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18 契約 ※暴力あり

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   回り道をして一行が王都に到着するのに約半月かかった。

 その間ニールはなんとかサフィニアの気を引こうと色々手を尽くしてみたが、結果は芳しくなかった。


  一方のサフィニアは窓の外が見慣れた風景に変わっていっても、特に何の感慨も沸かなかった。

 王都にはあまり良い思い出がなかったからだ。

 むしろこれからの生活がどうなるのか、そのことでサフィニアの頭はいっぱいだった。


 走り続ける馬車の行き先が嫌な記憶を辿っていることに気づいたサフィニアが、

「何処に行くんですか?」
 
 と問うと、ニールはフィカス邸だと当然のことのように答える。

 「嫌です!行きたくありません!」

 いつも冷静なサフィニアが走る馬車の中で叫んで立ち上がろうとした。

 「危ないから座って!」

 ニールが押さえるとサフィニアの顔は蒼白になって息が荒く指先は震えている。

 驚いたディーノはアンヌに取り縋って泣き出してしまった。



 サフィニアの心の傷が想像以上に深いことを目の当たりにして、ニールは強い衝撃を受けた。


 
 フィカス邸は俺が何度もサフィニアおまえを犯した場所。

 母がサフィニアおまえを貶め、口汚く罵った場所。

 俺の父親とお前の父親が、サフィニアおまえを交渉材料に取引をした場所。

 そんな場所に平気でサフィニアを連れて行こうとした自分。


 ニールは今更ながら自分が仕出かした罪に傷つきながら、御者に行き先の変更を告げた。


 
 一行は王都中心街の高級ホテルに着いた。
 
 ニールはサフィニアとアンヌ、ディーノの為に贅沢すぎる部屋を取ってくれて、

「1週間押さえてあるが、延長もできるから」

 と言った。

 そして、

「今後のこともあるから、どうしても二人で話がしたい」

 と遠慮がちに提案した。

 サフィニアとアンヌは目で会話して、アンヌが渋々頷いた。

「ディーノは私が面倒見ているから」

 心配そうな声のアンヌはニールを疑うような目で見て、

「気をつけて」

 とサフィニアに言った。

  あまりの信用の無さに不貞腐れそうになったニールだが、まあ、それも自分のしてきたことの結果と甘んじて受けることとした。

 
 ニールとサフィニアは密談する時などに使う個室の喫茶室を用意してもらって、そこで話をすることになった。

  サフィニアはテーブルを挟んだ向こう側に椅子を壁側にずらして座った。

 「そんなに警戒しなくても」

  ニールは軽く笑ってみたが、サフィニアはニコリともしなかった。

  「お話って何ですか?」

  「・・・君と結婚したいと思っている」

  サフィニアは眉根を寄せて、

「王家に繋がる高貴なお生まれの、
美しくも若き侯爵ニール・フィカス様が身分の低いコブ付の女をわざわざ嫁にしようと?」

 「・・・君とディーノを守るには、それが一番じゃないかと」

「学院時代もご令嬢達から大変人気がおありでしたわよね?
 ご結婚はなさらなかったの?」 

「・・・した、一度。
 でも、うまくいかなかった」

  サフィニアは どうでもいいけど、と言いたげな顔をした。

「セリーヌ。覚えてるか?学院で一緒だったセリーヌ・リベカ侯爵令嬢」

 「あら、お似合いじゃない。
 彼女ならフィカス侯爵夫人、・・・前侯爵夫人のお眼鏡にかなったんじゃなくて?」

 「セリーヌと母は折り合いが悪かったよ」
  
 サフィニアはもありなん、という表情をしてから、

「お子さんはいらっしゃらないの?」

 と聞いた。

「いる。一人。4才の男の子だ」

 「跡継ぎにも恵まれてフィカス侯爵家の前途は洋々ですわね」

 「君のことが忘れられなかったんだ」

 「・・・・。

    侯爵様は散々私を貶めた母親のいる家に連れて行って、私を虐め抜いた女の子供を育てろと仰るの?

 嫌がらせもここまでくると笑えるわ」

 「そんなつもりじゃ・・・」

「お断りよ」

「母は領地に送って君とは二度と顔を会わせないようにする。

 あの家が嫌なら別の邸を用意する。

 息子も、リベカ侯爵家で引き取ってもらってディーノを跡継ぎにしてもいい」

 
「・・・呆れた。  
 
  セリーヌ・リベカなんて大嫌いだけど、流石に同情するわ。
 
 どこか欠けた人間だとは思ってたけど、まさかここまでとはね。

 せめて自分の息子くらい愛情と責任をもって育てたらどうなの?」

「・・・俺にはお前しかいない。
 全部捨ててもお前しかいないんだ」

 「嫌よ」

 にべもない拒絶にニールも沸点を超えた。

 「ここまで逃げて来るにも相当な金がかかったんだよね」

 言うつもりの無い言葉が口をついて出てくる。

「耳を揃えて返してもらってもいいんだ」
  
 冷たい口調は止まらない。

「ジュスト殿下がくれた金があるかも知れないが、それを払ったらいくらも残らないだろうね」

 誰か止めてくれ。

「どうやって生活するつもり?グルーミー商会では雇ってもらえないよ。
  まともな就職先は見つからないだろうね。
 だって俺が潰すから」

 こんなことが言いたいわけじゃないのに。

「あ、そうか。娼婦にでもなる?
 
『ウィーキヌスの王太子の元愛妾』

 売れっ子間違いなしだね」

 「わかりました。明日までに請求書をお渡しください」

 サフィニアが立ち上がって出て行こうとすると、すかさず立ち上がったニールがサフィニアを壁に打ち付ける。

「どうして!どうして、わかってくれないんだよ!!

 本当はこんなことを言いたいんじゃないんだ!

 俺にはサフィニアが必要なんだ!
  
愛してるって言ってるじゃないか!!

 俺が助けるって言ってるんだ!
  
 どうして俺の手を取らない? 

 俺を見ろ!俺を見ろよ!!」


 床に手をついて泣き喚くニールをサフィニアは見下ろした。

 「じゃあ、契約しましょうか」

 何を言うのか?とニールが顔を上げる。 

 「私、侯爵様の専属娼婦になりますわ」
 
 
「・・・何を言って・・・」

サフィニアは鼻で笑った。

「忘れられない、って。
 私達の間に愛なんてものは最初から存在していなかったじゃありませんか。
 あるのはただの暴力的な肉体関係だけだったじゃないですか」

 ニールは沈黙してしまった。

「私がニール様の専属娼婦になってお金を戴いて、そのお金で暮らす。

 結婚なんてする必要ありませんわ」

 サフィニアは畳み掛けるように言葉を継いだ。

「どうします?
 契約、するの?しないの?」
 


 




 
 

 

 
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