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5.尾行を開始しました
しおりを挟む「お前の彼氏、どれだ?」
「……あそこにいる」
駅前は常に人が賑わっていて、隠れるにはもってこいだ。
人混みに紛れながら、噴水の前で柱に掛かった時計を見上げている私服の生徒会長を指さすと、春友は軽く目を見開いた。
「うわぉ、すっげーいい男じゃん。ま、俺ほどじゃねぇけどさ。お前、よくあんなヤツと付き合えたなぁ」
「うん、それは私も不思議でフシギで摩訶不思議でたまらない」
初めて見る私服姿の生徒会長はとても新鮮で、やっぱりとてもキラキラして格好良くて。
今更ながら、何でそんな人が私と……と首を傾げていると、春友が盛大に吹き出した。
「ぶっ、何だそりゃ。――おっと、浮気相手がきたみたいだぞ」
生徒会長の前に、副会長が微笑みを湛え優美に歩いて来た。
二人とも私服がセンス良く、自分に似合う服が分かっているかのようにビシッと着こなしている。
まさしく誰もが振り返って見惚れるほどの、美男美女カップルだ。
「あぁ? おいおい、浮気相手もすっげー美人だな。美男美女カップルって、まさにあの二人のこと指すんじゃね?」
「おっ、奇遇だねぇ、ハル。私も今それ思ってた」
「おいおい、思ってたってお前なぁ。自分の彼氏じゃんか」
半ば笑い、半ば呆れたように春友が言った。
悔しいけど、その通りなんだから仕方がないじゃないか……。
「……おっ、二人並んで仲良く歩き出したぜ。写真はまだいいのか?」
「二人で歩く姿は浮気証拠には浅いと思う。決定的なものを撮らないと……」
「あぁ、確かにな。――じゃ、尾行開始だ。いいか、あくまで自然体で、だぞ。右手と右足を一緒に出さねぇように気を付けろよ。あーーヤベェ、ワクワクが止まらねぇぜ」
「…………。ハルが気を付けなよ」
生徒会長と副会長は、駅前のショッピング店を見て回っている。時折微笑み合いながら。
……それは本当に、仲の良い恋人同士のようで。
チクチクと胸が痛むのを感じたが、私はそれに無理矢理フタをした。
一通り見終わったのか、二人は近くのファミレスへと入っていった。お昼をとるのだろう。
「……どうする、ハル? 私達も一緒に中に入る?」
「いや待て。大抵のヤツは、店の中に入ってきた人物をチラッとでも見るだろ。お前はそれで変装してきたつもりだろうけど、やっぱり顔が知られているし、その行動は危険だ。外で待とうぜ。俺、そこのコンビニで昼飯買ってくるから、お前はあそこのベンチに座って待ってな。あのベンチからでもファミレスが見えるだろ? 逆に向こうからは見えにくい場所にあるし、丁度いいぜ」
そう言うと、春友は走ってコンビニに入っていった。
大人しくベンチに座っていると、数分も経たない内に春友がコンビニから出て来た。
「ほらよ、俺の奢り。俺が奢るなんて滅多にねぇんだぜ? ちゃんとよーく味わって食べろよ?」
そう言うと、コンビニ袋を私に手渡す。
……あぁ。確かにこいつは、お金を出さずとも女子達から色んな物を貰う立場だったな……。
「ありがとう」と礼を言いつつ、やけに早かったなと思いながら袋を覗き込むと……。
「……あんパンと、牛乳?」
「そ。張り込みにはコレが定番だろ?」
私のすぐ横に座ると、春友は粒あんパンと200ml牛乳を袋から取り出してニッと笑った。
……そうだった。昔からこいつは刑事物が大好きだった。
でもその定番は古風過ぎないか、春友よ。今時代、それが分かる人がいるのか……。
粒あんパンと牛乳を受け取り、いただきますをしてあんパンの袋を開け、はむりと口につけると、春友がこちらをジッと見ていることに気が付いた。
……至近距離で見つめられると食べにくいんだけど……。
「……何? ハル。やっぱりあんパン返せって? 食べかけで良ければ返すけど」
「アホ、誰がんな意地汚ぇこと言うかよ。……あー……っとな、アイツと付き合ったキッカケが気になってさ」
「あぁ、えっと……。向こうから告白してきた」
「へ? そうなのか? あんな容姿じゃかなりモテるだろうから、てっきりお前からだと思ったぜ」
……何を言ってるんだこいつは。
「……あのさ、ハル。私に、女子に絶大な人気を誇る誉れ高い生徒会長に告白する勇気があると思う? しかも年上の」
「……あぁ、確かにお前にはねぇな。しかしお前のどこが気に入ったんだろうな?」
「それは私も非常に気になるところ。参考の為に訊くけど、ハルは女の子に告白したことある?」
「いや? 今まで一度もねぇな。向こうから寄ってくるし、選び放題だし」
「……はぁ……。ハルに訊いた私がバカだった」
こいつは一度、とことん痛い目に遭った方がいい。絶対にいい。
「ま、俺から告るとなれば、すっげー可愛くて、俺との相性がバツグンの女の子だな」
「ふぅん? 相性ってお互いの性格のこと? 確かに長続きするにはそれも大事かな……」
「いやそっちじゃねぇぞ。身体の相――」
とんでもないことを言いかけた春友の口に、私のあんパンを思いっ切り押し込む。
春友が目を白黒させている間、チラチラと生徒会長と副会長の様子を伺う。
ここからは遠くて生徒会長達の表情が見えない。一体二人はどんな会話をしているんだろうな……。
心の奥からまた暗い気持ちが這い上がってくるのを感じ、私は慌てて牛乳と一緒にソレも思い切り呑み込んだ。
「……はぁ、っぶね。窒息死するとこだった……。牛乳がなければヤバかったぜ……。――おいフミ、俺を殺す気かよ」
「ハルは一度死んで清らかな心を持って生まれ変わった方が世のため女子のためになる」
「ぶっ、またお前はおかしなこと言いやがって。――おっ、動きがあったな」
春友がファミレスの方に目を向け、私もそれに習う。二人は食事を終えたらしく、ファミレスから出て来た。
「よし、出てきたぞ。尾行再開だ、フミ。俺からはぐれるなよ。静かに忍び足で歩けよ。不審な行動を取るなよ。任務遂行だ!」
「……はいはい」
春友はすっかり刑事になった気分らしい。
食べ終わった後のゴミをコンビニのゴミ箱にポイと捨て、私の手を掴むと二人から絶妙に距離を取って意気揚々と歩き出す。
どっちが主犯格か分からないな、と春友に引き摺られながら私は思った。
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