浮気な証拠を掴み取れ

望月 或

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4.運悪く出くわしました

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 浮気現場を目撃してから、私は生徒会長と遭遇しないように最大限に神経を張り詰めた。
 少しでも彼の気配があれば急いでその場から離れ(女子達がざわめき立つから分かりやすくて助かった)、朝は一限の予鈴が鳴るギリッギリに登校し、放課後は終礼が終わると同時にダッシュして誰よりも早く帰宅だ。

 あんな光景を見ちゃったら、生徒会長と平然な顔で会うなんて絶対出来ないしね……。

 もちろん、こんなにあからさまに避けていれば生徒会長から「何かあったのか」という内容のメールが届くのは承知の上だ。
 ちなみに彼から電話は滅多に掛けてこない。私が電話が苦手なこと分かっているみたいだし。
 でも、こんな状況になって一度だけ掛かってきたけど、出なかった。その後に「どうしたのか」とメールがきたのだ。
 そのメールには家の用事があるとか当たり障りのない返信をして誤魔化しておいた。


 お蔭であれから一度も生徒会長の姿を見ることなく、ついに決戦の土曜日がやってきた。


 鏡の前に仁王立ちし、気合いを入れる為に自分の掌に自分の拳をパンッとぶつける。
 気分は、たった独りでライバル達との闘いに向かって行く、少年漫画の主人公だ。
 学校では髪をおろして眼鏡を掛けているが、今回はバレないように変装しようということで、滅多にしないポニーテールとコンタクトにした。
 でも、髪型と眼鏡外しただけでは変装と言えないよね。

 ――よし、応援を頼むか。
 私は台所にいる母のもとに駆けて行った。


「母上。少し化粧をしたいのだが、化粧道具を貸して貰えたら有り難い。ついでに、やり方が分からぬので手解きをしてくれたら非常に助かるのだが」


 キッチンの前に立ちキャベツの葉を剥いていた母は、手を止めると私の方を向いた。
 キャベツの隣には豚挽き肉……今日の夜はきっとロールキャベツだな。――うむ、良きかな良きかな。

「あら、お出掛けするの? あなたがお化粧なんて珍しいわ。髪型まで変えちゃって」
「いやなに、ちょっと変装をしたくて」
「変装? あらあら、面白いことするのねぇ。いいわよ~」


 ……いいのか。
 『変装』の部分に突っ込まないのか母よ。
 けど、詮索されない方が助かる。母も私に似て淡白のようだ。
 ……逆か。私の性格は母に似たんだな。

 そんなことを思い耽ながら化粧台に座り、お人形のように母のされるがままになっている私。
 だって本当に化粧なんてしたことがないんだ……。


「かたじけぬ、母上」
「なぁに? 今度は戦国ものにハマってるの? 織田信長? 伊達政宗かしら? あなた、何かにハマるとその登場人物の口調を真似するから分かりやすいわ。家ではいいけど、外ではそんな口調で喋らないでね。タイムスリップしてきた子かと思われるわよ」
「うむ、心配御無用」

 だって、外じゃ全く喋らないしね。それにタイムスリップしてきた子なんて誰も絶対に思わないぞ、母よ。

 普通は「そんな言葉遣い止めなさい! 女の子でしょ!」と叱るのが母親だと思うのだが、うちの母は物分かりが良くてその点も助かっている。
 まぁ、ただ単に面白がっているだけかもしれないが。

「……よし、出来たわ。大人っぽくさせておいたわよ。でもね、文香。せっかく若くてお肌ツルピチなのに、高校生がお化粧するの、お母さんあまり勧めないからね。目元をお化粧するだけならいいけど。お肌の場合は、年を取って、シミやシワが出来てからでいいのよ」

 つ、ツルピチって……。何かちょっと恥ずかしい響きだ。

「かたじけない母上。化粧のことは心配御無用。今回きりでもうしないから」
「えぇ。あなたはそのままでもツルピチで十分綺麗よ?」
「お、おぉ……。あ、ありがとう母上」

 母の手解きを一から見てたけど、結構面倒そうだ。朝の忙しい時に、そんなことに時間を掛けたくない。


「ねえちゃ~」


 その時、弟の虎次郎がとてとてと笑顔で私のもとに走ってきた。
 まだ四歳なので、言動がいちいち可愛くて仕方がない。

「ねえちゃ、お出かけするの? ぼくもいっしょに行く~!」
「トラよ、私はこれから重大で危険な任務を遂行しに行くのだ。よって、大事な君を連れて行けないのだよ」
「にんむ? すいこー?」
「トラよ、この家のことは頼んだぞ。私の代わりに、母をしっかり守ってやってくれ」

 真面目な顔でそう言い、虎次郎の両肩を軽く叩く。
 今の気分は、家族を残して戦争に旅立つ軍人だ。


「……分かった。ぼく、ここにのこって命かけてお母さんを守るっ!」


 同じく真面目な顔を作り、額に手を当てビシッと敬礼をする虎次郎。
 この弟はノリが良くて助かるし可愛過ぎる。
 母は、そんな私達を見て笑っている。


 母には、生徒会長と付き合っていることは伝えていない。
 最初の頃はまだ半信半疑だったので、言わないままでいておいたら、言うタイミングを逃してしまった。
 最近まで帰りが遅かったのは、友達と遊んでいるからと思っているだろう。
 でも、言わなくて正解だった。


「今から彼氏の浮気証拠を掴んでくる」


 なんて言ったら、泣いて心配かけさせてしま――いや、この人だったら笑うか。

 ともかく、そんな二人に見送られながら、デジカメを持ち私は家を出た。
 時間は十一時で駅前だったはず。まだ十分余裕がある――


「おっ、そこにいるのはフミじゃねぇか? 久し振りだなぁ」


 腕時計で時間を確認しながら歩いていたら、前からそんな言葉が飛んできた。
 顔を上げると、同い年の幼なじみで、唯一の男友達である高崎春友たかさきはるともが、手をひらりと振り、笑ってそこに立っていた。
 春友は私の家のご近所なのだ。別々の高校になってから会うこともなかったが、まさかこんな時に出くわすとは……。

「おっ、何だぁ? 珍しくオシャレなんかして……いっちょ前に化粧もしちゃって。……んん? もしかしてデートかぁ? そうか~、お前にもついに遅~い春が来たんだな~」

 ニヤニヤしながら春友が訊いてくる。私の性格を知った上でそう言ってくるのだ。
 ムッとして私は言い返した。

「うるさい。私だってオシャレの一つくらいするわ。ハルは相変わらず女の子をとっかえひっかえ? 女の子を泣かせるのはいい加減止めなよね。いつか天罰が下るから」


 ――そう、春友はいわゆる格好良い部類に属していて、非常にモテるのだ。
 長身で、金に近い茶色の短髪がよく似合い、勉強はダメだがスポーツ万能、明るくておちゃらけた性格もあって、昔から女の子にモテまくっていた。春友もその自覚はあって、気分によって女の子を替えて遊んだりしていたのだ。思いっきり不純異性交遊だ。

 私はと言えば、女たらしは昔から大の大っ嫌いなので、いくら格好良くったって、春友を異性として意識したことは、今までに全くこれっぽっちもない。
 なのでこいつとは、中学の友人のように普通に話せる。


「んだよ、泣かせるなんて失礼な。向こうが遊んで欲しいって寄ってくるから付き合ってるだけだろ? それが何人もいるって話だけさ。俺ってば可愛い女の子にはとことん優しいからさぁ」
「はいはい、常時春満開で喜ばしいことで。夜道には気を付けなよ。――じゃあ私、用事があるのでここで失礼つかまつる」


 ……しまった、つい家での言葉が出てしまった。
 まぁ春友だからいいや。早く駅前に向か――


「ははっ。何だお前、今は時代モノにハマッてるのか? ハマッたヤツの口真似するの、昔から変わってねぇなぁ。用事って何だ? 時代劇を観に行くのか? それとも公園で刀を振り回しに行くのか? 銃刀法違反でマッポに捕まらねぇように気を付けろよなぁ!」

 ケラケラ笑う春友に明らかに馬鹿にされ、ムカッとしてまたしても私は言い返してしまった。


「違うわっ! 浮気証拠を撮りに行くの!」
「……ウワキショウコ?」


 ……しまった……!
 慌てて口を両手で塞いだが、もう後の祭りだ。
 案の定、春友の口が、イヤらしいくらいにニイ……と大きく持ち上がる。


「お前が男と付き合っていたのもすっげぇ驚きだけど、それ以上に面白いコトしに行くんだな。俺もついてく。丁度ヒマしてたしさ」


 ……ちっ、やっぱりそうきたか!
 春友は面白いことに目がないのだ。そういう話題が少しでも耳に入れば、どこへだって駆けつける奴だ。

「イヤだ。断る。ダメ。目立っちゃいけないのに、二人いたら余計目立つ」
「ふふん、その逆さ。一人でコソコソしてるより、二人で堂々としていた方が案外目立たないものなんだぜ?」


 む……。言われてみれば、確かにそんな気もするような……。


「ははっ! よっしゃ、決まりな。場所はどこだ? 早く行こうぜ!」

 顎に手を当て、うーむと考えている間に勝手に決定してしまったようだ。
 押しの弱い私はそれ以上言い返すことが出来ず、ウキウキとしている春友に手を引っ張られながら駅前へと向かって行った。




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