赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの

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02:里帰り

11:夜会の会場です

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 まさかの人生二度目の王宮。
 四日前にシリルを引っ叩いた馬車の停留所で馬車を降りて、今度はなんだかんだ・・・・・・の方へ向かうことなく、真っ直ぐ正面の大きな建物に向かって歩いた。

 シリルの腕を取り、転ばないように慎重に慎重に。
 あまりに歩みが遅くて色々な貴族さんに抜かされまくり、ついにシリルが焦れた声を出した。
「クリスタ、もう少し早く歩けるか」
「いっぱいいっぱいです」
 ひぃ急かさないで~
 ヒールの高さも場所の緊張感もとっくにいっぱいいっぱいだよ!
「判った、まぁ見せつけるには丁度いいか」
 そんな事を言うと、ことさらゆっくりと歩くシリル。
 理由は兎も角、納得してくれたらしくてほっとする。

 苦労の末にやっとたどり着いた受付は、とても長い列ができていた。
 明らかにわたしの歩みが遅かった所為だ。なんたって抜かされまくったもんね~
 はぁ、この列が捌けるのにどのくらいかかるのやら……
「シリル様。申し訳ございません」
「何がだ」
 そう言うとシリルは列を避けるように脇の方へと歩いていく。
 そこにはお城の使用人が立っているのだが……
「ようこそいらっしゃいましたバイルシュミット公爵閣下」
 こちらが声を掛ける前に使用人は笑みを浮かべて深々と礼を返してきた。
 まさかの顔パス!?
「案内を」
「畏まりました」
 ええっ! なにこの裏技。
 ねぇ公爵ともなるとあの列に並ばなくてもいいの?
 ドレスの順番待ちとは少々違うのだけど、なんだか申し訳ない気分でわたしは会場に入った。


 ここが王宮の、へぇ~
 眼前に広がる煌びやかな世界に感動!
 目をぱちくりと色々な所へ忙しなく動かしていたらシリルから笑われた。
 我に返り先ほどまでの自分を思えば、確かに田舎者丸出しだったなと恥ずかしさを覚える。コホンと一つ咳を挟み、一旦クールダウンだ。
「もう良いのか?」
「ええまだ始まってもいませんもの、後ほどゆっくりと堪能することにします」
「そんな楽しげな場所であれば、少しは可愛げもあるのだがな」
「はい?」
 なにそれどういう意味?
 しかしその話題には触れることなく、
「挨拶に行くぞ、少し付き合え」
「は、はあ」
 まるで初めて会った時の様に、シリルは強引にわたしと手を繋ぐとツカツカと奥の方へ向かって歩いて行った。
 強引なのは今に始まった事ではないが、しかし。歩く速さは手加減しているっぽいから転びそうになることは無い。
 後ろからシリルの姿を見つめながら、変われば変わる物だなとクスリと笑う。わたしは小さく「ありがとう」と呟いた。
「何か言ったか?」
「いいえ何も~」
 気のせいかと首を傾げてシリルは再び前を向いて歩きだした。
 再びわたしはクスリと笑って遅れないように彼に続いた。



 最奥の壁のところまでやって来たシリル。
 誰もいないのだけど……
 いやドアの前に使用人さんが二人いるけどね?
 公爵様がただの使用人に挨拶するとは思えないので最初から除外だよ。

「これはバイルシュミット公爵閣下。
 本日はようこそいらっしゃいました」
 またも顔パス。
 貧乏な上に下級貴族のわたしは大貴族の常識を知らないのだけど、公爵様ってのは王宮にそんなに顔見知りがいるのですかね?
「入れるか?」
「はっ確認して参ります。しばしお待ちください」
 使用人の一人が扉の奥へ消えて行った。

「あのぉ? ご挨拶と言うのは……」
 扉の奥に入った使用人、もはや嫌な予感しかしない。
 だってこの先って、ねぇ?
「叔母だ」
「おばさまですか~」
 予想と違う返答でちょっとだけホッとした。

 わたしが内心でホッと息を撫で下ろしていると先ほどの使用人が帰って来た。
「お会いになられるそうです。
 どうぞご案内いたします」
「ああ頼む」
 ここで『いってらっしゃい~』と手を振って見送れればどんなに楽だっただろうか。
 しかし先ほど繋いだシリルの手はわたしの手を離していなくて、なし崩しにわたしもそのドアを潜ることになった。
 会場裏の通路は、会場の熱気とは真逆にシンと静まり返っていた。
 使用人とわたしたちが歩く足音だけが鳴り響く。
 一つの豪華な扉の前に連れられて、
「中でお待ちです」
「ご苦労」
 使用人が去っていくのを横目で見つつ、シリルがドアをノックすれば、ドアの向こうから「どうぞ」と、若くないご夫人の声が聞こえてきた。

 ドアを開けてシリルが入っていく。
 当然手が繋がれているのでわたしも続いて入るのだが……
「あらシリル、今日はとても可愛らしいお嬢さんを連れてきたのね」
 部屋の中央に座っていた朱いドレスの女性が挨拶よりも先にそんな事を言った。わたしの母が聞けば激怒しそうなマナー違反だ。
 身なりの良い人ほどマナーを護って頂きたいよね~

「お久しぶりです叔母様」
「初めまして、バウムガルテン子爵家の令嬢クリスタと申します」
 チラッと視線が来たが興味なさげにふぃと反らされた。

「それでこの子は何かしら?」
「すでにご存知だと思いますが、俺の婚約者のクリスタです」
「ふ~ん、それは誰が認めたのかしら?」
 再び視線がこちらに、ただし睨みつける様な鋭い物だが……
 ここでハッと気付く。
 もしやこれが噂の強引な手を使う……。えーとご令嬢と言うにはお年を召していらっしゃるけど、まあいいか。
 あれぇでもシリルは叔母様だと言ってたわよね?

「貴族省に書類を出して国王陛下に許可して頂きました」
「わたくしになんの相談もなくこそこそと役人を通すだなんて!
 いいかしらあの人は毎日溜まった書類に印を捺すだけなの、この様なことわたくしは絶対に許しませんよ」
 国王陛下をあの人呼ばわり?
「ああっもしかして王妃様でいらっしゃいますか!?」
 叫んだ所為で二人の視線が一斉にわたしに向いた。
 一つは呆れた視線で、もう一つは、獲物を見つけた鷹の様な鋭い視線だ。
 どっちがどっちかなんて、もはや言うまでもないだろう。
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