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9.意外な事実と不穏な空気

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「あぁ……アス、良かった……泣き止んでくれた……。――ん、どした? ピョコピョコ身体動かして……。その動き、すっげー可愛いんだけど」

 シンがホッとしたように息をつき、自分の掌の上で可愛い動きをしている灰色の毛むくじゃらに自然と笑みが零れ、ツンツンと優しく突く。


(ちょ、ちょっと! ヘンなとこ突っつかないで!!)


「あれ? 急に縮こまっちゃって……もしかしてくすぐったかった? ――ヤッべ、めちゃくちゃかわいー。アスが聖獣姿のオレを構ってる時、こんな気持ちだったのかな? もう愛しくて堪んねぇ」

 シンが緩んだ顔で、毛むくじゃらのアスタディアを人差し指でコショコショする。
 彼女はくすぐったさに身悶えながらも、彼の言った言葉に嬉しさを感じていた。


(やったわ、シンもモフモフ好きになってくれた! この姿になって失敗したって思ったけど、モフモフ好きが増やせたなら失敗じゃなかったわ――って、元に戻る方法は!? 一生このままだったら流石に困るんだけど!! どうしたらいいの!?)


「……ぷはっ! またその動き……っ。アスはオレを悶え死にさせるつもりかな? ――あぁそっか、元の姿に戻れるか心配してるのか。大丈夫だよ、アス。だって相場が決まってるだろ? 元の姿に戻れる方法は、“王子様のキス”だって」


 シンはそう言って笑うと、アスタディアの小さな口に自分の唇を当てた。
 すると、ボンッと灰色の煙が彼女の身体から大量に吹き出す。
 次第にその煙が消えていくと、そこには人間に戻った彼女の姿があった。シンの時とは違い、ちゃんと服を着ている。

「…………っ!?」

 アスタディアが元に戻っても、シンは唇を重ねたままだった。彼女の身体を強く抱きしめ、顔の角度を変えると更にキスを深くする。

「んん……っ」

 喰いつくさんと貪るような口付けに、アスタディアの意識が一瞬遠くなった。
 自分を離す気配が全く感じられなかったので、アスタディアはシンの胸を強く叩いて顔を無理矢理逸らす。

「……はぁっ……。――お、王子様のキスはこんなにしつこくないわ!」
「っと、ごめん。アスが可愛過ぎてガマン出来なかったんだ」

 素直に謝るシンに、アスタディアはぐっと言葉を呑み込む。


「アス――」
「また謝るつもりでしょう。さっきのこと、もういいから。私がもう少し冷静になっていれば、シンに意図があってあんなことをしてたってすぐに気付けたのに……。私の方こそシンの計画を邪魔してしまってごめんなさい。お姉様の何かを調べたかったんでしょう?」


 シンはアスタディアの言葉にまた泣きそうな顔になったが、彼女の身体を自分の腕の中に閉じ込め、ベッドの端に座ると、その髪を優しく手で梳いた。

「……いや、他にいい方法があった筈だ。本当にごめん、アス……。あの女をアスだと無理矢理思い込んで相手してたけど、鳥肌が立ちまくって寒気が止まらなくて身体中震えて背中の脂汗も止まらなかった」
「そ、そこまで……」
「でもお蔭で分かったよ。あの女がしていたイヤリングに付いてるヤツが、アスの残りの力を封印している宝石だ。あの女がアスに会いに行ってる間に部屋を調べたけどそれらしき物がなかったから、常に身に付けてる装飾品だと思ったんだ」
「…………! あのイヤリングが――」
「耳を切り取ろうかと考えたけど、アスのベッドをあの女の血で汚したくなかったからガマンして、時間を稼ぎながら他の方法を考えてた」


(み、耳を切り取るって……。シンが考え直してくれて本当に良かった……。って、時間稼ぎ……? 何かして――あぁ!)


「だからお姉様の服を脱がそうとしてたのね?」
「そう――あっ! 言っとくけど、オレはあの女の裸を見ても全っ然何も感じないからな!? 今はもうアス以外の女には全く何も感じないし! 興奮して勃つのはアスの身体だけだ!! 四六時中見たくて触りたくて堪らないし、聖獣姿でアスの胸の中にいる時だって――」
「そ、そんなに強く強調しなくていいから! もう分かったから!!」

 尚も言葉を続けようとしたシンの口を、アスタディアは自分の手で慌てて塞ぐ。

「――あ、シンに訊きたかったんだけど、“月の力”に相手が思い描いたものに変身させる能力ってある? 私、お姉様にそれを掛けられてあんな姿になってたんだけど……」
「あの姿、アスが思い浮かべたのか? ――ははっ、そっかそっかぁ」

 すると、何故かシンは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「……? どうしたの?」
「あの姿、オレの聖獣姿にソックリだからさ。とっさに思い浮かぶほどオレのことが大好きなんだなぁって、すっごく嬉しくなった」
「えっ」


(ちっ、違う違う!! モフモフの毛むくじゃらが好きなだけで、シンに限ったわけじゃないの……!)


 けれど、本当に嬉しそうに表情を崩しているシンを見て、アスタディアはそれを言うのを止めた。


(……まぁ、聖獣姿のシンが大好きなのは本当のことだし……)


「あ、質問に答えなきゃな。答えは『ノー』だ。“月の力”にそんな能力はない。“月の力”はあらゆるものの浄化と、邪石の清めだ。――アス、あの女は魔族だ。あの女の近くにいた時からその気配は感じていたが、『変身魔法』は闇の魔法だからな。闇の魔法は魔族にしか使えない。それで確信した」
「……え……?」


 魔法は、アスタディア達の住むこの大公国では使える者はおらず、だからこそ《太陽の巫女》と《月の巫女》の能力が重宝されているのだが、遥か遠くの大陸では、風や水等の系統魔法を使える者達がいるらしい。
 ただ、闇の魔法だけは人間は使えず、魔族や、魔族の血を引く者だけが使用出来るという。


「案の定、最後にやった聖獣の“威嚇”もあの女に効いた。アレは魔族や魔物にしか効かない。今頃、自分の部屋でガタガタ震えて毛布に包まってるだろ。ちなみに『変身魔法』はアスから分けて貰った“月の力”で浄化させて解いたよ。アス自身が力を持ってなきゃ解けなかったから、他のヤツは解けないよ」
「ちょ、ちょっと待って!? お姉様が魔族っ!? じゃあ両親や私も……っ!?」


 魔族は、人間と敵対していると言われている種族だ。
 魔族は通常は魔界にいる。人間界とは空気が合わず、毒のようなものでここでは生息できないはずなのだが――


「いや、アスはちゃんと人間だよ。何で魔族がアスの姉さんに化けてるのか分からないけど……いや――」


 シンが急に黙り込んでしまったので、アスはそろそろと彼の顔を見上げる。


「シン……?」
「くそっ、オレの知識だけじゃ真相に辿り着けねぇ……。こんなことなら聖獣教育サボってねぇでもっとしっかり勉強しときゃ良かった。悔しいがヤツに助力を頼むしかないか……」


 シンはボソリと呟き舌打ちすると、気持ちを落ち着かせる為か、腕の中のアスタディアをギュッと抱きしめた。



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