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第一部 第三章 夢の灯火─レイナス団編─
ジェシカとノヒン 2
しおりを挟む「ちったぁ落ち着いたか?」
「んん……あぁ……大丈夫だ。なんだか今日は優しい……な?」
「あぁ? 俺はいつでも優しいぜ?」
「……ぷっ……ははっ! あははははっ!」
「なんで笑ってやがんだよ」
「いやいや、貴様も冗談が言えるんだと思ってな」
「そういうお前はいつもと全然違うじゃねぇか」
「そうか? ……いや……そうだろうな。いつも強くあろうと気を張っているのかもな」
「やけに素直じゃねぇか」
「そうか? 私はいつも素直だぞ?」
「お前も冗談が言えるんだな」
「ん? おいノヒン……ちょっと近くないか?」
「ちっ、お前に水飲ますために隣に来たんだろぉが」
そう言って立ち上がろうとするノヒンの腕をジェシカが引っ張り、無理やり座らせる。
「な、なんだぁ? 本当酔いすぎだっつぅんだよ」
「そうか……? まあ……普段は色々といがみ合ってはいるが……貴様に守られていることが心地よくもある……な。いつもありがとうノヒン」
「ったく調子狂うぜ……。一つ貰うぞ?」
いつもと雰囲気の違うジェシカにノヒンは戸惑い、逃げるように焼き菓子を手に取る。
「……おぉ? この焼き菓子と酒ぇ……合うじゃねぇか! さくさくっとした食感と、酒を入れた瞬間に口の中で解けて優しい甘さが広がる感じ……嫌いじゃねぇ! ……っておい! なんでにやにやしながら見てやがんだよ!」
「いやぁ、あの殲滅鬼ノヒンがクッキー食べて喜んでる姿がかわいくてな」
「茶化すんじゃねぇよ。こりゃクッキーって言うのか?」
「そんなことも知らないのか?」
「いや……形は違うが、全部『焼き菓子』って名前だと思ってたな」
「そんな訳ないだろう? 全部焼き菓子と呼んでいたらどれのことか分からないだろ」
「いや、『さくさくの焼き菓子』とか、『しっとりした焼き菓子』とか?」
「お前は本当に戦い以外はだめだめなんだな。今度色々と焼き菓子も作ってやるから勉強しろ」
「さっきも砂糖菓子作ってやるって言ってたけどよぉ……そもそもお前……菓子なんて作れんのか?」
「ば、馬鹿にするな! ルイスには好評だったぞ! そ、そういうお前は料理の一つくらい出来るんだろうな?」
「あぁ? 俺は幼い時に家事しかやらせてもらってねぇ時期があったから得意だぜ?」
「な! ノ、ノヒンが家事だと! ち、ちなみにどんな料理だ?」
「……羊の丸焼きだろ? それと豚の丸焼きに……あとはガルムの丸焼きが得意だったな」
「ちっ、丸焼いてるだけじゃないか」
「綺麗な顔で舌打ちなんかしてんじゃねぇよ」
「な、ななな! 何をっ!」
「だから綺麗な顔で舌打ちなんかしてんじゃねぇって。さっきみたいに笑ってる方が好きだぜ?」
ノヒンは決して軽口を叩いているわけではない。本来ノヒンは褒めるものは褒めるし、好きな物は好きだと言う。性格が真っ直ぐなだけに、思ったことを素直に口にしてしまう。もちろん酒が入っているせいで、普段よりも少し口が軽くなってはいるが──
「な、なんだ? な、何か新しい嫌がらせか?」
「ちっ、素直に受け止めろよ」
「お、おま! お前も舌打ちしてるじゃないか!」
「だな。それより『貴様』じゃなくなってるな?」
「う、うるさいうるさい! 酒だ! 酒を持ってこい!」
「あぁもうめんどくせぇな。これくらい薄めりゃ飲めんだろ?」
ノヒンがコップにウォッカを注ぎ、水で割る。
「……くっ……手際がいいじゃないか」
「なんで悔しそうなんだよ。お前あれだな? なんかかわいいな?」
「……だめだ……なんだか体が熱くなってきた……」
「あぁ? まだ濃かったか? ……って全然薄いじゃねえかよ。こんなん水だ水」
「お前……全然酔わないんだな?」
「そうか? ちったぁ気持ちがよくなってるぜ?」
「私は剣でも負け……酒でも負けるのか……うぅ……うっ……うっ……」
「今度は泣き始めやがった……忙しいやつだな」
「う、うるさい! 私だって泣きたくもなるさ! なんなんだお前は! 団に入ったかと思えば瞬く間に隊長まで上り詰め! 気付けばラグナスの隣はいつもお前だ!」
「隊長ったって副団長の方が上だろ? お前の方がすげぇよ」
「そんな訳ないだろう!? どう見たって! 誰が見たってお前が上だ! 私が先に団にいて! 私が先に副団長になっただけ! 団員達だってお前の方が副団長に相応しいと思っているはずだ!」
「だとよ? おめぇらもそう思うか?」
ノヒンが後ろのテーブルに話しかける。
「そんな訳ねぇだろうが! ノヒンが副団長だと!? こいつぁ確かにすげぇが隊長くれぇで止めとかねぇと団が潰れちまう! 頼むから副団長辞めるとか言うんじゃあねぇぞジェシカ!」
後ろのテーブルにはヒンスがいた。ヒンスがユーデリーの戦いの後で加入した新人達を連れ、先輩風を吹かせようとやってきたようだ。
「うわぁ! ジェシカ副団長にノヒン隊長だ! 僕はクラインと言います! ユーデリーで奴隷として働いていたのであの日の戦いは見ていました! 城壁の上でバリスタの矢を運んでいたので二人の勇姿……かっこよかったです! 僕は二人に憧れてレイナス団に入ったんです! よろしくお願いします!」
十歳くらいの少年が元気よく挨拶し、ジェシカとノヒンに握手を求めてきた。
「ちっ、こういうのは柄じゃねぇんだけどな。まあ頑張れよ」
ノヒンが握手すると、クラインは跳ねて喜んだ。
「よ、よければジェシカ副団長も!」
「わ、私もか? 私はあの時……ノヒンに守られていただけで……」
「そんなことないです! ノヒン隊長は割と矢が刺さっていましたが、ジェシカ副団長はあの矢の雨を正確に打ち落としていました! 怪我して片腕だったんですよね? 凄いですよ! 僕は目がいいのでよく見えました! まるでジェシカ副団長の前に見えない壁があるみたいに矢が落ちて……かっこよかったです! 片腕じゃなかったら絶対ジェシカ副団長が城壁を落としていたって思います!」
「そ、そうか……? ま、まあそういうことなら……」
ジェシカがクラインと握手する。平静を装っていたが、顔は嬉しそうだ。
「んでクライン? 誰に矢がぐさぐさ刺さって剣山みてぇだったってぇ?」
「え? え?」
ノヒンがいじわるそうにクラインに詰め寄る。
「やめろノヒン! クラインが怖がってるじゃないか!」
「あぁん? おめぇ褒められたからって調子乗ってんだろ?」
「そ、そんなことはないぞ! まあ嬉しくはあるがな……」
「おうおう頬まで赤らめちまって……」
「ち、違う! これは酒のせいだ! そ、そんなに赤いか!?」
「あぁ真っ赤だぜ? クールな黒豹さんはどこにいるんだろぉな?」
「くっ……ノヒンお前!」
ジェシカが胸をノヒンに押し付け、顔が近付く。下から見上げるジェシカと唇が触れそうな距離。
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