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第3部 元勇者の苦悩
作業報告
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リティシアの選んだ魔法は「拘束」ではない。
マザーほどの巨体にそれは無理だっただろう。
何人もの術者が共同で、魔法をかければともかく、ここには魔法使いと言えるほどの術者は彼女しかいなかった。
ドルモはすでに、二回目の極大魔法を使用した反動で、半ば意識を失っている。
リティシアにしてみれば、とっとと、ルーモに替わって、サリアの治療にあたってほしいのだが、そこまで頭もまわらないほどの状態なのだろう。
マザーはジャンプして、天井に背中をぶつけて、彼女の頭の上で面白くない作業に熱中しているオルフェを押しつぶすつもりだった。
オルフェが天井のシミになることについては、リティシアは大賛成だったが、その前にもっと金になる素材をマザーの体から取り出してからにしてほしかった。
リティシアが選んだ魔法は、土魔法。
彼女の呼んだ冷気に凍りついた地面をぐずぐずの泥濘にかえること。
これで、もはやマザーはジャンプができない。
そして。
オルフェの剣の動きが速さをました。
なんなのだ。あの動きは。
およそ剣術のそれではない。
斬りつけるのではなく、そぎ取る。少々固くてもまわりのやわらない部分からえぐって、繊維に沿って剣、じゃなくて包丁をいれれば一見歯が立たない骨にもすっと刃が通るものです。
そうこれは。
道場。
ではなくて、料理の実習での習ったこと。
もともと、伯爵さまなので、じぶんで料理なんてしなくてもいいのだが、「惚れた女の胃袋をつかめ!」というキャッチコピーにひかれて体験入学した料理学校で学んだことだ。
どさ。
一抱えほどもある袋状の物体は、貴重な香料のとれる分泌器官。
ぐちゃり。
これは魔術の触媒として高値のつく腺。
続いて、外殻のかけらが飛んできた。これはこれで、間違いなく、武具の素材としてよい値になるだろう。しかし。
「おーい、元勇者。外殻はいい。どうせ運びきれない。もっと中身の白金貨ザクザクの素材を掘り出してくれ。」
半ばまで、傷口に体をつっこんだオルフェが手を降って答えた。
マザーの体を断末魔の痙攣が襲った。
おそらく、オルフェの「解体作業」がその生命の中枢に達したのだ。
「おーい、レティシア! こいつは冷凍してくれ。」
投げつけられたどくどくとうごめく器官それはおそらくこの状態で回収されたことのない魔物の・・・・
「投げつけるな!」
とほうもなく貴重なその物体にむけて、サリアがダイブした。
地面に落ちる前にかろうじて受け止める。
「こ、これは・・・・」
ズタボロになった顔。腫れ上がった口唇からよだれがたれた。
「わ、わたしの研究材料・・・・」
うん。普通ではないな。こいつらは。
レティシアはどこか達観したように、それを見つめた。
この変人どもにはわたしがついていてやらねば、ダメだろう。
また執事のお小言が待っていそうではあったが、一切合切、我が伯爵家が面倒をみよう。
なにしろ、これだけの素材なので、白金貨ざくざくだし。
「というのが、初仕事です。」
わたし、迷宮研究家サリア・アキュロンは、またまたルーク次期公爵閣下によばれている。
相変わらず、人の良さそうな笑みを絶やさない少年は、今回は呆れた顔だった。
「・・・やっぱり呆れますか。」
わたしは言った。それはそうだろう。丁寧に、詳細に話せば話すほど、オルフェのやったことは魔物退治ではなくて、たんなる解体作業。
肉屋が、食べやすい素材をカットするかのような「作業」にしか聞こえないからだ。
「いや、呆れてるのはきみにだけど。」
ルークはわたしを指さした。
なにさ、若い娘の顔を指差すなんて、失礼な。
たしかに、目はかたっぽふさがったままで眼帯をつけている。これを機会に高性能な義眼をいれようと思っている。
気温や魔素濃度なんかも「見る」ことのできる超最新式のやつだ。
だから、別に気にすることはないのだ。
怪我なんて冒険者にはつきものなんだから。
確かに、顔の腫れはまだひかない。だが、こっちは時間がたてば治るそうだ。
そうそう、外見的にはちょっと気になってるのは、左の額のあたり。ごっそりと毛が抜け落ちてしまっていて、これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
これを機会にスキンヘッドに。
「サリア」
ルークの細い指がわたしの頭をつかんだ。
やめろ、こら。
「無茶をするんじゃない。」
「・・・もともとが無茶なんですよ。」
わたしは、つぶやいた。
いままで大きな怪我はなく、冒険者人生を歩んできたわたしだが、少なくともこれからも付き合わないといけないような跡に残る怪我ははじめてだ。
それはショックではある。
特に外見的にあとが残ることは。
「治療費は出すから、もう一度カレッジの形成治癒師に診てもらうんだ。いいね。」
「そのお金で、マグルドルネの魔術書を買ってもいいですか?」
「却下だ。迷宮研究家。」
そう言って、ルークはため息をついた。
「傷が治ったら、B級に昇格させる。例の魔族の件は改めて依頼をしよう。それまで体を治すんだ。顔だってちゃんと元通りになるから。」
魔族の件って。
それは今回よりもやばいことになるのに決まってるじゃないですか?
わたしは喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。
マザーほどの巨体にそれは無理だっただろう。
何人もの術者が共同で、魔法をかければともかく、ここには魔法使いと言えるほどの術者は彼女しかいなかった。
ドルモはすでに、二回目の極大魔法を使用した反動で、半ば意識を失っている。
リティシアにしてみれば、とっとと、ルーモに替わって、サリアの治療にあたってほしいのだが、そこまで頭もまわらないほどの状態なのだろう。
マザーはジャンプして、天井に背中をぶつけて、彼女の頭の上で面白くない作業に熱中しているオルフェを押しつぶすつもりだった。
オルフェが天井のシミになることについては、リティシアは大賛成だったが、その前にもっと金になる素材をマザーの体から取り出してからにしてほしかった。
リティシアが選んだ魔法は、土魔法。
彼女の呼んだ冷気に凍りついた地面をぐずぐずの泥濘にかえること。
これで、もはやマザーはジャンプができない。
そして。
オルフェの剣の動きが速さをました。
なんなのだ。あの動きは。
およそ剣術のそれではない。
斬りつけるのではなく、そぎ取る。少々固くてもまわりのやわらない部分からえぐって、繊維に沿って剣、じゃなくて包丁をいれれば一見歯が立たない骨にもすっと刃が通るものです。
そうこれは。
道場。
ではなくて、料理の実習での習ったこと。
もともと、伯爵さまなので、じぶんで料理なんてしなくてもいいのだが、「惚れた女の胃袋をつかめ!」というキャッチコピーにひかれて体験入学した料理学校で学んだことだ。
どさ。
一抱えほどもある袋状の物体は、貴重な香料のとれる分泌器官。
ぐちゃり。
これは魔術の触媒として高値のつく腺。
続いて、外殻のかけらが飛んできた。これはこれで、間違いなく、武具の素材としてよい値になるだろう。しかし。
「おーい、元勇者。外殻はいい。どうせ運びきれない。もっと中身の白金貨ザクザクの素材を掘り出してくれ。」
半ばまで、傷口に体をつっこんだオルフェが手を降って答えた。
マザーの体を断末魔の痙攣が襲った。
おそらく、オルフェの「解体作業」がその生命の中枢に達したのだ。
「おーい、レティシア! こいつは冷凍してくれ。」
投げつけられたどくどくとうごめく器官それはおそらくこの状態で回収されたことのない魔物の・・・・
「投げつけるな!」
とほうもなく貴重なその物体にむけて、サリアがダイブした。
地面に落ちる前にかろうじて受け止める。
「こ、これは・・・・」
ズタボロになった顔。腫れ上がった口唇からよだれがたれた。
「わ、わたしの研究材料・・・・」
うん。普通ではないな。こいつらは。
レティシアはどこか達観したように、それを見つめた。
この変人どもにはわたしがついていてやらねば、ダメだろう。
また執事のお小言が待っていそうではあったが、一切合切、我が伯爵家が面倒をみよう。
なにしろ、これだけの素材なので、白金貨ざくざくだし。
「というのが、初仕事です。」
わたし、迷宮研究家サリア・アキュロンは、またまたルーク次期公爵閣下によばれている。
相変わらず、人の良さそうな笑みを絶やさない少年は、今回は呆れた顔だった。
「・・・やっぱり呆れますか。」
わたしは言った。それはそうだろう。丁寧に、詳細に話せば話すほど、オルフェのやったことは魔物退治ではなくて、たんなる解体作業。
肉屋が、食べやすい素材をカットするかのような「作業」にしか聞こえないからだ。
「いや、呆れてるのはきみにだけど。」
ルークはわたしを指さした。
なにさ、若い娘の顔を指差すなんて、失礼な。
たしかに、目はかたっぽふさがったままで眼帯をつけている。これを機会に高性能な義眼をいれようと思っている。
気温や魔素濃度なんかも「見る」ことのできる超最新式のやつだ。
だから、別に気にすることはないのだ。
怪我なんて冒険者にはつきものなんだから。
確かに、顔の腫れはまだひかない。だが、こっちは時間がたてば治るそうだ。
そうそう、外見的にはちょっと気になってるのは、左の額のあたり。ごっそりと毛が抜け落ちてしまっていて、これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
これを機会にスキンヘッドに。
「サリア」
ルークの細い指がわたしの頭をつかんだ。
やめろ、こら。
「無茶をするんじゃない。」
「・・・もともとが無茶なんですよ。」
わたしは、つぶやいた。
いままで大きな怪我はなく、冒険者人生を歩んできたわたしだが、少なくともこれからも付き合わないといけないような跡に残る怪我ははじめてだ。
それはショックではある。
特に外見的にあとが残ることは。
「治療費は出すから、もう一度カレッジの形成治癒師に診てもらうんだ。いいね。」
「そのお金で、マグルドルネの魔術書を買ってもいいですか?」
「却下だ。迷宮研究家。」
そう言って、ルークはため息をついた。
「傷が治ったら、B級に昇格させる。例の魔族の件は改めて依頼をしよう。それまで体を治すんだ。顔だってちゃんと元通りになるから。」
魔族の件って。
それは今回よりもやばいことになるのに決まってるじゃないですか?
わたしは喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。
応援ありがとうございます!
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