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1話 堕ちる時は

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 「おい! 離しやがれこのクソガキッ!」
 「だぁーれが離すかよ。だったら、金出せよ金。ちょっと肉が食いたくて仕方ないからさぁ」
 
 首を掴まれて持ち上げられる男は、何を言われようと金を出そうとしない。

 当然、持ち上げられているのは俺ではなく、通りすがりの冒険者だが。
 それにしても、仲間の死体がゴロゴロと転がってるのによぉ、よく心が折れないもんだな。
 俺だったら、とっくの前にポッキリ折れちゃってるかも。
 ……仲間なんていないけどな。
 あーあ、悲しいぜ。

 「なぁ、早く出せよ。出したら死ななくて済むんだぜ?」
 「どうせ出した後に殺すんだろうがっ! 俺の仲間を殺したようになぁっ!」
 「あっそ。じゃあ、逝ってら」

 仕方がない。
 金を出せば命が助かったのに。
 馬鹿なやつ。

 俺はそんなことを思いながら、男の腹に掌を当てる。
 直後、水を大量に入れた袋のように一瞬で膨らみ、細い路地に血を撒き散らせながら、跡形も無く消えていった。

 残念なことに服は破れてしまったが、腰につけていた小さな袋は破けずに済んでいた。
 そうそう。
 俺はこれが欲しかったんだよなぁ!

 興奮する気持ちを抑えて、袋の口の部分をゆっくり開ける。

 おおっ! 
 スッゲェ! 
 10万ヴォルも入ってんじゃねぇか!
 こんだけあれば、たっけぇ肉三枚はいけるぞ!
 いやぁ、いい奴見つけれて良かったぜ。

 ……なーんてな。

 「じゃあな、お前から貰った金は大事に使うからな」
 
 もう姿がどこにもない男に、俺はしっかりとお礼の言葉を送った。





 俺は昔からこんなことをしてた訳じゃない。
 真っ当なパーティーに属して、依頼をこなし報酬を貰う。
 ただそれを繰り返す生活だった。
 
 別に俺はその生活が嫌いだったわけじゃねぇよ?
 才能があったのか、俺は剣術が得意で『最強剣士』なんて言われたこともあった。
 どうせお世辞とかだったんだろうけどな。

 当然、聖剣使いとかは不満そうだった。
 お世辞くらい受け流せよな。
 
 まあ、でもなんというか、そのおかげでA級の依頼を達成することが出来て、その分報酬も入ってくる。
 そうなれば自然と美味い飯も食えたし、綺麗な家にも住めた。
 あんまりデケェ声で言うと妬まれるから言えないが、結構いい暮らしはしてたはずだ。

 までは。



 確かあの日は雨が降っていた。
 依頼を達成するのに時間が掛かって、空の暗くなっていたはずだ。
 悪天候や時間が重なり、街にはほとんど人が歩いていなかった。
 その代わりに、多くの家の電気が付いていた。

 あの時は細かいところまでは覚えてないけど、帰ったら何をするか考えていたっけな。

 パーティーに属していた俺だが、正直言ってメンバーと仲良くはなかった。
 きっと、人と関わるのが嫌いな俺が悪かったんだろうな。
 もし仲を深めていたら、あんな事にはならなかったかもしれない。

 傘を差しながら歩いていた時、すぐ近くの細い道から女の悲鳴が聞こえた。
 その悲鳴が恐怖からきていることは、こんな俺にでも分かった。

 助けたらいいことあるんじゃね?
 俺はそんな下心を抱きながら、走って悲鳴が聞こえた場所に向かった。

 「大丈夫かぁ?」

 細い道に入ったせいで、傘を差したままでは走ることも出来ない。
 雨に濡れるのは嫌だけど、チャンスを逃すわけにはいかねぇな。
 そう考えてた俺は、閉じた傘を剣代わりにして、細い路地を進んでいった。

 
 そして、その時がきた。


 「おいおい、全然大丈夫じゃねぇじゃんかよ!」

 可愛い女が、誰かに襲われているのを助ける。
 そんな想像をしていた俺にとって、血を流して倒れている状況なんて想定外でしかなかった。

 どうすればいい。
 取り敢えず血を止めるか。
 てか、まず生きてんのか?

 俺は傘を置いた後、右手を伸ばして女の首に軽く指先を当てた。
 
 「……まじかよ」

 指先からは、感じることの出来るはずの温もりが全く感じられなかった。
 それに加えて、脈も動いていない。

 「死んでんのか……」
 
 誰か呼ぶしかないな。
 
 そう考えた時だった。

 「おい……! やっぱり誰か倒れてるぞっ!」
 「血も流れてる!」
 
 ちょうど良かった!
 これですぐにこの人を運ぶことが出来る。

 「じゃあ今からこの人を——」
 「お前動くなよっ!」
 「おい! 誰か衛兵を呼んできてくれっ! ここに殺人者がいるぞっ!」
 「は!? 俺はちげぇよ! だって、俺が来た時にはもう倒れてたんだって!」
 「嘘をつくなよ! あ、こっちだこっち! ここに居る!」

 なんだよそれ……。
 俺は……俺はちげぇって……。

 
 その後、俺の抵抗は虚しく複数の衛兵に拘束され、しばらく取り調べを受けた。
 しかし、それだけでは終わらず、調査を続けると言われ、牢獄に二週間ぶち込まれた。
 
 結局、証拠不十分ということで解放されたものの、俺が殺人をしたという話は、街中に広まってしまっていた。
 勿論、「犯罪者を置いてはおけない」と言われて、パーティーも追放。
 
 冒険者ギルドからも警告を受け、無期限で報酬の七割を削減ということになった。

 俺がどれだけ説明しようと、誰も信じちゃくれない。

 人が堕ちるには、こんなにも簡単だったらしい。
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