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 幼い頃、両親から顧みられなかったが、それでも、寂しさを感じる事はなかった。
 記憶なんてほとんどないのに、なぜかそんな気がした。
 
『大丈夫だよ。僕がいるから、寂しくないよ。あの人達なんか気にしなくていい』

 誕生日を両親にすっぽかされるたびに、悲しむ私に優しく声をかけて、慰めるように頬に口付けをしてくれたのは……。

「レオ兄さん」

 微睡の中で見たものは、帰ってこなくなった優しい兄との思い出だった。
 兄は、彼だけは私の事を愛してくれた。すっかり忘れていたけれど。
 熱が下がったあの日から、私は兄がみんなと同じだと思って避け続けてしまった。
 私は眠りながら泣いていたようだ。

 レオ兄さんの顔が無性に見たい。寂しさでどうにかなりそう。
 だけど、兄が取り付けてくれたフレディとの婚約をダメにしてしまった私はそんな資格もない。

 まだ、ぐずぐずと涙は止まらず。視界は滲む。
 
「目が覚めましたか?」

 声をかけられて、ベッドの上に横になっている事に気がついた。
 そして、添い寝するようにナイジェルが横たわっていた。

「……はい」

 なぜ、私と一緒のベッドにナイジェルと寝ているのか不思議だったが、今はどこにいるのか知りたかった。

「あの、ここは?」

「本当は早く領地に帰りたかったのですが、アストラ嬢の体力的に厳しいという事で宿を取りました」

 私のためにかなり気を遣ってくれている事だけはわかった。
 ベッドはふかふかでかなりいい宿のようだ。

「あ、ありがとうございます」

 お礼を言うと、ある事に気がつく。
 ナイジェルの両頬がうっすらと赤くなっていた。

「あ、あの、大丈夫ですか?頬が……」

 かぶれたのか叩かれたのか、わからないが、ナイジェルの頬に手を触れると少しだけ熱い。

「大丈夫ですよ」

 ナイジェルの大きな手が私の手を包み込む。
 手は温かくて、レオナルドの事を思い出していた。
 金髪とアクアマリンの瞳をしているレオナルドと、黒髪と赤い目をしているナイジェルは似ても似つかないが、私に向ける柔らかな表情がどこか重なって見える。
 ナイジェルからは、悪意も害意もない。
 初めてフレディと出会った時、彼は誠実で優しかった。しかし、それは自分の役割が婚約者だからこその態度だった。
 ナイジェルの態度はそういったものではない。
 レオナルドが私に向ける優しさに近い。純粋な好意という物だろうか。

 初対面の相手と一緒のベッドで寝ている状況は、明らかにおかしいのに、それなのに、ナイジェルの蕩けるような微笑みを見るとそれが心地よくて動きたくなくなる。

 どうしよう。

 そう思った時、扉が吹っ飛んだような音と共に、一人の少年が部屋に入ってきた。

「何やってるんですか!自分の部屋で休んでろってあれほど!」

 その少年は唾を飛ばさん勢いでナイジェルを怒鳴りつけていた。
 怒られたナイジェルは、みるみる表情を曇らせる。

「……だって、心配で」

 しょんぼり。という効果音が聞こえてきそうだ。

「だってじゃない!アストラ様といると理性を無くすんだろうが!」

「……でも」

 ナイジェルが言い返そうとすると、少年はズカズカとベッドに近づいてきた。
 ナイジェルと同じ黒髪をしていて、瞳は青い。
 そして、ナイジェルの耳たぶを掴んでこう叫んだ。

「アストラ様に嫌われたくなかったら、出ていけ!」

 ナイジェルは、その言葉がかなり応えたのかビクッと身体をこわばらせてすぐに部屋から出ていった。

「アストラ様?」

「は、はい」

 少年に名前を確認されて、怒られると思いビクビクと返事をすると。

「ナイジェル様は、今はあんなんですけど、普段はシュッとしてカッコいいんですよ。何言ってるかわからないかもしれないですが、信じてください」

 少年は謎のフォローをした。
 私は別にナイジェルが少し変かもしれないとは思ったが、カッコ悪いとは思ってない。
 私が少年に名前を聞くと、「マリカ・カラスです」と教えてくれた。
 今は少年の格好をしているが女性らしい。
 
「とにかく、無事に見つかってよかったです」

 マリカの口ぶりから、本当に心配してくれていたのが伝わってきた。

「貴女を探している間、ナイジェル様なんて見ていられなくて、今は変ですけど落ち着いたらまともになりますから、手遅れにならない程度の事をされても、犬に噛まれたとでも思って広い心で許してやってください。お願いします」

 ナイジェルをフォローしているのだと思うのだが、何を言っているのか少しわからなかった。
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