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第二章 幼な妻のデビュタント
07
しおりを挟む「―――これは、見事だな」
初夏の青い空の下、自宅の庭園をリリアに案内してもらいながら、マティアスは感嘆の声を上げた。
薔薇、芍薬、躑躅、トルコ桔梗、ラベンダー……花々が蕾を綻ばせ、白い噴水を中心に緑の通路を色彩良く彩っている。
見覚えのある花が多いが、中にはマティアスの見たことのない薔薇、見たことのない芍薬が混じっている。
「でしょう!
ケルビーはすごいんですよ!」
誇らしげに言って、リリアはマティアスの手を引く。
「この辺りの緑は、暑くなってきたら紫陽花が咲くのだそうです。わたくし、紫陽花は初めてなので楽しみで」
「………ねぇ、マティアスがつっこまないから俺が聞くけど、なんでリリアちゃんモンペ姿なの?
いや、可愛いけど、今日はデビュタントのドレス姿見られると思ってたのに」
少し後ろをついてくるアーネストが残念そうにリリアを眺める。
「今日はケルビーが来年の薔薇の苗植えをやらせてくれるっていうので、メイドに借りました」
「ケルビー?」
「庭師の親方です。
腕のいい人を何人も取りまとめて、この庭園を作っているんですよ。
あ、彼です」
リリアの示す方向には大きなガラスハウスがあり、入口で三十代半ばと思われる汚れた男が畏まって立っていた。
「マティアス様、アーネスト、庭師のケルビーです。ケルビー、こちらがわたくしたちの旦那様のマティアス様と、侍従のアーネストです」
「は、はじめまして、ケルビーでございます」
恐縮しているのか、ケルビーは全く顔を上げないままぺこぺこと何度も頭を下げる。
「ケルビー、マティアス様はとてもお優しい方だから、怖がらなくて大丈夫ですよ。
さ、苗植えを始めましょう」
「あの、リリア様、その前に、見てほしいものが」
ケルビーに先導され、三人はガラスハウス横の小屋に向かう。
表はそれなりに綺麗だが、薄暗い内部は泥で汚れた床に草の生えたプランターが所狭しと置かれていた。肥料の臭いなのか、嗅いだこともない異臭にマティアスは眉を寄せた。
小屋の奥に進むと、少しずつ明るくなり、取り払われた壁の向こうから土間に日照が照りつけている。
その手前に、大輪の百合が咲き誇っていた。
淡い橙色の花弁はバランス良く八重に広がり、縁から中央にかけて白く抜けるようなグラデーションが肉厚の筈の花弁を半透明に錯覚させる。
少しずつ色味の異なる株が何株も並び、小屋の一角を埋め尽くしている。百合だということは分かるが、マティアスはこんな百合を見たことがなかった。
「すごい……!
ねぇ、アーネスト、アーネストが見てもすごいですよね?
綺麗……」
自分の審美眼に自信がないのか第三者に同意を求めるリリアにアーネストはくすりと笑って、その百合を一輪手折り、リリアの髪に挿した。
「もちろん綺麗だよ。
リリアちゃんの次くらいに」
「なんと。アーネスト、あなた、わたくしのお株を」
「え?なにその反応」
目を丸くするリリアに笑って、マティアスはケルビーに問いかける。
「これは、お前が作ったのか?」
「作っ……いえ、作っただなんて、いくつか掛け合わせただけで。
その、去年咲いたのの中に、リリア様にお似合いのものがあったので、それを増やしてみました。もう三倍くらい育てたんですが、いい感じに咲いたのはこれだけで」
「そうか。屋敷で飾りたいので、少し取りに来させてもいいか?」
「も、もちろんでございます、光栄です!」
「ねえ、ケルビー、この百合はなんという名前なの?」
「名前? 名前は特には……」
「あら、もったいない。こんなに素晴らしいんだから、名前をつけるべきだわ。
『ケルビー百合』とか」
ケルビーが微妙な顔をする。
「すごいセンスのなさに笑う」
「えっ? そ、そうですか?
じゃあアーネストならなんてつけますか?」
「俺がつけていいなら考えとくよ」
「ケルビー、アーネストが名前をつけても構わない?」
「光栄でございます」
ほっとしたような庭師の態度に、リリアは少しむくれて踵を返す。
「じゃあ、薔薇の苗植えに参りましょう。
今日のメインはそちらですから」
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