王子殿下の慕う人

夕香里

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嬉し涙へ(2)

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「最初に出会った時から一目惚れだったんだ。──小さい頃からずっと好きだよ。他の誰にも渡したくないくらいには」

何が起こっているのか分からない。唯一分かるのは、彼に抱き抱えられているということで。俗に言うお姫様抱っこ状態だ。

「ずっと?」

頭が回らなくて単語でしか尋ねられなかった。それでも殿下はエレーナの聞きたいことを汲み取る。

「そうだよ。出会った瞬間から」

「私を?」

「君以外にだれがいるの。僕の心をいい意味でも、悪い意味でも乱すのはレーナだけだ」

気を緩めたようにリチャード殿下は笑う。そうなると胸の高鳴りを抑えることができなかった。

「エレーナ・ルイス公爵令嬢」

そっとエレーナを降し、跪く。

「は……い」

「泣かせ、悲しませてしまった自分には、こんなことを申し込む資格がないかもしれない」

そこまで言って、暫し黙り込む。

「──それでも手放せないほど、諦めきれないくらい愛しているんだ。だから私と──婚約していただけませんか」

そう言ってまだエレーナの顔に残っていた涙を優しく拭う。

差し出された手、ずっと願ってきた。欲しかった。その手を取るのは自分がいいと思っていた。

「私……でいいのですか?」

まだ信じられない。殿下が自分のことが好きだなんて。そんな素振りなかったじゃないか。

「他の誰でもない、レーナだから僕の妻になって欲しい」

エレーナの不安を、疑いを、払拭するようにキッパリとリチャード殿下は告げる。

「わ、私は……殿下に他に好きな人がいると思ってっ! こんな想い消さなきゃって、無駄なのだからと」

また視界がぼやける。

「いつ僕が他の人が好きだと言った?」

「だってぇ、何も、今まで、そんなこと言って下さらなかった」

自分のことを棚に上げて責める口調になってしまう。

「気がついてくれるかなと思ったんだ」

「分かるわけないじゃないですかぁ」

「──自分からデビュタントの令嬢にダンスを申し込んだのはレーナだけだよ?」

「あれ……は、リチャード殿下は優しいから私を助けてくれたのかと」

「それ以外にも先日の舞踏会があるよ。ファーストダンスに誘った」

「それはっ殿下の慕う人が舞踏会に居なくて、代わりに私を選んだのかと」

「踊るのは強制ではない。踊る相手がいないなら踊らないよ」

「だって、だって、そんな」

立ち上がったリチャード殿下の胸を、思わず握った拳でポカポカと叩く。

「もっと早く、言ってくださればいいのにぃ」

そうしたら、こんな苦労をしなかった。こんな悲しまなかった。無理に婚約者を探そうなんて思わなかった。両思いなんて誰が想像出来るというのか。

「ごめん。僕だってこれでも自信がなかったんだよ」

声を上げて泣くエレーナの背中をリチャード殿下は優しくさする。

「満足したかい? 他にも言いたいことがあるなら、悪口でも罵倒でも何でも受け止めるし、全部聞くよ」

そっぽを向いて耳を塞ぐ。

ここに来るまでの約二ヶ月間以外でも沢山泣いたし、悩み、後悔した。少しぐらい意地悪してもいいだろう。

無視して庭園の方に戻ろうとすれば、リチャード殿下はエレーナを自身の腕の中に閉じ込め、耳元で甘く囁いた。

「──婚約、してくれますか。僕の可愛いレーナ」

(……反則すぎるわ)

たった一言だけなのに、自分にとっては効果絶大で顔が赤くなるのを止められない。耳まで真っ赤な気がする。

答えなんてとっくのとうに出ていた。彼だってそれは分かっているのに。ふくれっ面になったエレーナを見てクスリと笑う。それは小さい頃からずっとエレーナだけに向けられていた表情だった。

「返答してくれないと困るんだけどなぁ。どっちだい? まさかしてくれないの?」

小さい子と視線を合わせるかのように、リチャード殿下は屈んで、俯いているエレーナを下から覗き込む。

「…………」

ふるふると首を横に振る。

「──じゃあ、してくれる?」

答える代わりに大きく何度も頷き、ギュッと首に手を回して抱きつけば、腰に腕を回され、足が地面から離れる。

「…………私がこれまで泣いた理由は全部リチャード殿下のせいです。擦り付けるなと言われても、ぜんぶ、ぜーんぶリチャード殿下のせいです」

「うん」

拗ねるように言う愛する人が可愛くて仕方がないとばかりに、リチャードはエレーナを見つめる。そして彼女の顔にかかっていた天鵞絨の髪を耳にかけてあげた。

「だから────その分幸せにしてくださらないと許しません」

涙目になりながらエレーナはリチャード殿下を睨みつける。しかしリチャードにとってそんな様子の彼女は可愛い以外の何物でもないので、笑みがこぼれただけだった。

「言われなくても。僕の一番大切で、愛している相手はレーナだから」

強く吹いた風によって周りに咲いていた花弁が宙に舞い、想いが通じ合った二人の姿を隠したのだった。
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