時々、僕は透明になる

小原ききょう

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孤高の上級生・青山灯里③

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 そんな気持ちを抱えながら部室に戻り、速水部長と小清水さんに話した。
「あら、残念・・早川先生に邪魔をされたっていうわけね」
「邪魔じゃないけど・・なんか腹が立つ」僕は正直気持ちを言った。
 僕は二人に「あの先生、美術の点にいつもからい点をつけるんだ。なおさら腹が立つ」と言った。
 この部室はそんな話もできる空間になりつつある。
「・・そうかしら、私はいつもいい点をつけて頂いているわ」となぜか意味深に言う。
「そうなんですかあ?・・私なんか、いっつも落第点ですよ・・そんなに私の絵、下手なのかなあ・・」と悲しげな小清水さん。
 やっぱり僕の憶測通りだ。
 速水さんだったら、早川講師に堂々と文句を言いそうだし、小清水さんだと、そのまま泣き寝入りをしそうだ。
 点をつける者の立場としてはいい点をつける生徒の数の限界のようなものがあるのだろう。
 あの早川は、その生徒の能力よりも、生徒の気質やクラスにおける立場などで点をつけている。美術という他の科目に比べて抽象的な内容から、そのような行為はし易い。
 さぞかし、そんな尺度で点をつけていけば楽しいだろうな。

 そう思っていると、速水部長は小清水さんに、
「沙希さん、そんなに嘆くことはないわ。あの先生一流のえこひいきだもの・・けっこう有名らしいわよ」と言って微笑んだ。
 やっぱり、そうか。僕の憶測だけではなかったようだ。

 小清水さんは「そうなんですかぁ・・」と言って、「でも、おかしいですよね」と続けた。「不公平だし・・講師だからって、そんなことしても許されるのかなぁ・・」
 怒ってる・・仏の小清水さんが真顔で怒ってる・・

「沙希さん、でもね・・そんなこと、今は憶測でしかないけれど、きっと近い将来、どこかの誰かさんが早川講師を痛い目に会わせてくれるわ」
 速水部長はそう断言するように言った。
「本当か?」と少し腰が浮き立つ僕。
「速水部長・・そんな正義の味方みたいな人がいるんですか?」と喜ぶ小清水さん。
「ええ、いるわ」
 誰? 僕と小清水さんは息をのむ。
「速水部長・・誰ですか?」小清水さんは速水さんの次の言葉を待つ。

「沙希さん、目の前にいるじゃない」と眼鏡を上げる速水部長。
「えっ・・私の目の前に・・」と小清水さん。
「・・鈴木くんという正義の味方が」
「僕かよ!」
 小清水さんが「なあんだ。鈴木くんかぁ」と言った。
 小清水さん、そんなにがっかりしたような顔をするなよ。

 速水さんは「つまらない冗談はさておいて・・」と一区切りつけるように言った。
なんだ、やっぱり冗談か。少し、その気になったじゃないか。それに・・つまらない冗談って何だよ!

「問題は、早川講師の方ではなくて、青山さんの方よ・・これで青山さんに、二度目のアタックをしなければならなくなったわね」
 速水さんはそう言って僕の顔を直視した。
「また僕かよ」
 そう言ってささやかに抵抗した。面白そうだけど。
「それより、速水部長、青山先輩は、何で休部してるんだよ。その理由は?」
 理由も知らずして行動できない。

「ちゃんとした理由はよくわからないのだけれど、自然と来なくなった・・沙希さんの言った通りね」
「だったら、土台無理なんじゃないか?」
 無駄なことはしない方がいい・・僕の座右の銘だ。
「そうね。鈴木くんの言う通りね」
 もうやめておこう。合宿は中止だ。その方が勉強がはかどる。

 そう思った時、
「確かに、以前のクラブなら、青山さんは来ないわね」と速水さんは静かに言った。
「そうですよねぇ」と小清水さんが静かに同意する。

「・・でも」と二人が声を揃える。
「今のクラブには、鈴木くんがいます」と小清水さんが先に言った。
 続いて速水さんが、
「そうね・・鈴木くん、影が薄いようで・・いろいろと考えているようだから。青山さんの興味を引くかもしれないわね」と言った。
「当たり前だ。僕だっていろいろと思うところはある・・それと影が薄いはよけいだ」
 小清水さんが笑った。

 速水さんは「それに、青山さんは女の子だけのクラブにうんざりしていたのかもしれないわ・・単に部員に男の子が欲しかったのかも」と言った。
「それ、青山先輩に失礼だろ!」
 その意見にすかさず小清水さんが「部長、それはないと思います」ときっぱりと言った。
 小清水さんが「それに、影が薄いのは私の方ですよぉ」と辛そうに言った。
「あら、沙希さんは、確か、オーラの光が弱い・・のではなかったのかしら?」
「同じみたいなものですよ」と小清水さんはしょげ返る。
 僕は「その言葉、小清水さんはけっこう傷つくんだよ」と戒めるように言った。

「知ってるわ・・でも、沙希さん、オーラが弱い人の方が好き・・そんな人も世の中にいいるわ・・そんな人が現れるのを待ってみるのも一つの手よ」
 なんだか、慰めているのだか、更に傷つけているのかわからないな。

 そんな二人を見て僕は、
「オーラで思い出したけど・・青山先輩って、人を跳ね返すような・・そんなオーラを放っているような感じがしたけどな」
「そうね。だから、私、少し彼女が苦手なのよ。彼女のそばにいると、私、眩暈をよく起こすのよ」
「それ、本当なのか? 青山先輩は速水さんのことを『サオリ』って・・ずいぶんと親しそうに呼んでいたぞ」
 速水さんはそれには答えず、
「もうあまり時間もないわ」と言った。

 速水さんの言う通り、時間がない。
 もうすぐ期末テスト。それが終われば長い夏休みが始まる。青山先輩に接触をするのは不可能だ。
 それに・・僕個人のことだが・・
 水沢さんに会えない茫漠とした時間がやってくる。
 会えないと言っても、現在の僕は、教室の水沢さんを眺めているだけなのだが。
 それも二学期が始まれば、席替えが行われるだろう。
 水沢さんを眺めることのできない席に移ってしまうかもしれない。
 窓辺の水沢さんを眺めるひと時、そんな時間すら奪われてしまう。
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