!」
「ぎょ、御意っ! かたじけないっ!」


 私は慌てて飛び起き、春友に手を引っ張られながら映画館の出口に向かう。
 外に出ると、映画館に入る前は明るかった空が、今は綺麗な夕焼けに染まり、三時間がちゃんと経過していることを教えてくれていた。

(……考えてみたら、制作者さん達が一生懸命作った映画なのに、寝ちゃって悪いことしたな。近い内に今度は一人で観に行ってみるか。恋愛ものも、食わず嫌いなだけで案外面白いかもしれないし……)

 そんなことをぼんやり考えていると、春友に軽く肩を叩かれた。
 無言で指を差された方を見ると、生徒会長達がある方向に歩いている姿が目に飛び込んできた。
 その方向には――


「……アイツら、ホテル街の方へ行ったぞ。フミ、シャッターチャンスだぜ!」
「……あ」


 気付くとまた春友に手を引っ張られ、ホテル街の方へと向かっていた。その辺りになると、人も段々とまばらになってきた。
 二人に見つからないように、私と春友は慎重に歩く。
 生徒会長達は立ち止まると、ホテルを見上げながら何かを話している。……きっと、どこのホテルに入ろうか相談しているのだろう。


「おい、フミ。今のアイツらを撮ったら立派な証拠になるぜ」


 建物の陰に隠れ、春友が私に耳打ちをする。
 確かに今のあの二人の状態なら、完璧な浮気の証拠になるだろう。


 …………。

 ……うん、決めた。


「……ハル。今日は付き合ってくれてホントありがとね。尾行は終わりにする。証拠はもう……いらない」


 首をフルフルとして言った私の言葉に、ハルはまさしく漫画のようなポカン顔を浮かべて見せた。
 滅多に見ない春友のマヌケな表情にちょっと吹き出しそうになったよ。危ない危ない。

「……は? どうしたんだよ突然。証拠を掴んでアイツに土下座させるんじゃなかったのか?」
「うん、そうだったんだけど。……分かったから……」


 自分の心に。
 ……私は、生徒会長が好きなことに。


 尾行して二人の様子を見ている間、ずっと胸が痛かった。
 苦しい切ないと訴えていたそれに無理矢理フタをしていたけど、その隙間から「二人が寄り添う姿を見たくない」って、心の素直な部分がそう叫んでいたんだ。


 ――これは、『嫉妬』だ。
 他人に興味のなかった私が初めて持った、醜い感情。


 いつから好きになっていたんだろう。
 最初は戸惑いから始まったのに。強引なところもあるけど、とても優しくて、いつも私のことを気に掛けてくれて……。
 いつの間に、私の中にこんな感情が芽生えていたんだろう……。


 ――でも、気付くのが遅過ぎた。
 片言なんか気にせずに、もっと生徒会長と素直に話せば良かった。
 あるのは後悔ばかりだ。こんな私だから、生徒会長が他の人のところにいくのは自業自得でもあるんだ。

 ……だから。


「好きな人の幸せの為に何も言わず身を引き、静かに見守っていくのも、愛情表現の一つ、だよね」


 自分の気持ちに決着をつける為に、私はハッキリと口に出して言った。

 ……泣いてたまるか。あの人の幸せの為に、二人を笑顔で見送るんだ。


「……フミ」


 無理矢理笑顔を作る私を、春友は何とも言えない表情で見つめてくる。
 そして急に距離を詰めてきたかと思うと、両手を壁につき、その間に私を閉じこめてきた。

「!?」

 至近距離に、春友の精悍な顔がある。
 薄く笑みを浮かべ、私の瞳を覗き込みながら春友が口を開いた。


「じゃあさ、俺にしない? アイツみたいにお前を悲しませることはしないぜ?」
「断る。」
「断るのはやっ!」


 即座にキッパリと返した私に、春友がテンポ良く突っ込む。
 何でこんな時に漫才やってるんだ私達は。
 しかも春友は大袈裟なくらいガックリと肩を落とすオプション付きだ。
 うむ、芸人になれるぞ春友よ。


「はぁ……。あのさぁフミ。もうちょっと考える素振りを見せてもいいじゃん?」
「ふっ、考えるまでもない。ハルと付き合ったら、毎日違う女の子と浮気して毎回泣かされること間違いナシ。めっちゃくちゃ悲しむわ、この大ウソつきハルめ。女ったらしは撲滅希望。この世から殲滅せよ」
「うっわ、ひっでぇ言い草だなー。俺は可愛い女の子に対してはとことん優しいぜ? あの映画の男みたいに……」


 そう言うと、春友は私の首筋に顔を埋めてきて、唇を這わし――って、おいいぃっ!!
 慌てて春友の顔を両手で突っぱねる。


「ちょ、ちょ、ちょっとハル! な、なな何してるのっ!?」
「何って、見ての通りだけど? お前寝てたから分からないだろうけど、例の絡みシーン、なかなかすごかったぜ? ちょっと欲情しちゃったよ。俺の肩に頭を預けて気持ち良さそうに眠ってるお前を襲いたくなっちまった」
「こ、こ、こらこらこらっ! き、危険っ! それかなり危険な台詞だからっ!!」


 ……けれどこれは、冗談抜きでヤバイかもしれない。
 春友の目の色が、今まで見たことのない『男』の目になっている。生徒会長が私にキスをしている時に見せる目と同じだ。

 くっ! やっぱりあの時、映画を観ずに外で待っていれば良かった……!


 ――っと、後悔はあとだ!
 まずは春友を落ち着かせなくては!
 映画の所為で興奮状態で、目の前にいる私が誰だか分からなくなっているのかもしれない。
 なら――


「ハル? ハル、ちゃんと聞いて。相手が誰か分かっててやってる? 視界ぼやけてるの? のっぺらぼうに映っちゃってるとか? 今すぐ老眼鏡買ってきてあげようか?」
「……その失礼な物言いはフミだってことちゃんと分かってやってるさ。お前さ、以前より格段に可愛くなってんだよ。それに俺達相性バツグンだと思うぜ? 性格も、アッチの方も、さ? ……もうアイツのことなんて忘れなよ。俺がアイツにつけられた痛みを無くしてやるからさ。気持ち良過ぎて何も考えられないようにしてやるよ」

 春友が、私の耳のすぐ近くで低く囁く。耳の穴に春友の熱い息が当たり、私の身体が無意識にゾクリと震えて……。


「……は、ハル? そ、それは……ダメ。お願い、や、止めて――」
「……ははっ。フミ? その抵抗さぁ、逆に煽ってんの分かってんのか? 心配すんな、すぐに気持ち良くさせてやるから」

 首をフルフル振って逃れようとする私の両腕を、頭の上で抑えつけて抵抗を奪った春友は、すっと目を細めて笑う。
 その表情に、春友に対して初めて『恐怖』という感情が湧き出てきた。
『男』の顔の春友が、私の顔に近づいてくる。
 彼の手に力強く抑えられ、私は逃げることが出来ない。

 春友の唇が、私の唇に触れようとしていた――




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