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初めまして、血濡れの大公様 ※安全な距離を保ちつつ

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 棚ぼた的なチャンスに喜んだのは束の間。ユリシアは、むぐっと渋面を作る。

(うーん、気が変わらないうちに、ちゃっちゃとやるべきなんだけど……できれば一度別邸に戻って考えたいな)

 欲張りすぎれば全てを失う。だけど事が事だけに、慎重に進めたい。

 そんな気持ちで唸り始めるユリシアに、グレーゲルの目が猫のように細くなる。

「一刻も早く部屋に戻って要求事項をまとめたいようだな」
「……っ」

(わかってても、そういうことを口に出さないで!)

 息を吞みながら、ユリシアは心の中で叫ぶ。

「図星を刺されて声も出ないようだな」
「……っ」

(だからっ、一々そういうことを言うな!!)

 いっそ椅子を蹴倒して、彼の執務机に両手を叩きつけてそう叫べたらどんなにすっきりするだろう。

 しかしその直後、首より上がスッキリしちゃう。

 だからユリシアはむむっと唇を引き結んで、グレーゲルを見る。睨んでしまっているかもしれないが、因縁を付けられたら逆光で眩しいと言い訳をこく所存だ。

 それから数秒、両者見つめ合っていたが、先に目を逸らしたのは意外にもグレーゲルの方だった。

「まあ、俺としても今日の今日、取り決めをしなくても良いと思っている。数日後に改めて席を設けよう」
「アリガトウゴザイマス」

 これはユリシアの為に譲歩していただけた展開であるが、なぜかグレーゲルは意地悪く微笑んでいる。

 まるで無理矢理リスからクルミを取り上げたような表情だ。シャリスタンが彼の伴侶になるのを戸惑っているのは、この彼の性格が枷となっているのかもしれない。

 ……かもしれないが、今はどうでも良い。とにかく考える猶予ができたのだから、喜ぶべきなのだ。

 しょっぱい気持ちなんて、これまでのリンヒニア国での生活に比べたら旨味として受け止められる。

 そんなわけでユリシアは静かに立ち上がると、グレーゲルに退席の断りを入れて扉に向かう。けれども、

「───ユリシア嬢、俺に交渉を持ち掛けたというからには、それ相応の面白い内容ではないとタダじゃおかない。それだけは覚えておけ」
「……ぅはい」

 ぴきっと固まったユリシアであるが、処刑場に最も近いこの部屋にこれ以上長居したくはない。なので、ぎこちなく頷き廊下に出た。







 行きと同じ経路でユリシアは、別邸に戻る。2歩前には、これまた行きと同じようにブランが歩いている。

「……あの、ブランさん」
「何でございましょう?」

 回廊の途中で声を掛けたユリシアに、ブランは足を止めて振り返った。

「ちょっと散歩しても良いですか?」
「もちろんでございます。ですが上着が必要ですね。あと、侍女も」
「あー……いえ。本当にちょっと歩いたら戻りますので。だから大丈夫です。それに今は一人になりたくて……」

 そう言うユリシアはもう既に回廊の離れて、庭の石畳の上に立っている。

「かしこまりました。でも今日は特に冷えますので、あまり長い時間のお散歩はお体に障ります。どうかほどほどでお願いいたします」
「もちろんです」

 こくっと素直に頷いたユリシアに礼を取ったブランは、身体の向きを変えると振り返ることなく本邸へと消えていった。 
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