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第二章 幼な妻のデビュタント
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しおりを挟む「………何を気持ち悪いことを言ってるんだお前は」
「きも、気持ち悪いだと!?」
最早ヴォルフは涙目である。
なんとなく全てを察したリリアは、残念そうに自国の王太子を眺めた。
三人がわいわいと立ち話をする横で、アーネストに勧められてリリアは椅子に掛ける。
その笠木にもたれて、アーネストはリリアに囁いた。
「ごめんねぇ、今日は会場でしか会わないと思ってたから、説明してなかった」
「王太子様、巷の噂とだいぶ違いますね」
「ははっ、ヴォルフ様はリリアちゃんと一緒で、頭が良くて猫被るのが上手いんだよ。いや、ヴォルフ様の被ってるのは狼かな」
「王太子様、もしかしなくても、マティアス様のこと大好きです?」
「あったり。
誰のいうことも聞かないけど、マティアスの言うことはちょっとだけきくんだよね。
割と皆の意見を汲んでくれて、多少ヴォルフ様を制御できるマティアスがヴォルフ様を支持してるから今は平和なの。ヴォルフ様は独裁系だから、もし対立したら半々くらいの勢力図になっちゃうかな」
「半分も」
「面白計画の参考になるかい?」
「………うふふ、いやだアーネストったら、何を仰っているのか分かりませんわ」
ひそひそと会話する二人にマティアスが寄ってきてアーネストを引っぺがす。
「お前は、人の妻と、距離が近い」
「……狭量な旦那って、ほんと嫌だねぇ……」
呑気な空気になった部屋で、クラウディアがコホンと咳払いする。
「それで、わたくしの用件なんだけど」
その言葉に、マティアスははっとなる。
本来、デビュタントの日の王家は来客の挨拶の対応で追われるものだ。特に理由が無ければ、仲が良いというだけで控室に顔を出すようなことはない筈だった。
「マティアスのことが心配で……
今、庭園はマティアスの噂で持ちきりなのよ」
「何?」
「マティアスが、今日デビューするランゲ伯爵令嬢に一目惚れして、豪奢なドレス飾りを贈ったって」
あちゃあ、とアーネストが顔を覆う。
リリアは目を見開いた。
「そのご令嬢は中庭で囲まれて、二人で運命を感じた、素晴らしいものを贈られて、熱い眼差しで見つめ合ったって語ってたわ」
「覚えがない」
「盛ったなぁ。『物を贈られた』だけ合ってれば、あとは言ったもん勝ちだからな」
「それが本当なら、マティアスのことは応援してあげたいけど……よりによって奥様のデビューの日なのに、奥様はどうするのかしら、って……
わたくしが守ってあげられないかしらと思ったのですが、余計な心配でしたね」
リリアの色白の顔から、見る間に血の気が引く。
「…………も、申し訳ございません、
わたくし、の、軽率な行動で……」
握りしめた小さな手が震えている。
青い瞳がじわりと滲む。
かわいそう、という軽い気持ちで行動したせいで、マティアスの評判を落とし、王家に迷惑をかけた。社交界は足の引っ張り合いだと、あんなに頑張って勉強してきたはずなのに。
「……わ、わたくし、皆んなが優しくしてくれるからって、調子に乗って……アリーダが、ちゃんと、教えてくれたのに、淑女らしくしなかったから」
アーネストがリリアの背中を宥めるように叩く。
「リリアちゃん、泣かなくていいよ、止めなかったマティアスが悪いし、たいしたことじゃない。
だし、アリーダ女史は基本を教えてくれるだけで、リリアちゃんらしさをなくせって言ってる訳じゃない。
俺は、今くらいのリリアちゃんが可愛くて好きだよ」
「アーネスト……」
ぽろぽろと溢れる涙を、ドレスに落ちる前にアーネストのハンカチが拾う。そのままハンカチをリリアの手に握らせ、アーネストはマティアスを見た。
「嫁が泣いてるのに棒立ちしてる旦那で、リリアちゃんかわいそう」
「……お前が先に全部言うからだ」
「言い訳かよ」
不機嫌なマティアスにリリアの横を譲って、アーネストはヴォルフとクラウディアに向き直る。
「厚かましくも、お二方にお願いがあるんですが……ヴォルフ様は、おイタをしたので、拒否したらマティアスに嫌われると思ってください」
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