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☆閑話☆ ならば外堀を埋めてやる
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イクセルから礼を執られたフレードリクは、すかさず叫ぶ。
「くだらない挨拶はいいから、とっとと縄を外せ!」
ごもっともな主張だが、イクセルは首を横に振る。
「それは無理です。どうしてもというなら地下の独房に移動しましょうか?」
「貴様、舐めてんのか?」
「まさか。こうでもしなければゆっくりとお話ができないから、やむを得ず取った手段です」
飄々とイクセルが言い返す度に、フレードリクの額に青筋がくっきりと浮かび上がる。
「俺は貴様と話すことは何もない!っていうか、なんで俺がホシなんだ!?俺、いつから容疑者になったんだ。罪状を言え、罪状を!」
「え?別にないですよ。私は貴方にお願い事があるから、部下にちょっとここに連れてきてほしいって指示を出しただけです」
かがみ込んでフレードリクの顔を覗き込むイクセルは、誰がどう見てもムカつく顔をしている。
「じゃあその願い事とは何だ!?言えるものなら言ってみろっ。馬鹿げた内容だったら、正式な手順を踏んで貴様の隊長職をはく奪してやるからな!」
床に転がされたまま唸るフレードリクは、必死にもがいている。騎士の称号を得ている彼が縄を力づくで解くのは時間の問題だ。
(こんなことなら肩を脱臼させておけば良かった)
危険極まりないことを頭の中で後悔するイクセルだが、それをおくびにも出すことはせず口を開く。
「実は我々警護隊は今、少々厄介な事件を追っておりまして、スセルの砦を捜査の拠点にしております。水面下で慎重に捜査しているので、この砦の責任者である貴方がウロチョロされると邪魔なんです。常駐している騎士たちが、無駄にやる気を出して現場をかき乱す可能性が高いですし」
「はぁ!?」
「ですからしばらく貴方は王都で大人しく過ごしていただくか、砦の地下独房で過ごしてもらうか……選んでいただきたく思いまして、ここにお連れしたんです」
最低な二択を迫られたフレードリクが選んだのは、これである。
「どっちも嫌に決まっているだろ!」
食い気味に怒鳴りつけたフレードリクは何も間違ったことを言っていない。しかしイクセルは、「交渉決裂ですか」と悲しげに肩を落とす。
「では心苦しいですが、独房に入っていただきます──連れていけ」
「はっ!」
横暴極まりない上司の命令を、イエルは何の抵抗もなく遂行しようとする。上司も上司だが、部下も部下である。
無論、大人しく従うフレードリクではない。
「待て待て!そんなことが許されると思っているのか!?」
「事件解決のためなら手段は選びません。それに独房でお過ごしいただくのは二か月程度。その間、快適に暮らしていただくために三食の食事はもちろん、業務書類もきちんとお届けしますのでご心配なく。あ、寝具にこだわりがあるなら今のうちにどうぞ」
「俺は独房で仕事をしなくちゃいけないのか!?」
「当たり前じゃないですが。我が国の平和と独立を司るセーデル家の嫡男が仕事をサボってどうするのです?」
真顔で正論を語るイクセルだが、色々間違っている。
唖然として言葉を失うフレードリクを、無情にもイエルは担ぎ上げ独房へと運び出そうとする。
冗談じゃないと暴れるフレードリクだが、イエルに鳩尾を一発殴られ、ウグッと低い悲鳴を上げる。もがいていた手足もだらりと伸びた。
もう観念するしかない。そんな状況であったが、フレードリクは最後の力をふり絞ってこう叫んだ。
「何が事件解決だ!ふざけるなよ、俺が貴様の説明を素直に信じると思ってるのか!?馬鹿めっ、貴様の魂胆などお見通しだ。貴様が3日で解決できる事件を引き伸ばしスセルの砦に滞在してるのは、フェリシアが目当てなんだろ!イクセル・アベンス、貴様が俺の妹に惚れているのは、もうとっくにわかっているんだからな!!」
そうなのだ。フェリシアにあんな態度を取ったイクセルだが、実はぞっこん惚れている。
フェリシアは社交界デビュー後、とある夜会でイクセルとダンスを踊り恋に落ちた。
けれどもイクセルは、フェリシアが恋に落ちるもっともっと前から彼女に恋をしていた。
「さすが風の祝福を受けたセーデル家。空を渡る力を持つ貴方には、隠し事はできませんね。その通りですよ」
イクセルはフレードリクに向け、おぞましい笑みを浮かべた。
「手に入れますよ、絶対に。だから私とシアの見合いを最後まで反対していた貴方は目障りなんです。しばらくはシアの眼の前に現れないでいただきたい」
「……き、貴様!やっぱり俺を拉致したのはそのためだったのかよっ」
苦しそうに顔を歪めながら憎悪の眼差しを向けるフレードリクを一瞥すると、イクセルは再びイエルに「連れていけ」と命じた。
扉が閉まり、部屋に一人っきりになったイクセルは己の指にはめている指輪に口づけを落とす。
今、フェリシアの心臓はイクセルの手中にある。それは病んだ男に一時の安らぎを与えてくる。だが所詮は期間限定。
一度でも好きになった人から背を向けられる痛みと恐怖を知ってしまえば、なりふりなんか構っていられない。
「今度こそちゃんと捕まえる」
フェリシアがスセルの森の別荘に滞在するのは2か月。その間にアベンス家のいざこざを片付け、彼女の心を手に入れる。
最速に、でも確実に。その為にはどんな手段も厭わない。
「くだらない挨拶はいいから、とっとと縄を外せ!」
ごもっともな主張だが、イクセルは首を横に振る。
「それは無理です。どうしてもというなら地下の独房に移動しましょうか?」
「貴様、舐めてんのか?」
「まさか。こうでもしなければゆっくりとお話ができないから、やむを得ず取った手段です」
飄々とイクセルが言い返す度に、フレードリクの額に青筋がくっきりと浮かび上がる。
「俺は貴様と話すことは何もない!っていうか、なんで俺がホシなんだ!?俺、いつから容疑者になったんだ。罪状を言え、罪状を!」
「え?別にないですよ。私は貴方にお願い事があるから、部下にちょっとここに連れてきてほしいって指示を出しただけです」
かがみ込んでフレードリクの顔を覗き込むイクセルは、誰がどう見てもムカつく顔をしている。
「じゃあその願い事とは何だ!?言えるものなら言ってみろっ。馬鹿げた内容だったら、正式な手順を踏んで貴様の隊長職をはく奪してやるからな!」
床に転がされたまま唸るフレードリクは、必死にもがいている。騎士の称号を得ている彼が縄を力づくで解くのは時間の問題だ。
(こんなことなら肩を脱臼させておけば良かった)
危険極まりないことを頭の中で後悔するイクセルだが、それをおくびにも出すことはせず口を開く。
「実は我々警護隊は今、少々厄介な事件を追っておりまして、スセルの砦を捜査の拠点にしております。水面下で慎重に捜査しているので、この砦の責任者である貴方がウロチョロされると邪魔なんです。常駐している騎士たちが、無駄にやる気を出して現場をかき乱す可能性が高いですし」
「はぁ!?」
「ですからしばらく貴方は王都で大人しく過ごしていただくか、砦の地下独房で過ごしてもらうか……選んでいただきたく思いまして、ここにお連れしたんです」
最低な二択を迫られたフレードリクが選んだのは、これである。
「どっちも嫌に決まっているだろ!」
食い気味に怒鳴りつけたフレードリクは何も間違ったことを言っていない。しかしイクセルは、「交渉決裂ですか」と悲しげに肩を落とす。
「では心苦しいですが、独房に入っていただきます──連れていけ」
「はっ!」
横暴極まりない上司の命令を、イエルは何の抵抗もなく遂行しようとする。上司も上司だが、部下も部下である。
無論、大人しく従うフレードリクではない。
「待て待て!そんなことが許されると思っているのか!?」
「事件解決のためなら手段は選びません。それに独房でお過ごしいただくのは二か月程度。その間、快適に暮らしていただくために三食の食事はもちろん、業務書類もきちんとお届けしますのでご心配なく。あ、寝具にこだわりがあるなら今のうちにどうぞ」
「俺は独房で仕事をしなくちゃいけないのか!?」
「当たり前じゃないですが。我が国の平和と独立を司るセーデル家の嫡男が仕事をサボってどうするのです?」
真顔で正論を語るイクセルだが、色々間違っている。
唖然として言葉を失うフレードリクを、無情にもイエルは担ぎ上げ独房へと運び出そうとする。
冗談じゃないと暴れるフレードリクだが、イエルに鳩尾を一発殴られ、ウグッと低い悲鳴を上げる。もがいていた手足もだらりと伸びた。
もう観念するしかない。そんな状況であったが、フレードリクは最後の力をふり絞ってこう叫んだ。
「何が事件解決だ!ふざけるなよ、俺が貴様の説明を素直に信じると思ってるのか!?馬鹿めっ、貴様の魂胆などお見通しだ。貴様が3日で解決できる事件を引き伸ばしスセルの砦に滞在してるのは、フェリシアが目当てなんだろ!イクセル・アベンス、貴様が俺の妹に惚れているのは、もうとっくにわかっているんだからな!!」
そうなのだ。フェリシアにあんな態度を取ったイクセルだが、実はぞっこん惚れている。
フェリシアは社交界デビュー後、とある夜会でイクセルとダンスを踊り恋に落ちた。
けれどもイクセルは、フェリシアが恋に落ちるもっともっと前から彼女に恋をしていた。
「さすが風の祝福を受けたセーデル家。空を渡る力を持つ貴方には、隠し事はできませんね。その通りですよ」
イクセルはフレードリクに向け、おぞましい笑みを浮かべた。
「手に入れますよ、絶対に。だから私とシアの見合いを最後まで反対していた貴方は目障りなんです。しばらくはシアの眼の前に現れないでいただきたい」
「……き、貴様!やっぱり俺を拉致したのはそのためだったのかよっ」
苦しそうに顔を歪めながら憎悪の眼差しを向けるフレードリクを一瞥すると、イクセルは再びイエルに「連れていけ」と命じた。
扉が閉まり、部屋に一人っきりになったイクセルは己の指にはめている指輪に口づけを落とす。
今、フェリシアの心臓はイクセルの手中にある。それは病んだ男に一時の安らぎを与えてくる。だが所詮は期間限定。
一度でも好きになった人から背を向けられる痛みと恐怖を知ってしまえば、なりふりなんか構っていられない。
「今度こそちゃんと捕まえる」
フェリシアがスセルの森の別荘に滞在するのは2か月。その間にアベンス家のいざこざを片付け、彼女の心を手に入れる。
最速に、でも確実に。その為にはどんな手段も厭わない。
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