「俺の子じゃない」と言われました

ともどーも

文字の大きさ
6 / 45

五話 幸福な歌

 教会に身を寄せた翌日、見慣れた鞄が私の個室に届けられた。
 ブロリーン男爵家からローゼンタール伯爵家に嫁ぐときに持っていった、愛用の旅行鞄だった。

 シスター・ハンナは微笑むだけで、誰が持ってきたのか教えてくれなかった。
 ただ、「あなたは一人じゃない。あなたを大切に思ってくれる味方はいます。大丈夫。今は難しく考えないで心と体を労わりなさい」と、優しく声をかけられた。

 そういえば、シャンドリー卿の傷をお医者様に診てもらえたという話を聞いた。
 定期的に孤児院の子供達へ健康診断に訪れるお医者様がいるらしく、朝早くに来られて、シャンドリー卿の足の治療をしてくれたそうだ。
 彼のいう通り、骨に異常はなく打撲と診断されたらしい。ただ、昨晩から熱を出しているとのこと。見舞いに行きたいと申し出たが、私も無理をすれば体を壊してしまうから、二人が落ち着いてから面会するように勧められた。

 遅めの朝食を部屋でいただき、届けられた鞄の中を確認する。
 そこには、オムツや赤子の服、女性の下着と、町娘風のワンピースや靴、金貨十枚、手紙が入っていた。

『リリーシア様へ
 あまり時間がないので、手短に。申し訳ありません。
 オムツや衣類等は店で適当に購入した物です。好みに合えば幸いです。
 少ないですが金貨も入れてあります。
 必要な物はそちらで購入してください。
 リリーシア様の日記帳はお預かりしています。
 私共で、独自に再調査し、リリーシア様の無実を証明してみせますので、どうか気持ちを強くお持ちください』

 差出人の名前はどこにも記載がない。
 滑らかで美しい字。
 鞄に抜かりなく女性の下着等が入っていたので、服をつめた人は女性の可能性が高い。
 私の日記帳を預かっていると記載がある。
 ローゼンタール伯爵家の関係者ね……

 誰だろう……

 身の回りの世話は、基本的にイモージェンが取り仕切っていた。メイドのアンリ?サディア?それともクローズ?

 たぶん、全員違うわ。

 遠目だったが、ローゼンタール伯爵家の外門を閉じられたとき、玄関前で嘲笑している姿が見えた。

「……」
 思い出すと胸が痛い。
 あんなに仲良くしていたのに……

 不意に頭をよぎるのは、妊娠中、気晴らしのため、庭園で彼女たちとピクニックをした光景だった。

『リリーシア様は本当にお優しいです』
『旦那様は幸せ者ですね』
『どこから見てもお似合いのお二人ですわ』

『お二人の幸せがいつまでも続くことを、家臣一同願っていますわ』

 柔らかな日差しの中、彼女たちは笑って……私たちを祝福してくれた。
 その裏で、イモージェンはエドワードと不貞行為をし、きっとメイドたちは私のことを笑っていたのだろう。
 人とは、恐ろしいものなのね。

 でも……

「これが貴族社会なのよね……」
 隙を見せれば簡単に蹴落とされる。
 エドワードに『愛されて結婚した』と、油断していたのは否めない。最終決定権を持っているエドワードが味方なのだから、必ず私を守ってくれると信じていた。

 バカよね……
 エドワードからの信頼や愛情を失えば、こんなにあっさり捨てられるのに。

「ふっ……ふぇ……」
 娘がグズリ出した。

 オムツかしら?
 確認したけど汚れていない。
 唇に指を当てると、唇がムニムニと動いた。
 さっき授乳したのに足りなかったのかしら?

 手早く前を開き、娘にお乳をあげる。
 力強く吸い付く姿は、本当に可愛い。

「いっぱい飲んで、元気に育ってね」
 返事をするわけではないが、お乳を飲む姿に娘の生命力のようなものを感じる。
 生まれたばかりなのに、生きるために必死に飲んで、意思を伝えるために泣いて、大きくなるためによく寝る。

 この愛しい存在を、守りたい。
 いいえ、絶対に守るわ。
 そのために、まずは名前を決めなくちゃ!
 どんな名前にしようかしら…… 
 この子には幸せになって欲しい。
 いっぱい笑って、みんなに愛されて。
 それから……強い子になってほしい。
 ずる賢いとか、強かなといった強さではなくて、心に一本筋が通っている、誇り高く、誠実な人になって欲しい。

 娘の顔を見たら、口を動かしながら目をつぶっている。どうやらお乳を飲みながら寝てしまったようだ。

「ふふっ……」
 可愛くて、頭を優しく撫でると、思い出したように口を動かす。
 このまま寝かせてあげたいが、ゲップをしないとお乳を吐き出してしまうわ。
 私は娘の体を持ち上げ、背中をトントンと叩いた。

「……けぷっ……」
 可愛いゲップだ。

「ふぇ……ふぇっ……」
「ごめんね、起こしちゃったね」
 私は立ち上がり、体を優しく揺らした。

 リズム良く揺れていると、外からかすかに歌声が聞こえた。
 窓を開けると、子供たちの歌声だとわかった。
 どうやら、子供たちが結婚式の聖歌を練習しているようだ。

『誠実な気持ちで進み行かれよ
 愛の祝福に満ちた場所へ
 誠実なる勇気と愛の恵みにより
 汝等は貞淑で祝福された夫婦となろう

 若き勇者 歩み行かれよ
 若き花嫁よ 歩み行かれよ
 祝宴のざわめきはもう過ぎ去った
 心の歓喜に満たされる時なり』

 貴族街の大聖堂で結婚式を挙げたときに、この歌を聞いた。規律を重んじるような一糸乱れぬ歌声だった。
 同じ歌なのに、今聞いている歌はとても自由な気持ちになる。歌っている子供たちが自由に歌っているからだろうか?

 窓の下を見ると、子供五人が輪になって、楽しく歌っていた。
 みんな目を合わせお互いに意思疎通を図り合う。さらによく見ると一人で歌うパートがあるのかと思えば、また全員で息を合わせる、等々変幻自在に歌っている。

 自由で、楽しく、そして何より美しいと感激した。

 あぁ……

「アリア……」
 古代語で『幸福な歌』という意味がある。
 幸せな歌を誰かと歌い合える。そんな人生をこの子に歩んでほしいと思った。
 
「あなたの名前は、アリア。アリア」
 名前を呼ぶと、瞳がこちらを見た。

「気に入った?」
 返事をするわけではないが、何だか嬉しそうにしているように感じた。ふふっ、違うわね。私が嬉しいの。

 私、母親になるのね。
感想 221

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【今さら遅い】毒で声を失い公爵に捨てられた私。妹では精霊が応えず国は滅びへ。ですが隣国皇帝に溺愛される私に、今さら縋ってきても遅いです

唯崎りいち
恋愛
国一番の歌姫だった私は、妹に毒を盛られ声を失い、婚約者に捨てられた。 すべてを奪われた私を救ったのは、隣国の皇帝。 「お前の歌がなければ国は滅びる」と言われた私の歌は、精霊に届く“本物”の力を持っていて―― 一方、私を追放した国は偽物の歌では加護を失い衰退。 今さら元婚約者が縋ってきても、もう遅い。

「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました

唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」 不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。 どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。 私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。 「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。 身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

婚約者と家族に裏切られたので小さな反撃をしたら、大変なことになったみたいです

柚木ゆず
恋愛
 コストール子爵令嬢マドゥレーヌ。彼女はある日、実父、継母、腹違いの妹、そして婚約者に裏切られ、コストール家を追放されることとなってしまいました。  ですがその際にマドゥレーヌが咄嗟に口にした『ある言葉』によって、マドゥレーヌが去ったあとのコストール家では大変なことが起きるのでした――。

『「ママは我慢してればいいんでしょ?」と娘に言われた日、私は妻をやめた』~我慢をやめた母と、崩れていく家族、そして再生~

まさき
恋愛
私はずっと「いい妻」でいようとしてきた。 夫に逆らわず、空気を読み、波風を立てないように生きる。 それが、この家を守る唯一の方法だと思っていた。 娘にも、そうであってほしかった。 けれど── その願いは、静かに歪んでいく。 夫の言葉をなぞるように、娘は私を軽んじるようになった。 そしてある日、夕食の後片付けをしていた私に、娘は言った。 「ママはさ、我慢してればいいんでしょ?」 その一言で、何かが壊れた。 我慢することが、母である証だと思っていた。 だがそれは、私自身をすり減らすだけの“呪い”だった。 ──もう、我慢するのはやめる。 妻であることをやめ、母として生き直すために。 私は、自分の人生を取り戻す決意をした。 その選択は、家族を大きく揺るがしていく。 崩れていく夫婦関係。 離れていく娘の心。 そして、待ち受ける“ざまぁ”の行方。 それでも私は問い続ける。 母とは何か。 家族とは何か。 そして──私は、どう生きるべきなのか。

お姉様、今度は貴方の恋人をもらいますわ。何でも奪っていく妹はそう言っていますが、その方は私の恋人ではありませんよ?

柚木ゆず
恋愛
「すでに気付いているんですのよ。わたくしやお父様やお母様に隠れて、交際を行っていることに」 「ダーファルズ伯爵家のエドモン様は、雄々しく素敵な御方。お顔も財力も最上級な方で、興味を持ちましたの。好きに、なってしまいましたの」  私のものを何でも欲しがる、妹のニネット。今度は物ではなく人を欲しがり始め、エドモン様をもらうと言い出しました。  確かに私は、家族に隠れて交際を行っているのですが――。その方は、私にしつこく言い寄ってきていた人。恋人はエドモン様ではなく、エズラル侯爵家のフレデリク様なのです。  どうやらニネットは大きな勘違いをしているらしく、自身を溺愛するお父様とお母様の力を借りて、そんなエドモン様にアプローチをしてゆくみたいです。

隣にある古い空き家に引っ越してきた人達は、10年前に縁を切った家族でした

柚木ゆず
恋愛
 10年前――まだわたしが男爵令嬢リーリスだった頃のこと。お父様、お母様、妹は自分達が散財した穴埋めのため、当時住み込みで働いていた旧友の忘れ形見・オルズくんを悪趣味な貴族に高値で売ろうとしていました。  偶然それを知ったわたしはオルズくんを連れてお屋敷を去り、ジュリエットとガスパールと名を変え新たな人生を歩み始めたのでした。  そんなわたし達はその後ガスパールくんの努力のおかげで充実した日々を過ごしており、今日は新生活が10年目を迎えたお祝いをしていたのですが――その最中にお隣に引っ越してこられた人達が挨拶に来てくださり、そこで信じられない再会を果たすこととなるのでした。 「まだ気付かないのか!? 我々はお前の父であり母であり妹だ!!」  初対面だと思っていた方々は、かつてわたしの家族だった人達だったのです。  しかもそんな3人は、わたし達が気付けない程に老けてやつれてしまっていて――