忘れられた妻

毛蟹葵葉

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「早く歩きな!グズグズするなよ!」

次の日の朝、着替えもできないままチネロはメイドに頬を叩かれた。あまりの痛さに言われた言葉の意味も理解できずに呆然としていると。

「私たちに逆らうつもりなの?もういいよ。せっかく優しくしてやろうと思ったのに、引きずっていこう」

言うなり、メイドはチネロの髪の毛を引っ張った。

あまりの痛さに声にならない悲鳴を上げると、メイド達はニヤリと残酷そうに笑った。

「お前のせいで旦那様は、不幸になったんだ。このくらいの痛みなんてわけないだろう?我慢しな」

チネロはメイド達に髪の毛を引っ張られて、引きずられながら別邸へと連れて行かれた。

別邸に投げ込まれるように押し込まれると、メイド達は腕を組みながら口を開いた。

「アンタは、ここで、刑期を終えるまで過ごすんだよ。食事は死なない程度に持ってきてやる。感謝しな?あと、無駄遣いはさせるなと旦那様に言われている。持ってきた荷物でどうにか生活するんだね。持ってきた物そっくりそのままで家に返してやれって言われたからね」

そう言われてチネロは、荷物を捨てられなかった事に安堵した。
亡くなった母の遺品なども持ち込んでいるので、捨てられてしまったらどうしようかと不安になっていた。

「食事をやるのも嫌なんだけどね。出して貰えるだけありがたく思いな」

別邸の扉はチネロの鼻先で勢いよく閉められた。

薄手の寝衣は、引き摺られたせいでズタズタに破れていた。
身体中には引き摺られたせいで擦り傷だらけで、怪我をしたことよりも、裸同然で引きずり回されたことの方がチネロにとっては辛かった。

人の尊厳すら踏み躙られて、これを3年間耐えられるだろうかと不安になっていた。


3日経ってチネロにはじめての食事が出された。

置かれてあったのはパン一つだった。カビが生えていない物の、硬くなり、靴で何度も踏まれた跡があった。
お腹の空いたチネロは、土の跡を落として泣きながらそれを食べた。
3年後自分はどうなっているのだろうと、恐怖を感じながら。

チネロは逃げたくて仕方なかった。
けれど、チネロが逃げ出したらエセクター家が何かしら咎を受ける。セインなら法外な慰謝料を請求するかもしれない。
もしも、そうなったら弟と父は路頭に迷うだろう。

たとえ、死んだとしても同じような事をセインならしかねない。自分に向けられた憎しみは強い物だった。

絶対に私は死んだらいけない。生きて帰るのよ。

チネロはそう自分に言い聞かせると、次にいつ食事の差し入れが入るかわからないので、余計な体力を使わないために横になった。
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