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「帰るの面倒くせえな」
ソファに寝そべって呟く瑛へ、瞳は目を向けた。
「じゃあ、もうここに住んじゃったらどうですか?」
なるべくさりげなく言ったつもりだけど、実のところ、かなり前から考えていたことだった。瑛が瞳の部屋に泊まる回数も増えたし、関係も良好だ。時機を見て誘えば『それもいいかもな』と言ってくれそうな気配はあった。
だが、瑛は瞳を一瞥すると、
「え……絶対無理」
と顔を顰めて立ち上がり、帰り支度を始めた。
「えぇ~何でですか!? ほぼ一緒に暮らしてるようなもんじゃないですか!」
「いや、一緒に暮らすのは全然違うだろ」
瑛は呆れた表情で瞳を見る。
「お前すぐ散らかすし、放っといたら風呂入んないし」
「でも、それでも佐久間さん、平気じゃないですか」
「平気じゃねえよ。ここがお前の家だから、俺が合わせてるだけだろうが」
「え……じゃあ、めちゃくちゃストレス感じてるってことですか……」
「まあ、そう」
え、普通にショックなんだが。
「だいたいさ、ずっと一緒にいるより、適当に距離がある方が上手くいくんだよ」
「何ですか、それ。経験談ですか?」
ムッとする瞳へ、瑛が面倒くさそうな視線を向ける。
「一般論だよ。俺、他人と暮らせないし。お前だって、ガミガミ言われるの嫌だろ」
「全然嫌じゃないです! やだやだ、待って。絶対片付けするんで!」
必死に縋り付く瞳へ、瑛は気まずそうに、実は……と口を開いた。
「弟が春から大学に進学するんだけど、それに合わせて二人で暮らす予定にしてるんだよ」
「へ……」
瞳は、間の抜けた表情で瑛を見る。
「引っ越ししようかって話は前から出てたんだけど、あの家からだと、弟が通学に二時間くらいかかるみたいで、じゃあとりあえず両親と、俺と弟で別れて暮らすかってなって」
「さっき他人と暮らせないって言ったのに!」
「弟は他人じゃないだろ」
「じゃあ、俺がそこに引っ越しますよ!」
「お前は他人だろ」
あぁ~と瞳はソファに突っ伏した。
「何で言ってくれなかったんですか……」
「悪い……でも、まだはっきり決まったわけじゃないし」
瑛はばつが悪そうに、ここから近いところで探すようにするから、と瞳を慰めた。
「いや、それは弟さんの通学に便利なところにしてあげてください……」
「まあ、どこに住んだとしても、今より不便になることはないだろ」
「でも弟さんがいたら、佐久間さんのところに遊びに行っても、エ……エッチなことできないじゃないですか……」
瑛は、呆れた目で瞳を見ると、帰る、と立ち上がった。
「駅まで送りますよ」
「いいよ、すぐそこなのに」
「俺がもう少し佐久間さんと一緒にいたいだけなんで」
夜の静かな住宅街を歩いていると、二人だけの世界にいるような気がする。瞳のマンションから駅までは、十分もかからない距離だが、二人はどちらからともなく、人気のない道を選んで、遠回りして駅に向かった。
ポケットに突っ込んでいる瑛の手を握りたいと思うが、誰が見るかもわからない場所でそんなことをしたら、瑛は嫌がるだろう。結局、ここは二人だけの世界じゃないのだ。
「車買おうかな」
「無駄だろ。たいして乗る機会ないのに」
「でも車があれば、佐久間さんの送り迎えできるじゃないですか」
そう言うと、瑛は俯いて呆れたように小さく笑った。
瑛を困らせたいわけじゃないのに、わがままばかり言ってしまった。ごめんね、と謝ると、瑛は不思議そうに瞳を見た。
改札の前で、気をつけて、と手を振ると、瑛は何か言いたそうな素振りを見せたが、結局そのまま、じゃあな、と手をあげて人混みの中に消えていった。
その数日後、瑛から、弟と三人で会いたいんだけど、と連絡がきた。
これはマジで三人で暮らす相談なのでは?
瞳はそわそわしながら、待ち合わせ場所の焼肉屋に向かった。
「弟が建築系の学部に進学するんだけど、業界のこととか知りたいって言うから、教えてやってくれる?」
瞳はじっとりとした目を瑛へ向けた。
「……佐久間さぁん」
勘違いするってわかってて、何も言わなかっただろ。
瑛は何も言わずに、ただニヤニヤ笑っていた。
「晃太朗です。今日はありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる瑛の弟は、相変わらずエイジ──というか瑛そっくりだった。晃太朗といるときの瑛は、年が離れているせいか、なんというかブラコン気味だった。
瞳は晃太朗と二人きりになったタイミングで、
「春からお兄さんと一緒に暮らすんだってね」
と尋ねた。
晃太朗は山盛りの肉を焼いては食べしながら、あー……と困ったように笑って、スマホを差し出した。
「ここ、どう思いますか?」
「……学生寮?」
画面には、古くて雑然とした寮と思われる写真が表示されていた。
「まあ、綺麗ではないけど、寮ってこんなもんだよね」
晃太朗は頷いて、どんぶりご飯のおかわりを食べる。高校生の食欲すごいな。
「俺、ここに入るつもりなんですよ。安いし。でも、兄は割と神経質じゃないですか。こんなとこ絶対やめとけって反対されちゃって」
瑛には絶対耐えられないだろうな、と苦笑いして、改めて写真を見る。
「うち、父親の会社が潰れるまでは、割と裕福だったんです。兄と姉はその頃の感覚がまだ抜けないんだと思うんですよ。だから、いろいろ心配してくれるんですけど、俺は物心ついた頃から今の生活なんで、こういう寮暮らしでも全然平気っていうか、むしろ、みんなでわいわいできて楽しそうだなって」
汚いのは気にしない瞳でも、寮暮らしは面倒そうだなとは思うが、陽キャの晃太朗はポジティブに捉えているのだろう。あっくん口うるさいし、と晃太朗が笑うのに、瑛のことが少し気の毒になる。
「それより、瞳さんと兄ってどういう関係ですか?」
いきなりど直球で訊かれて、瞳は思わず咽せた。
「あっくん柔道やってたから、友達みんないかつい人ばっかりなんですよ。それも、社会人になってから家に遊びに来ることなんて全然ないし。瞳さん、そういうタイプでもないし、何友なのかなって」
佐久間さん、俺のことなんて説明してるの!?
瞳は脇汗をダラダラたらしながら、えっと……と口を開いた。
「仕事の関係で知り合って……」
「へー、仕事で知り合って、家に遊びに来るくらい仲良くなったりするんですね!」
晃太朗は純粋に驚いているのだろうが、カマをかけられているようで、疑心暗鬼になってしまう。
何て答えるのが正解なのかわからん、と頭を抱えながら、瞳はふと思いついた。
「……晃太朗くんは、佐久間さんの彼女とか見たことある?」
「何人か見たことありますよ。最近誰と付き合ってるかは知らないけど」
ということは、晃太朗は瑛と瞳の関係はまだ知らないのだろうか。
「……どんな感じの人だった?」
本人がいないところで訊くのは悪趣味だとは思うが、こんな機会は二度とないかもしれないのだ。
晃太朗は思い返すような仕草をしてから、気まずそうに少し笑った。
「みんな美人だったけど、顔と体だけみたいな人が多かったですね」
なんかわかる、と瞳が一緒になって笑っていると、
「お前もだよ」
と声がした。
びっくりして瞳が振り返ると、瑛は瞳の隣に座りながら、
「俺、今、こいつと付き合ってるから」
と晃太朗へ言った。
戻ってきていきなり爆弾発言を放つ瑛に、瞳は真っ青になるが、晃太朗は、マジ!? とびっくりした後に爆笑した。
「友達とはなんか違うなとは思ってたけど、マジかぁ~」
「ちょっと! 高校生に何言ってるんですか!!」
瞳はあわあわと焦るが、晃太朗は、顔と体かあ~と笑って瞳を見た。
めちゃくちゃ居た堪れない。
顔を真っ赤にして俯く瞳を尻目に、瑛は晃太朗のために甲斐甲斐しく肉を焼き、晃太朗はそれを黙々と食べ続けた。
駅で別れる時、瞳がじゃあ、と手を振ると、瑛は晃太朗へ、先に行っててと伝えて、瞳のそばに戻ってきた。
「今日は忙しいところ、ありがとうな」
「それはいいですけど、晃太朗くんに付き合ってるって言ってよかったんですか」
「悪い、嫌だった?」
「俺は全然いいっていうか、嬉しかったですけど……」
嬉しいというより、びっくりし過ぎてまだ実感がない。それに、ゲイであることを家族にも伝えていない自分が、情けなくも思えた。
瑛は話が終わった後も、何か言いたそうに瞳の前に突っ立っていて、晃太朗を待たせたままでいいのかと、瞳の方が心配になる。
どうかしましたか? と瞳が訊くと、瑛はようやく口を開いた。
「……一緒に暮らすって話、少し考えさせて。晃太朗は俺と暮らすの嫌みたいでさ」
瑛が同棲について考えてくれるのは嬉しいが、ある程度の距離があった方がいいというのもわかる。特に、瑛にとってはそうなのだろう。
「この前はわがまま言ったけど、俺は今のままでも全然いいんで!」
瑛はちょっと考えるような仕草の後、あのさ……と呟いた。
「……別に、一緒に暮らすのが嫌ってわけじゃなくて、まあ、合わないところとかはいろいろあると思うけど……」
瑛は言いづらそうに口籠る。二人の周りは、足早に行き来する人たちで溢れていたが、瞳は瑛の言葉を待った。
「……お前、別れる時にいつも両手でバイバイするだろ。それがなんか、小さい子供がするみたいで……かわいいなって思ってて……」
瑛は赤くなった顔を片手で覆った。
「一緒に暮らしたら、それ見れなくなるかなって……」
瞳は、え……と絶句して瑛を見た。つられてじわじわと顔に血が上る。
「でもやっぱり、一緒にいる時間が長い方がいいから」
瞳は動揺し過ぎて、所在無げにポケットに突っ込まれた瑛の片腕を思わず掴んだ。
人前で触れてしまったと、すぐに手を離そうとするが、瑛は顔を覆っていた手を伸ばして、瞳の髪から首筋を撫でた。
「……そんなこと言われたら、もうバイバイできなくなっちゃうじゃないですか」
瞳が困ったように言うと、瑛はようやく笑った。そのはにかむような表情に、瞳も離れたくないなと思う。
しばらく見つめあった後、瑛は、じゃあまた、と手を胸の前で振って改札へ駆けて行った。
ソファに寝そべって呟く瑛へ、瞳は目を向けた。
「じゃあ、もうここに住んじゃったらどうですか?」
なるべくさりげなく言ったつもりだけど、実のところ、かなり前から考えていたことだった。瑛が瞳の部屋に泊まる回数も増えたし、関係も良好だ。時機を見て誘えば『それもいいかもな』と言ってくれそうな気配はあった。
だが、瑛は瞳を一瞥すると、
「え……絶対無理」
と顔を顰めて立ち上がり、帰り支度を始めた。
「えぇ~何でですか!? ほぼ一緒に暮らしてるようなもんじゃないですか!」
「いや、一緒に暮らすのは全然違うだろ」
瑛は呆れた表情で瞳を見る。
「お前すぐ散らかすし、放っといたら風呂入んないし」
「でも、それでも佐久間さん、平気じゃないですか」
「平気じゃねえよ。ここがお前の家だから、俺が合わせてるだけだろうが」
「え……じゃあ、めちゃくちゃストレス感じてるってことですか……」
「まあ、そう」
え、普通にショックなんだが。
「だいたいさ、ずっと一緒にいるより、適当に距離がある方が上手くいくんだよ」
「何ですか、それ。経験談ですか?」
ムッとする瞳へ、瑛が面倒くさそうな視線を向ける。
「一般論だよ。俺、他人と暮らせないし。お前だって、ガミガミ言われるの嫌だろ」
「全然嫌じゃないです! やだやだ、待って。絶対片付けするんで!」
必死に縋り付く瞳へ、瑛は気まずそうに、実は……と口を開いた。
「弟が春から大学に進学するんだけど、それに合わせて二人で暮らす予定にしてるんだよ」
「へ……」
瞳は、間の抜けた表情で瑛を見る。
「引っ越ししようかって話は前から出てたんだけど、あの家からだと、弟が通学に二時間くらいかかるみたいで、じゃあとりあえず両親と、俺と弟で別れて暮らすかってなって」
「さっき他人と暮らせないって言ったのに!」
「弟は他人じゃないだろ」
「じゃあ、俺がそこに引っ越しますよ!」
「お前は他人だろ」
あぁ~と瞳はソファに突っ伏した。
「何で言ってくれなかったんですか……」
「悪い……でも、まだはっきり決まったわけじゃないし」
瑛はばつが悪そうに、ここから近いところで探すようにするから、と瞳を慰めた。
「いや、それは弟さんの通学に便利なところにしてあげてください……」
「まあ、どこに住んだとしても、今より不便になることはないだろ」
「でも弟さんがいたら、佐久間さんのところに遊びに行っても、エ……エッチなことできないじゃないですか……」
瑛は、呆れた目で瞳を見ると、帰る、と立ち上がった。
「駅まで送りますよ」
「いいよ、すぐそこなのに」
「俺がもう少し佐久間さんと一緒にいたいだけなんで」
夜の静かな住宅街を歩いていると、二人だけの世界にいるような気がする。瞳のマンションから駅までは、十分もかからない距離だが、二人はどちらからともなく、人気のない道を選んで、遠回りして駅に向かった。
ポケットに突っ込んでいる瑛の手を握りたいと思うが、誰が見るかもわからない場所でそんなことをしたら、瑛は嫌がるだろう。結局、ここは二人だけの世界じゃないのだ。
「車買おうかな」
「無駄だろ。たいして乗る機会ないのに」
「でも車があれば、佐久間さんの送り迎えできるじゃないですか」
そう言うと、瑛は俯いて呆れたように小さく笑った。
瑛を困らせたいわけじゃないのに、わがままばかり言ってしまった。ごめんね、と謝ると、瑛は不思議そうに瞳を見た。
改札の前で、気をつけて、と手を振ると、瑛は何か言いたそうな素振りを見せたが、結局そのまま、じゃあな、と手をあげて人混みの中に消えていった。
その数日後、瑛から、弟と三人で会いたいんだけど、と連絡がきた。
これはマジで三人で暮らす相談なのでは?
瞳はそわそわしながら、待ち合わせ場所の焼肉屋に向かった。
「弟が建築系の学部に進学するんだけど、業界のこととか知りたいって言うから、教えてやってくれる?」
瞳はじっとりとした目を瑛へ向けた。
「……佐久間さぁん」
勘違いするってわかってて、何も言わなかっただろ。
瑛は何も言わずに、ただニヤニヤ笑っていた。
「晃太朗です。今日はありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる瑛の弟は、相変わらずエイジ──というか瑛そっくりだった。晃太朗といるときの瑛は、年が離れているせいか、なんというかブラコン気味だった。
瞳は晃太朗と二人きりになったタイミングで、
「春からお兄さんと一緒に暮らすんだってね」
と尋ねた。
晃太朗は山盛りの肉を焼いては食べしながら、あー……と困ったように笑って、スマホを差し出した。
「ここ、どう思いますか?」
「……学生寮?」
画面には、古くて雑然とした寮と思われる写真が表示されていた。
「まあ、綺麗ではないけど、寮ってこんなもんだよね」
晃太朗は頷いて、どんぶりご飯のおかわりを食べる。高校生の食欲すごいな。
「俺、ここに入るつもりなんですよ。安いし。でも、兄は割と神経質じゃないですか。こんなとこ絶対やめとけって反対されちゃって」
瑛には絶対耐えられないだろうな、と苦笑いして、改めて写真を見る。
「うち、父親の会社が潰れるまでは、割と裕福だったんです。兄と姉はその頃の感覚がまだ抜けないんだと思うんですよ。だから、いろいろ心配してくれるんですけど、俺は物心ついた頃から今の生活なんで、こういう寮暮らしでも全然平気っていうか、むしろ、みんなでわいわいできて楽しそうだなって」
汚いのは気にしない瞳でも、寮暮らしは面倒そうだなとは思うが、陽キャの晃太朗はポジティブに捉えているのだろう。あっくん口うるさいし、と晃太朗が笑うのに、瑛のことが少し気の毒になる。
「それより、瞳さんと兄ってどういう関係ですか?」
いきなりど直球で訊かれて、瞳は思わず咽せた。
「あっくん柔道やってたから、友達みんないかつい人ばっかりなんですよ。それも、社会人になってから家に遊びに来ることなんて全然ないし。瞳さん、そういうタイプでもないし、何友なのかなって」
佐久間さん、俺のことなんて説明してるの!?
瞳は脇汗をダラダラたらしながら、えっと……と口を開いた。
「仕事の関係で知り合って……」
「へー、仕事で知り合って、家に遊びに来るくらい仲良くなったりするんですね!」
晃太朗は純粋に驚いているのだろうが、カマをかけられているようで、疑心暗鬼になってしまう。
何て答えるのが正解なのかわからん、と頭を抱えながら、瞳はふと思いついた。
「……晃太朗くんは、佐久間さんの彼女とか見たことある?」
「何人か見たことありますよ。最近誰と付き合ってるかは知らないけど」
ということは、晃太朗は瑛と瞳の関係はまだ知らないのだろうか。
「……どんな感じの人だった?」
本人がいないところで訊くのは悪趣味だとは思うが、こんな機会は二度とないかもしれないのだ。
晃太朗は思い返すような仕草をしてから、気まずそうに少し笑った。
「みんな美人だったけど、顔と体だけみたいな人が多かったですね」
なんかわかる、と瞳が一緒になって笑っていると、
「お前もだよ」
と声がした。
びっくりして瞳が振り返ると、瑛は瞳の隣に座りながら、
「俺、今、こいつと付き合ってるから」
と晃太朗へ言った。
戻ってきていきなり爆弾発言を放つ瑛に、瞳は真っ青になるが、晃太朗は、マジ!? とびっくりした後に爆笑した。
「友達とはなんか違うなとは思ってたけど、マジかぁ~」
「ちょっと! 高校生に何言ってるんですか!!」
瞳はあわあわと焦るが、晃太朗は、顔と体かあ~と笑って瞳を見た。
めちゃくちゃ居た堪れない。
顔を真っ赤にして俯く瞳を尻目に、瑛は晃太朗のために甲斐甲斐しく肉を焼き、晃太朗はそれを黙々と食べ続けた。
駅で別れる時、瞳がじゃあ、と手を振ると、瑛は晃太朗へ、先に行っててと伝えて、瞳のそばに戻ってきた。
「今日は忙しいところ、ありがとうな」
「それはいいですけど、晃太朗くんに付き合ってるって言ってよかったんですか」
「悪い、嫌だった?」
「俺は全然いいっていうか、嬉しかったですけど……」
嬉しいというより、びっくりし過ぎてまだ実感がない。それに、ゲイであることを家族にも伝えていない自分が、情けなくも思えた。
瑛は話が終わった後も、何か言いたそうに瞳の前に突っ立っていて、晃太朗を待たせたままでいいのかと、瞳の方が心配になる。
どうかしましたか? と瞳が訊くと、瑛はようやく口を開いた。
「……一緒に暮らすって話、少し考えさせて。晃太朗は俺と暮らすの嫌みたいでさ」
瑛が同棲について考えてくれるのは嬉しいが、ある程度の距離があった方がいいというのもわかる。特に、瑛にとってはそうなのだろう。
「この前はわがまま言ったけど、俺は今のままでも全然いいんで!」
瑛はちょっと考えるような仕草の後、あのさ……と呟いた。
「……別に、一緒に暮らすのが嫌ってわけじゃなくて、まあ、合わないところとかはいろいろあると思うけど……」
瑛は言いづらそうに口籠る。二人の周りは、足早に行き来する人たちで溢れていたが、瞳は瑛の言葉を待った。
「……お前、別れる時にいつも両手でバイバイするだろ。それがなんか、小さい子供がするみたいで……かわいいなって思ってて……」
瑛は赤くなった顔を片手で覆った。
「一緒に暮らしたら、それ見れなくなるかなって……」
瞳は、え……と絶句して瑛を見た。つられてじわじわと顔に血が上る。
「でもやっぱり、一緒にいる時間が長い方がいいから」
瞳は動揺し過ぎて、所在無げにポケットに突っ込まれた瑛の片腕を思わず掴んだ。
人前で触れてしまったと、すぐに手を離そうとするが、瑛は顔を覆っていた手を伸ばして、瞳の髪から首筋を撫でた。
「……そんなこと言われたら、もうバイバイできなくなっちゃうじゃないですか」
瞳が困ったように言うと、瑛はようやく笑った。そのはにかむような表情に、瞳も離れたくないなと思う。
しばらく見つめあった後、瑛は、じゃあまた、と手を胸の前で振って改札へ駆けて行った。
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