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第二章 アルメリアでの私の日々
束の間の平穏
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アルメリア魔法学校のダンスパーティーは、夏季休暇に入った一週間後に行われるという奇妙な日程だった。
そのため生徒達は最初の一週間は帰郷せず、残る者もいる。が、大半は王都内に邸宅があるので、終業式の日は帰宅する生徒で寮内が慌ただしくなる。
「私のブラシどこ~~~!!!」
「あなた、それわたくしの鞄よ!?」
「ぎゃあ! だ、だ、誰ですか! ここに飲みかけの飲料水を地面に置いたのは! 床がびしょ濡れですよ!」
「先生それあの男子ですよ」
「おい、バラすなよっ」
「コラ! 待ちなさいっ」
部屋の外から聞こえてくる声はてんやわんやしている。
終業式が午前中に終わり、みんな自宅へ帰ろうと身支度しているのだ。もちろん私もソルリアに帰る────といいたいところだが、今年の夏はアルメリアに留まることにした。
帰ってもそれほど長くソルリアに滞在するのが難しいのもあるが、何よりマーガレット王女が心配なのだ。
私が出来ることなんてあまり多くないけれど、誰かがそばに居てくれるというのは時にとても心の支えになるものだ。
マーガレット王女とアレクシス殿下は王宮に戻るらしいので、私も夏の間居住まいをそちらに移すことになった。
という訳で、私も絶賛荷造り中である。
「ルーナ、どこまで進んだ?」
声を張り上げ、別の部屋にいるルーナに尋ねる。
「もう少しです。お嬢様の方はどうでしょう」
「私ももうちょっとで……あっ」
戸棚をゴソゴソしていたら見つけてしまった。青い箱に入った球体を。
(私、ここにしまってたんだ)
中身を取り出す。漆黒の中にきらきらと輝く星型の魔力。それは以前、私が授業で作ったメモリアだった。
ギルバート殿下に送ろうとしたが、返却された時は色々立て込んでいて、落ち着いたら手紙と共に送ろうと戸棚にしまった事を忘れていたらしい。
「うーん持ってって王宮で手紙書いてから送ろうかしら」
そういえば最近ギルバート殿下に手紙を書いていない。
彼からは相変わらず定期的に送られてくるのだが、私を気遣ってくれているのか、返信は不要と毎回最後に追記されているのだ。
そのためギルバート殿下の手紙三通に対して私が一通という最低な返信頻度である。本当に申し訳ない。
増やそうと思うのだけれど、切手が不足していたり、課題提出が立て込んでいたりで中々ゆっくりする時間がなかった……のは言い訳だ。
メモリアを胸元に引き寄せる。
(私だけがはしゃいでるようで虚しくなるから……今は良くても)
それに、送ったところで数年後には全て破り捨てられてしまうだろう。嫌いな婚約者からの手紙なんて手元に残すはずがない。
まだ来ない未来を考えてしまったら、彼の髪色と同じ蒼色のインク壺にペン先を浸し、紙にペンを滑らせ、アルメリアでの日々を綴ろうとしても、そこで手が止まってしまうのだ。
ギルバート殿下から送られて来るささやかな日常を綴った手紙は大好きなのに。同じように彼だってもしかしたら私から送られてくる手紙を、待ち望んでいるかもしれないのに。
──私は怖気づいて送れない。
「今は今、未来は未来、結末は変えるって決めたんだから」
今から捨てられるなんて考えていたら本当にその通りになってしまう。
「メモリアは送るって前々から決めてたし、王宮で荷解きしたら手紙書こう」
メモリアを箱に戻し、自分で運ぶ小さめの鞄に割れないよう慎重に入れ、お手紙セットも隙間に詰め込んだ。
「ターシャ、用意できた?」
ひょっこりドアから顔を出したのは、邪魔にならないよう髪を高い位置で一つ結びにしたマーガレット王女だ。
「たぶん終わりました!」
入れ忘れがある気がしなくもないが。王宮と学校は近いし、寮は夏でも開いているので取りに戻ればいい。
「迎えの馬車が到着したらしいの。荷物を先に乗せたくて」
「分かりました。すぐ行きます」
取り敢えず着替えを入れた大きい方のバッグを持ち上げる。よろけながら廊下に出ると、そこにはアレクシス殿下がいた。
「貸して。私が持ってくよ」
「アレクシス殿下のお手を煩わせる訳には……! 私でも運べます……きゃっ」
言ったそばから転びそうになった。
「すみません。ありがとうございます」
とっさにアレクシス殿下が私を支えてくれたことで、顔面強打を回避できた。
「ほら、危ないからもらうよ」
あっさりバッグを奪われてしまう。
「お兄様、これも運んで。マリエラが運ぼうとしたけれど、とっても重そうだったから止めたの」
部屋から出てきたマーガレット王女が空いていた右手に荷物を握らせた。
「うおっ結構重いね。何が入ってるのさ」
「宝石とか持って帰る物の中でも重たいものを集めたから。というか、お兄様はもう終わったの?」
「もちろんだよ。全部運んだから手伝いに来たのさ」
そう言うとアレクシス殿下は荷物を馬車に持っていくため場を後にした。
それから数十分後ようやく全部馬車に詰め込み終わり、あとは私達が乗るだけとなった。
「休暇中、ターシャ行きたいところはある?」
「そうですね……アルメリアは王都以外訪れたことがないので、マーレのお気に入りの場所に行ってみたいです」
「それだといっぱいあって迷っちゃうわね。どこを案内しようかしら」
頬に手を当ててマーガレット王女は考え込む。その様子を私はじっと見つめていた。
(よかった。元気そうだわ)
化粧で隠している可能性もあるが、肌の血色もよく、クマもない。
魔力欠乏によるホウキからの落下から、そこそこの日にちが経った。あの日から数日間はまだ本調子ではなかったようで、青ざめている姿もあったが、さすがに全回復したようだ。元気溌剌である。
とはいえ、次また同じことがあったら怖いからと、今でも毎日マーガレット王女は体内の残存魔力量をアレクシス殿下に量られている。
「過保護だわ」と言いつつも彼女はそれを受け入れ、嫌がる素振りは魅せない。毎朝アレクシス殿下に大人しく手を差し出している。
相変わらずシェリル様はジェラルド様と一緒に居るようで、ちょくちょく噂が私のクラスまでも届く。
しかしマーガレット王女は平常運転だ。特に取り乱した様子も、感情を露わにすることもない。代わりに毎回どこからともなく私の前に現れるエリザベス様の方が憤っている。
私はと言うとマーガレット王女が決めたことなので、もう何も言わないことにした。
彼女はこの選択を全てを覚悟の上で自ら選んだのだ。これ以上説得しようとするのは、無駄というよりもただ単に私の思いの押し付けになってしまうから。
「水が有名だからやっぱり海? でもそんなド定番……」
私をどこに連れていくかという心の声が漏れていて、私はくすりと笑ってしまう。
しばらくしてマーガレット王女はぱっと顔を上げた。
「ターシャ、高原はどう? 標高が高いから涼しいわ」
どうやら水から離れたらしい。身振り手振りを駆使して山を表現するマーガレット王女は可愛らしかった。
「いいですね。牧場とかありますか?」
「あるわよ。もふもふからすべすべの動物まで沢山いるわ」
「ならそこに行ってみたいです」
そんな話をしながら馬車に乗り込んだのだが、何も解決しないままダンスパーティーまで一週間を切っていた。
そのため生徒達は最初の一週間は帰郷せず、残る者もいる。が、大半は王都内に邸宅があるので、終業式の日は帰宅する生徒で寮内が慌ただしくなる。
「私のブラシどこ~~~!!!」
「あなた、それわたくしの鞄よ!?」
「ぎゃあ! だ、だ、誰ですか! ここに飲みかけの飲料水を地面に置いたのは! 床がびしょ濡れですよ!」
「先生それあの男子ですよ」
「おい、バラすなよっ」
「コラ! 待ちなさいっ」
部屋の外から聞こえてくる声はてんやわんやしている。
終業式が午前中に終わり、みんな自宅へ帰ろうと身支度しているのだ。もちろん私もソルリアに帰る────といいたいところだが、今年の夏はアルメリアに留まることにした。
帰ってもそれほど長くソルリアに滞在するのが難しいのもあるが、何よりマーガレット王女が心配なのだ。
私が出来ることなんてあまり多くないけれど、誰かがそばに居てくれるというのは時にとても心の支えになるものだ。
マーガレット王女とアレクシス殿下は王宮に戻るらしいので、私も夏の間居住まいをそちらに移すことになった。
という訳で、私も絶賛荷造り中である。
「ルーナ、どこまで進んだ?」
声を張り上げ、別の部屋にいるルーナに尋ねる。
「もう少しです。お嬢様の方はどうでしょう」
「私ももうちょっとで……あっ」
戸棚をゴソゴソしていたら見つけてしまった。青い箱に入った球体を。
(私、ここにしまってたんだ)
中身を取り出す。漆黒の中にきらきらと輝く星型の魔力。それは以前、私が授業で作ったメモリアだった。
ギルバート殿下に送ろうとしたが、返却された時は色々立て込んでいて、落ち着いたら手紙と共に送ろうと戸棚にしまった事を忘れていたらしい。
「うーん持ってって王宮で手紙書いてから送ろうかしら」
そういえば最近ギルバート殿下に手紙を書いていない。
彼からは相変わらず定期的に送られてくるのだが、私を気遣ってくれているのか、返信は不要と毎回最後に追記されているのだ。
そのためギルバート殿下の手紙三通に対して私が一通という最低な返信頻度である。本当に申し訳ない。
増やそうと思うのだけれど、切手が不足していたり、課題提出が立て込んでいたりで中々ゆっくりする時間がなかった……のは言い訳だ。
メモリアを胸元に引き寄せる。
(私だけがはしゃいでるようで虚しくなるから……今は良くても)
それに、送ったところで数年後には全て破り捨てられてしまうだろう。嫌いな婚約者からの手紙なんて手元に残すはずがない。
まだ来ない未来を考えてしまったら、彼の髪色と同じ蒼色のインク壺にペン先を浸し、紙にペンを滑らせ、アルメリアでの日々を綴ろうとしても、そこで手が止まってしまうのだ。
ギルバート殿下から送られて来るささやかな日常を綴った手紙は大好きなのに。同じように彼だってもしかしたら私から送られてくる手紙を、待ち望んでいるかもしれないのに。
──私は怖気づいて送れない。
「今は今、未来は未来、結末は変えるって決めたんだから」
今から捨てられるなんて考えていたら本当にその通りになってしまう。
「メモリアは送るって前々から決めてたし、王宮で荷解きしたら手紙書こう」
メモリアを箱に戻し、自分で運ぶ小さめの鞄に割れないよう慎重に入れ、お手紙セットも隙間に詰め込んだ。
「ターシャ、用意できた?」
ひょっこりドアから顔を出したのは、邪魔にならないよう髪を高い位置で一つ結びにしたマーガレット王女だ。
「たぶん終わりました!」
入れ忘れがある気がしなくもないが。王宮と学校は近いし、寮は夏でも開いているので取りに戻ればいい。
「迎えの馬車が到着したらしいの。荷物を先に乗せたくて」
「分かりました。すぐ行きます」
取り敢えず着替えを入れた大きい方のバッグを持ち上げる。よろけながら廊下に出ると、そこにはアレクシス殿下がいた。
「貸して。私が持ってくよ」
「アレクシス殿下のお手を煩わせる訳には……! 私でも運べます……きゃっ」
言ったそばから転びそうになった。
「すみません。ありがとうございます」
とっさにアレクシス殿下が私を支えてくれたことで、顔面強打を回避できた。
「ほら、危ないからもらうよ」
あっさりバッグを奪われてしまう。
「お兄様、これも運んで。マリエラが運ぼうとしたけれど、とっても重そうだったから止めたの」
部屋から出てきたマーガレット王女が空いていた右手に荷物を握らせた。
「うおっ結構重いね。何が入ってるのさ」
「宝石とか持って帰る物の中でも重たいものを集めたから。というか、お兄様はもう終わったの?」
「もちろんだよ。全部運んだから手伝いに来たのさ」
そう言うとアレクシス殿下は荷物を馬車に持っていくため場を後にした。
それから数十分後ようやく全部馬車に詰め込み終わり、あとは私達が乗るだけとなった。
「休暇中、ターシャ行きたいところはある?」
「そうですね……アルメリアは王都以外訪れたことがないので、マーレのお気に入りの場所に行ってみたいです」
「それだといっぱいあって迷っちゃうわね。どこを案内しようかしら」
頬に手を当ててマーガレット王女は考え込む。その様子を私はじっと見つめていた。
(よかった。元気そうだわ)
化粧で隠している可能性もあるが、肌の血色もよく、クマもない。
魔力欠乏によるホウキからの落下から、そこそこの日にちが経った。あの日から数日間はまだ本調子ではなかったようで、青ざめている姿もあったが、さすがに全回復したようだ。元気溌剌である。
とはいえ、次また同じことがあったら怖いからと、今でも毎日マーガレット王女は体内の残存魔力量をアレクシス殿下に量られている。
「過保護だわ」と言いつつも彼女はそれを受け入れ、嫌がる素振りは魅せない。毎朝アレクシス殿下に大人しく手を差し出している。
相変わらずシェリル様はジェラルド様と一緒に居るようで、ちょくちょく噂が私のクラスまでも届く。
しかしマーガレット王女は平常運転だ。特に取り乱した様子も、感情を露わにすることもない。代わりに毎回どこからともなく私の前に現れるエリザベス様の方が憤っている。
私はと言うとマーガレット王女が決めたことなので、もう何も言わないことにした。
彼女はこの選択を全てを覚悟の上で自ら選んだのだ。これ以上説得しようとするのは、無駄というよりもただ単に私の思いの押し付けになってしまうから。
「水が有名だからやっぱり海? でもそんなド定番……」
私をどこに連れていくかという心の声が漏れていて、私はくすりと笑ってしまう。
しばらくしてマーガレット王女はぱっと顔を上げた。
「ターシャ、高原はどう? 標高が高いから涼しいわ」
どうやら水から離れたらしい。身振り手振りを駆使して山を表現するマーガレット王女は可愛らしかった。
「いいですね。牧場とかありますか?」
「あるわよ。もふもふからすべすべの動物まで沢山いるわ」
「ならそこに行ってみたいです」
そんな話をしながら馬車に乗り込んだのだが、何も解決しないままダンスパーティーまで一週間を切っていた。
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