26 / 37
第3部 元勇者の苦悩
一点突破
しおりを挟む
ドルモの顔色は、青を通り越して土の色になっていた。
いいか、まだ戦いははじまったばかりだ。
リーダーたる「迷宮研究家」サリア・アキュロンは冷静な口調で言う。
サリアのことは信頼できる。
これは、ドルモだけではない。斥候のモール、剣士のルモウド、僧侶のルーモ。
存在を同じくする全員が同じ意見だ。
だが。
「あの巨体には、貫通ダメージでは無理だ。」
ドルモは言った。
「雷撃魔法を提案する。わたしが雷を降らせれば、足止めくらいはできる。その間に脱出しよう。確実で安全で」
「だが、この階層にいるほかの冒険者たちに甚大な被害がでる。」
サリアの意見はただしい。
だが、そういう彼女は。
美人とはいえないかもしれないが、それなりに整った顔立ちの彼女の顔は、酷く焼けただれていた。
目はかろうじて見えているようだが、痛みもひどいだろう。
いや、今、この瞬間にもその傷の原因となった毒液は、サリアの身体を侵し続けている。
髪がばさり、と抜け落ちた。
そこの皮膚が湯気をたてながら、青黒く変わっていく。
レティシアが治癒魔法をかけようとするのを、サリアは止めた。
「魔力は、もう少しとっておいて。
オルフェが、相手に取り付くときの陽動に使えるかもしれない。」
「リーダー。とにかくあなたの手当が先です。」
ドルモは声を振り絞った。
「蜘蛛は改めて倒すことはできます。あなた失ってしまったらすべてが終わりです。」
「蜘蛛型の魔物の繁殖力は高い。」
サリアは冷静に言った。
「いま、わたしたちは、いくつかの偶然で子蜘蛛を一掃することに成功している。
蜘蛛どもは冷気に魔法に耐性が低かった。それ以外のものは雷系の魔法に弱かった。
どちらも広域の敵を攻撃しやすい魔法だった。
だが、もうあの・・・・」
ゆっくりと接近してくる巨体をなんと呼べばいいのか。サリアは少し考えた。
「マザーは学習した。次の眷属をつくるときは、それぞれの魔法耐性を上げてくるだろう。ここをのがしたらチャンスはない。
いいか。もう一度言う。
ドルモ・・・最大の火力でやつの頭に穴を穿て。」
「相談は終わったかい?」
オルフェは、ぐるぐると二本の剣を回しながら言った。
信じられないことに、彼は、この会話に明らかに退屈していた。
「ちゃっちゃっと行ってくるわ。
ドルモだっけ? おまえは魔法をぶっぱなしたら、回れ右して逃げていいぞ。」
「オルフェ。おまえはどうするんだ?」
「大型の魔物を試してみたいことがあるんだって。おれはそう言ったよな・・・あれ? 言わなかったか。
まあ、どっちでもいいや。」
「反省したのかと思っていたが、きさまは全く変わっていないな。」
レティシアがオルフェを睨んだ。
「マイペースで、全然、説明という物を軽視している。」
「そこらへんは俺の欠点じゃなくて、『個性』ってことで勘弁してくれ。じゃあ、いくぜ。」
そのまま。
両手に剣をもって、オルフェは突進していった。
全力疾走である。
あわてて、ドルモは魔法の詠唱に入った。
マザー・・・ジャイアントスパイダーの変異種は、オルフェを見た。
まっさきに突っ込んくるオルフェに、口から紫の液体がほとばしった。
オルフェはまったく速度をおとさないままに、サイドステップしてかわした。
「レティシア! なんでもいいから、目くらましの魔法を撃って!」
レティシアは、詠唱もせずにファイヤボールを打ち出した。
火球は狙い違わずに、マザーの複眼の間に命中した。
・・・だが、それだけだった。その頑丈な外皮は、傷すらついていないようだった。
その瞬間に、オルフェはマザーの頭部に駆け上った。
頭部に長剣をたてる。
たが、レティシアの魔法でもびくともしないその外皮には、しょせんはただの鉄である彼の剣がたつはずがない。
マザーが身体を揺すった瞬間に、オルフェは飛び上がった。
「いきます。」
ドルモが手を伸ばした。指にはめた魔法強化の指輪が輝いて・・・砕けた。
魔力の過負荷だ。ドルモの顔が苦痛にゆがむ。
「破砕星来たれ。」
なにかが。空間の果から飛来した。
まるで流れ星のようにパーティのメンバーには見えたが、そんなはずは無かろう。ここは迷宮の深部なのだ。
狙い違わず、その光るなにかは、マザーの額に着弾した。外皮が破れて、緑色の粘液が吹き出した・・・だが、その巨体に対して傷口はあまりにも小さい。
マザーにとってもそれはダメージというより、怒りをかきたてただけのようだった。
オルフェを振り落とそうと巨体をゆすりつつ、マザーはドルモめがけて突進してきた。
その頭の上にオルフェが降り立つ。
ドルモがあけた傷に剣を差し込んだ。そのまま梃子にして回しの外皮を持ち上げる。そこにもう一本の剣・・・それは剣というよりは、刃の肉厚さ、形状から見てまるで包丁に見えた・・・を差し込む。
斬撃・・とはほど遠い。まるで、かたすぎる肉を切り分ける肉屋の仕草にみえた。
それは、マザーにとっては明らかに不快であったのだろう。脚をとめると本格的にオルフェを振り落としにかかった。
だが、オルフェは差し込んだ剣を外皮に挟むように突き立てて、離さない。
もう一本の剣をなんども、動かして奥へ奥へと剣を送り込む。
ドバッと、緑の粘液が激しく吹き上がった。
オルフェが、傷口に手をいれた。ぶつん。なにががちぎれる音は、パーティのものたちのところまで聞こえた。
オルフェが手に掴んだものを放おった。
サリアの足元にちょうど人の腕ほどもあるそれが、べちゃりとおちた。
「すごいな白金貨5枚分はある。」
サリアが、ただれた顔で笑った。かなり怖い光景で、レティシアもドルモも引いている。
「なんだこれは?」
「冒険者をやってて知らないか? これは、大蜘蛛の神経節の一部だ。精力剤の原料になる。
これだけの大きさの蜘蛛はいないから。」
ひょっとすると白金貨8枚でもいけるか。
さらにその足元に今度は、赤い結晶が投げ落とされた。
「こんどは!」
「蜘蛛が人間を捕食したあとに残す結晶体だよ。食べた人間の数によて体内に形成される。
反魂に使えるとかで、その手の研究者には垂涎の的だ・・・が。
はたして効果はいかがかな。いやわたしとしては、高値でさばけるのは間違いないのでそれでいいのだが。」
サリアは、マザーの頭部のオルフェに手を振った。
オルフェも手を振りかえした。
マザーはまだ生きている。
オルフェをおそらく、天井にはさんで押しつぶすために跳躍の準備をはじめていた。
いいか、まだ戦いははじまったばかりだ。
リーダーたる「迷宮研究家」サリア・アキュロンは冷静な口調で言う。
サリアのことは信頼できる。
これは、ドルモだけではない。斥候のモール、剣士のルモウド、僧侶のルーモ。
存在を同じくする全員が同じ意見だ。
だが。
「あの巨体には、貫通ダメージでは無理だ。」
ドルモは言った。
「雷撃魔法を提案する。わたしが雷を降らせれば、足止めくらいはできる。その間に脱出しよう。確実で安全で」
「だが、この階層にいるほかの冒険者たちに甚大な被害がでる。」
サリアの意見はただしい。
だが、そういう彼女は。
美人とはいえないかもしれないが、それなりに整った顔立ちの彼女の顔は、酷く焼けただれていた。
目はかろうじて見えているようだが、痛みもひどいだろう。
いや、今、この瞬間にもその傷の原因となった毒液は、サリアの身体を侵し続けている。
髪がばさり、と抜け落ちた。
そこの皮膚が湯気をたてながら、青黒く変わっていく。
レティシアが治癒魔法をかけようとするのを、サリアは止めた。
「魔力は、もう少しとっておいて。
オルフェが、相手に取り付くときの陽動に使えるかもしれない。」
「リーダー。とにかくあなたの手当が先です。」
ドルモは声を振り絞った。
「蜘蛛は改めて倒すことはできます。あなた失ってしまったらすべてが終わりです。」
「蜘蛛型の魔物の繁殖力は高い。」
サリアは冷静に言った。
「いま、わたしたちは、いくつかの偶然で子蜘蛛を一掃することに成功している。
蜘蛛どもは冷気に魔法に耐性が低かった。それ以外のものは雷系の魔法に弱かった。
どちらも広域の敵を攻撃しやすい魔法だった。
だが、もうあの・・・・」
ゆっくりと接近してくる巨体をなんと呼べばいいのか。サリアは少し考えた。
「マザーは学習した。次の眷属をつくるときは、それぞれの魔法耐性を上げてくるだろう。ここをのがしたらチャンスはない。
いいか。もう一度言う。
ドルモ・・・最大の火力でやつの頭に穴を穿て。」
「相談は終わったかい?」
オルフェは、ぐるぐると二本の剣を回しながら言った。
信じられないことに、彼は、この会話に明らかに退屈していた。
「ちゃっちゃっと行ってくるわ。
ドルモだっけ? おまえは魔法をぶっぱなしたら、回れ右して逃げていいぞ。」
「オルフェ。おまえはどうするんだ?」
「大型の魔物を試してみたいことがあるんだって。おれはそう言ったよな・・・あれ? 言わなかったか。
まあ、どっちでもいいや。」
「反省したのかと思っていたが、きさまは全く変わっていないな。」
レティシアがオルフェを睨んだ。
「マイペースで、全然、説明という物を軽視している。」
「そこらへんは俺の欠点じゃなくて、『個性』ってことで勘弁してくれ。じゃあ、いくぜ。」
そのまま。
両手に剣をもって、オルフェは突進していった。
全力疾走である。
あわてて、ドルモは魔法の詠唱に入った。
マザー・・・ジャイアントスパイダーの変異種は、オルフェを見た。
まっさきに突っ込んくるオルフェに、口から紫の液体がほとばしった。
オルフェはまったく速度をおとさないままに、サイドステップしてかわした。
「レティシア! なんでもいいから、目くらましの魔法を撃って!」
レティシアは、詠唱もせずにファイヤボールを打ち出した。
火球は狙い違わずに、マザーの複眼の間に命中した。
・・・だが、それだけだった。その頑丈な外皮は、傷すらついていないようだった。
その瞬間に、オルフェはマザーの頭部に駆け上った。
頭部に長剣をたてる。
たが、レティシアの魔法でもびくともしないその外皮には、しょせんはただの鉄である彼の剣がたつはずがない。
マザーが身体を揺すった瞬間に、オルフェは飛び上がった。
「いきます。」
ドルモが手を伸ばした。指にはめた魔法強化の指輪が輝いて・・・砕けた。
魔力の過負荷だ。ドルモの顔が苦痛にゆがむ。
「破砕星来たれ。」
なにかが。空間の果から飛来した。
まるで流れ星のようにパーティのメンバーには見えたが、そんなはずは無かろう。ここは迷宮の深部なのだ。
狙い違わず、その光るなにかは、マザーの額に着弾した。外皮が破れて、緑色の粘液が吹き出した・・・だが、その巨体に対して傷口はあまりにも小さい。
マザーにとってもそれはダメージというより、怒りをかきたてただけのようだった。
オルフェを振り落とそうと巨体をゆすりつつ、マザーはドルモめがけて突進してきた。
その頭の上にオルフェが降り立つ。
ドルモがあけた傷に剣を差し込んだ。そのまま梃子にして回しの外皮を持ち上げる。そこにもう一本の剣・・・それは剣というよりは、刃の肉厚さ、形状から見てまるで包丁に見えた・・・を差し込む。
斬撃・・とはほど遠い。まるで、かたすぎる肉を切り分ける肉屋の仕草にみえた。
それは、マザーにとっては明らかに不快であったのだろう。脚をとめると本格的にオルフェを振り落としにかかった。
だが、オルフェは差し込んだ剣を外皮に挟むように突き立てて、離さない。
もう一本の剣をなんども、動かして奥へ奥へと剣を送り込む。
ドバッと、緑の粘液が激しく吹き上がった。
オルフェが、傷口に手をいれた。ぶつん。なにががちぎれる音は、パーティのものたちのところまで聞こえた。
オルフェが手に掴んだものを放おった。
サリアの足元にちょうど人の腕ほどもあるそれが、べちゃりとおちた。
「すごいな白金貨5枚分はある。」
サリアが、ただれた顔で笑った。かなり怖い光景で、レティシアもドルモも引いている。
「なんだこれは?」
「冒険者をやってて知らないか? これは、大蜘蛛の神経節の一部だ。精力剤の原料になる。
これだけの大きさの蜘蛛はいないから。」
ひょっとすると白金貨8枚でもいけるか。
さらにその足元に今度は、赤い結晶が投げ落とされた。
「こんどは!」
「蜘蛛が人間を捕食したあとに残す結晶体だよ。食べた人間の数によて体内に形成される。
反魂に使えるとかで、その手の研究者には垂涎の的だ・・・が。
はたして効果はいかがかな。いやわたしとしては、高値でさばけるのは間違いないのでそれでいいのだが。」
サリアは、マザーの頭部のオルフェに手を振った。
オルフェも手を振りかえした。
マザーはまだ生きている。
オルフェをおそらく、天井にはさんで押しつぶすために跳躍の準備をはじめていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
20
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる