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第二章
第10夜
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しばらくして、シャーサは鉄臭い臭いに気が付く。
泣きすぎたせいで働きの鈍い五感でも感じる、目の前の人間から漂う血の匂い。
慌てて体を離すシャーサに、魔法使いは腕を緩めた。
不思議そうにシャーサを見下ろす魔法使いの髪の隙間からは、血が流れ、それは既に首まで伝っている。
「え…あ…」
さあ、と顔を青くするシャーサに、「…うん…?」と魔法使いは小首を傾げた。
「アルコール…違う、ぬ、布…?え、ど、どうしよう」
慌てて顔を袖で拭おうとするシャーサに、魔法使いは大人しく目を閉じる。
「どうしたんだい?」
顔を拭われながら薄く目を開き、シャーサの頬をのんびりと撫でる。
「血が、」
「血?」
「早く、手当を」
「手当をしたいの?」
「し、…」
「…うーん、応急手当てセットは何処だったっけな…ちょっと探してこよう」
自分の怪我のことを言われているとは分からず、店を見渡す魔法使いのローブを、シャーサはぎゅっと掴んだ。
「し、死んじゃう…」
そんなに重症なのか、と驚きながら、魔法使いはシャーサの顔を覗き込む。
「誰がだい?」
「あなたが」
「ボク?」
ぱちぱちと瞬きをして、魔法使いは「…ああ」と、やっと自分の怪我の心配をされているのだということに思い至った。
「大丈夫、慌てないで」
「だって!」
「死なないさ。だって、死ねないもの」
「…?」
「何度も確かめたからね」
急患かと思って焦ってしまった、と魔法使いは微笑んでシャーサの頭を撫でる。
その穏やかな表情が信じられないほど、魔法使いの見た目は傷ついて見えて、シャーサは顔を歪めた。
額だけではない。よく見れば全身、ローブの上からでも分かるほど血が滲み、焦げたような跡さえ見える。
「とりあえず椅子…ベッド…」
立ったままでは辛いのではないかと、魔法使いを支えるようにシャーサは手を回す。
「そうだね、椅子はあっちだよ。ここは、日差しが入るから」
店の隅を指され、そこまで支える。
しかし、一つしかない椅子の隣で、ニコニコと笑って「どうぞ」とシャーサを座らせようとする魔法使いに、シャーサは思わず怒鳴った。
「座って!」
「え、あ、は、はい…」
机に手をつきながら「よいしょ」と座る魔法使いに、シャーサは傷薬や布、水の場所を聞きだす。
「ああ、傷薬…」と立ち上がって取りに行こうとする魔法使いに頭を痛めながら、シャーサは肩を押して座らせる。
「どこですか」
「いや、薬棚は、少し危ないから」
「どこですか…!」
いつになく殺気だった雰囲気に、魔法使いはそれ以上逆らえなかった。
「…右壁、左から三つめの棚の…上から二段目、四角の瓶」
大人しく説明して、棚の鍵を渡す。
受け取って棚の方へ向かうシャーサの背中を、ハラハラと魔法使いは見守る。
魔法使いの棚の中身は特殊なものが多い。中身がまだ「生きている」ものもあるし、勝手に惹かれてしまうものだってある。
やっぱり自分で取りに行こうかと腰を上げかけるが、魔法使いの心配は杞憂に終わった。
シャーサの頭の中は魔法使いへの心配が占めており、美しい鉱石も、ひとりでに震える小瓶も、手のひらほど大きさのある目玉にも、興味は湧かなかったのだ。
上から二段目、四角の瓶、と呟いてそれらしいものを手に入れると、扉を閉じて元のように鍵をかける。
無事に帰ってくるシャーサを見て、魔法使いはホッとしながら「ありがとう」と鍵を受け取る。
そして、改めて治療を始めるシャーサは、魔法使いのローブを剥いで顔をしかめた。
どうしたら、こんな傷ができるのだろう。
水と布で汚れや血を拭き取り、傷薬を塗ったり薄布で傷を覆う間、シャーサは無言だった。
ある程度終わったところで、魔法使いは「ありがとう」といそいそと服を着る。
「助かったよ」
「…いいえ」
「驚かせてしまったよね、ごめん」
「あなたが謝る必要は」
「でも、そんなに苦しそうに、泣かせてしまった」
拭われる頬に、シャーサは無意識にまた泣いていたらしいことに気が付いて、肩を揺らす。
「ごめんね」
「き、気にされなくて、大丈夫、です」
慌てて顔を背けて自分の頬を拭うシャーサを見ながら、魔法使いは眉を下げる。
「気にするさ。君のこと、好きだもの」
「そ、…」
急な告白にシャーサは口の奥を噛んで、唸るように「どうしてこんな事になったんですか」と話題を逸らせる。
魔法使いは、しょげたように首を垂らした。
「ちょっと追われてしまってね。その時に、上手く避けられなくて。物量は反則だな…」
「それはその、生きてて、良かったです…?」
「うん、運が良かった。だからこそ、こうして君とお話ができたというものだ」
一転して嬉しそうに微笑む表情に、あまり深追いもできず、シャーサは「そうですか」と眉を寄せた。
「そうだ、珍しいお客様だもの。折角だから、お茶を用意しよう」
「お茶なら入れるので大人しくしてください!」
反動をつけて立ち上がろうとする魔法使いに、シャーサはまた怒鳴ることになった。
手当をしたからといって傷が治っているわけではないのだ。
現に魔法使いは熱が出ているようで、頬も火照り、いつもより動きは緩慢である。
シャーサの剣幕に「ヒェ…ありがとう…」と椅子に座りなおす魔法使いの前で、シャーサはしゃがみこむ。
「もう…お願いですから…」
いつもより熱く、所々青い色をした魔法使いの手を、シャーサは包むように握る。
「体を、大事にしてください」
「…ありがとう」
魔法使いの人生の中で、ほとんどかけられたことの無い言葉に、胸のあたりが熱くなる。
嬉しいのに、泣きそうな、その知らない感情に、魔法使いはへにゃりと笑った。
泣きすぎたせいで働きの鈍い五感でも感じる、目の前の人間から漂う血の匂い。
慌てて体を離すシャーサに、魔法使いは腕を緩めた。
不思議そうにシャーサを見下ろす魔法使いの髪の隙間からは、血が流れ、それは既に首まで伝っている。
「え…あ…」
さあ、と顔を青くするシャーサに、「…うん…?」と魔法使いは小首を傾げた。
「アルコール…違う、ぬ、布…?え、ど、どうしよう」
慌てて顔を袖で拭おうとするシャーサに、魔法使いは大人しく目を閉じる。
「どうしたんだい?」
顔を拭われながら薄く目を開き、シャーサの頬をのんびりと撫でる。
「血が、」
「血?」
「早く、手当を」
「手当をしたいの?」
「し、…」
「…うーん、応急手当てセットは何処だったっけな…ちょっと探してこよう」
自分の怪我のことを言われているとは分からず、店を見渡す魔法使いのローブを、シャーサはぎゅっと掴んだ。
「し、死んじゃう…」
そんなに重症なのか、と驚きながら、魔法使いはシャーサの顔を覗き込む。
「誰がだい?」
「あなたが」
「ボク?」
ぱちぱちと瞬きをして、魔法使いは「…ああ」と、やっと自分の怪我の心配をされているのだということに思い至った。
「大丈夫、慌てないで」
「だって!」
「死なないさ。だって、死ねないもの」
「…?」
「何度も確かめたからね」
急患かと思って焦ってしまった、と魔法使いは微笑んでシャーサの頭を撫でる。
その穏やかな表情が信じられないほど、魔法使いの見た目は傷ついて見えて、シャーサは顔を歪めた。
額だけではない。よく見れば全身、ローブの上からでも分かるほど血が滲み、焦げたような跡さえ見える。
「とりあえず椅子…ベッド…」
立ったままでは辛いのではないかと、魔法使いを支えるようにシャーサは手を回す。
「そうだね、椅子はあっちだよ。ここは、日差しが入るから」
店の隅を指され、そこまで支える。
しかし、一つしかない椅子の隣で、ニコニコと笑って「どうぞ」とシャーサを座らせようとする魔法使いに、シャーサは思わず怒鳴った。
「座って!」
「え、あ、は、はい…」
机に手をつきながら「よいしょ」と座る魔法使いに、シャーサは傷薬や布、水の場所を聞きだす。
「ああ、傷薬…」と立ち上がって取りに行こうとする魔法使いに頭を痛めながら、シャーサは肩を押して座らせる。
「どこですか」
「いや、薬棚は、少し危ないから」
「どこですか…!」
いつになく殺気だった雰囲気に、魔法使いはそれ以上逆らえなかった。
「…右壁、左から三つめの棚の…上から二段目、四角の瓶」
大人しく説明して、棚の鍵を渡す。
受け取って棚の方へ向かうシャーサの背中を、ハラハラと魔法使いは見守る。
魔法使いの棚の中身は特殊なものが多い。中身がまだ「生きている」ものもあるし、勝手に惹かれてしまうものだってある。
やっぱり自分で取りに行こうかと腰を上げかけるが、魔法使いの心配は杞憂に終わった。
シャーサの頭の中は魔法使いへの心配が占めており、美しい鉱石も、ひとりでに震える小瓶も、手のひらほど大きさのある目玉にも、興味は湧かなかったのだ。
上から二段目、四角の瓶、と呟いてそれらしいものを手に入れると、扉を閉じて元のように鍵をかける。
無事に帰ってくるシャーサを見て、魔法使いはホッとしながら「ありがとう」と鍵を受け取る。
そして、改めて治療を始めるシャーサは、魔法使いのローブを剥いで顔をしかめた。
どうしたら、こんな傷ができるのだろう。
水と布で汚れや血を拭き取り、傷薬を塗ったり薄布で傷を覆う間、シャーサは無言だった。
ある程度終わったところで、魔法使いは「ありがとう」といそいそと服を着る。
「助かったよ」
「…いいえ」
「驚かせてしまったよね、ごめん」
「あなたが謝る必要は」
「でも、そんなに苦しそうに、泣かせてしまった」
拭われる頬に、シャーサは無意識にまた泣いていたらしいことに気が付いて、肩を揺らす。
「ごめんね」
「き、気にされなくて、大丈夫、です」
慌てて顔を背けて自分の頬を拭うシャーサを見ながら、魔法使いは眉を下げる。
「気にするさ。君のこと、好きだもの」
「そ、…」
急な告白にシャーサは口の奥を噛んで、唸るように「どうしてこんな事になったんですか」と話題を逸らせる。
魔法使いは、しょげたように首を垂らした。
「ちょっと追われてしまってね。その時に、上手く避けられなくて。物量は反則だな…」
「それはその、生きてて、良かったです…?」
「うん、運が良かった。だからこそ、こうして君とお話ができたというものだ」
一転して嬉しそうに微笑む表情に、あまり深追いもできず、シャーサは「そうですか」と眉を寄せた。
「そうだ、珍しいお客様だもの。折角だから、お茶を用意しよう」
「お茶なら入れるので大人しくしてください!」
反動をつけて立ち上がろうとする魔法使いに、シャーサはまた怒鳴ることになった。
手当をしたからといって傷が治っているわけではないのだ。
現に魔法使いは熱が出ているようで、頬も火照り、いつもより動きは緩慢である。
シャーサの剣幕に「ヒェ…ありがとう…」と椅子に座りなおす魔法使いの前で、シャーサはしゃがみこむ。
「もう…お願いですから…」
いつもより熱く、所々青い色をした魔法使いの手を、シャーサは包むように握る。
「体を、大事にしてください」
「…ありがとう」
魔法使いの人生の中で、ほとんどかけられたことの無い言葉に、胸のあたりが熱くなる。
嬉しいのに、泣きそうな、その知らない感情に、魔法使いはへにゃりと笑った。
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