この恋だけは、想定外

青砥アヲ

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恋人のふり??

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 清流たちを乗せた車はしばらく走った後に、とあるホテルの正面玄関へと滑るように入っていた。

 出迎えのドアマンが開けてくれた後部座席から降りて、建物を見上げる。すぐに高級ホテルだと分かる歴史を感じる外観に清流は驚いた。

「それでは、明日は午後12時にお迎えに上がります」

 槙野と呼ばれていた運転手が簡潔に告げて一礼する。
 清流のスーツケースはいつの間にかトランクから出されて、ポーターに引き継ぎされているところだった。

「パスポートは持ってる?」
「?はい、持ってますけど」
「少しの間貸して」

 首から下げていたパスポートケースから取り出して渡すと、中を開く。

「工藤清流、か。俺は加賀城洸かがしろたける。1回しか言わないからよく聞けよ?今から俺とは恋人同士、何か聞かれても俺の話を合わせること、いいな?」
「……は、はい!?」

 思わず大きな声を出した清流に、洸は一瞬だけ苦い顔をした。

「外国人というだけで目立つんだ。その上見ず知らずでこの身なりの女を連れ込んだと知れたら、俺の評判に関わる」
「そ、それはそうかもしれませんけど」
「不本意なのはお互い様だから我慢しろ。分かったら行くぞ」

 ほとんど反論する隙も与えられなかった清流が唖然としていると、ドアマンが気遣わしげにこちらを伺っている。
 こんな正面玄関で揉めていたら、目立って変な印象を持たれかねない。

 仕方なく、洸の後を追いかけるように自動ドアをくぐると、目に飛び込んできたエントランスホールに腰を抜かしそうになった。

(……何ここ、お城?というか、宮殿…?)

 吹き抜けのエントランスホールは、貴族のお屋敷かのようなクラシカルな装飾で、床は鏡面のように輝く大理石。庭に面したラウンジでは、シャンデリアの下で庶民とは思えない雰囲気の人たちがゆったりと寛いでいた。

 どこを切り取ってもまるで絵画のような光景に、ここがとんでもない高級ホテルであるということが分かった。

(あの人……いったいどういう人なの?)

 スーツの上着を借りているとはいえ、全身ずぶ濡れの自分がこれ以上足を踏み入れることが躊躇われて、清流は他の客の邪魔にならないよう、片隅で待つことにした。

 洸はレセプションには寄らず、コンシェルジュと思しき人に何やら説明をしている。
 先ほど渡したパスポートを確認しながらも、こちらを見る視線を感じる。こんな格好では仕方ないかと思いつつ、どことなく肩身が狭い。

 やがて、洸がコンシェルジュを連れて清流の元へと戻ってきた。

 仕方なく、洸の後を追いかけるように自動ドアをくぐると、目に飛び込んできたエントランスホールに腰を抜かしそうになった。

(……何ここ、お城?というか、宮殿…?)

 吹き抜けのエントランスホールは、貴族のお屋敷かのようなクラシカルな装飾で、床は鏡面のように輝く大理石。庭に面したラウンジでは、シャンデリアの下で庶民とは思えない雰囲気の人たちがゆったりと寛いでいた。

 どこを切り取ってもまるで絵画のような光景に、ここがとんでもない高級ホテルであるということが分かった。


(あの人……いったいどういう人なの?)


 スーツの上着を借りているとはいえ、全身ずぶ濡れの自分がこれ以上足を踏み入れることが躊躇われて、清流は他の客の邪魔にならないよう、片隅で待つことにした。

 洸はレセプションには寄らず、コンシェルジュと思しき人に何やら説明をしている。
 先ほど渡したパスポートを確認しながらも、こちらを見る視線を感じる。こんな格好では仕方ないかと思いつつ、どことなく肩身が狭い。

 やがて、洸がコンシェルジュを連れて清流の元へと戻ってきた。

「う、わぁ……」

 通されたのは、見たこともないほど豪奢な一室だった。

 足元は大理石の床から一転してふかふかとした絨毯で、足を取られそうになるのを踏みとどまりながら、そろりと部屋の奥へと進む。

 バーカウンター付きの広いリビングと、その奥にはダイニング。他にもいくつかドアがあって、まだ部屋がありそうだ。

 リビングでひときわ存在感のあるソファーは、もはや何人掛けなのか分からない大きさで、その上には大きさが様々なクッションが等間隔に置かれている。
 こんなにあっても使いきれないだろうな、と部屋の豪華さに圧倒されてどうでもいい感想が浮かんだ。

(…ここ、なんていう部屋なんだろう。スイート?いくらするんだろ…)

 部屋の真ん中で呆然と立っていると、背後から服の襟をぐいっと引っ張られてよろめいた。

「わっ、な、何ですか!?」

 振り返ると、背後に洸が立っている。


「とりあえず、その服全部脱いで」
「は、はい…!?」
「クリーニングに出すんだよ、外で待たせてるから早く」

(…あ、なるほどそういうことか)

「ついでに風呂にも入ってきたらいい、絨毯が濡れる。着替えは持ってるんだろ?」
「…はい、持ってます」

 意図を理解しながらもその場で固まっていると、早くしろとばかりに半ば強引にパウダールームへと放り込まれてしまった。

 パウダールームは、着替えを取り出すためにスーツケースを開けても余裕の広さで、ここだけで1部屋になるのではないかと思えるほどだった。

 清流は濡れた服と借りていた上着をかごに入れて、そっとドアの外に出す。

(きっとバスルームも広いんだろうな。ジャグジー付きで、バラの花びらとか浮かんでたりとか?)

 そっとバスルームのドアを開けると、大理石の浴室に立派なジャグジー付きの浴槽が二つ、中にはすでにお湯が張られている。

(嘘でしょ……)

 さすがにバラの花びらはなかったけれど、それ以外はすべて想像通りの光景で軽く目眩がした。
 ガラス張りのシャワールームで軽くシャワーを浴びてから、そっとつま先から湯船に入る。熱すぎず温すぎない、ちょうどいい温度だ。

「帰る時間に合わせてお風呂を溜めてくれるサービスなんてあるんだ、すごいなぁ」

 思わず呟くと想像以上に声が反響して、慌てて口を噤む。
 助けてもらったとはいえ、成り行きでよく知らない男の人のが泊まる部屋でお風呂に入っている。
 死んだ両親が見てたら泣いてるかもしれないな、なんて想像して苦笑してしまう。

 ーーごめんね、いろいろ親不孝な娘で。

 悪い人、ではないと思う。むしろいい人だ。
 何でこんな自分を助けてくれたんだろう。

(何だか掴みどころがない、不思議な人)

 肩まで浸かると、雨で冷えた体がじんわりと温まっていく。

 とんでもない展開になっているような気がしつつも、1日でいろいろありすぎて、今は少しだけ考えることを放棄したい。

 清流はいっとき、心地良さに身を任せて目を閉じた。


 お風呂から上がり、着替えや髪など一通りを整えてパウダールームから出ると、洸はリビングのソファーでノートパソコンを開いていた。

 清流に座れば?と目線だけでソファーへと促して、また画面へと戻る。
 邪魔をしないようにと一番離れた位置に移動して、ふと窓を見るとすでに日が暮れていた。正面の大きな窓の外はローマの街並みが広がっていて、その夜景に思わず目を奪われる。

(すごく綺麗…)

 都会の夜景とは違う、遺跡や歴史ある建物がライトアップされた景色はとても幻想的で、これが見れただけで思い切って旅行に来てよかったと思える。

 見ると、外を歩く人は傘を差していない。雨は止んだみたいだ。
 身なりも整えたし、これならまた泊まるところを探しに行けそうだと考えていたとき、後ろでパタンとノートパソコンが閉じられる音がした。

「お風呂先に使ってしまってすみません。ありがとうございました」
「あぁいいよ、別に気にするな」

 洸は腕を伸ばしながら首を2、3回鳴らしている。

「そうだ、クリーニングだけど明日の7時には仕上がるって」
「明日の朝、ですか?」
「都合悪い?」
「いえ大丈夫です。えっと、じゃあ何時ごろ取りに来たらいいでしょうか?」
「取りに来る?このまま泊まるんだから必要ないだろ」

 ―――泊まる?私が、ここに??

「そ、そんなの迷惑だしだめです、っていうか無理です!というか、何でそんな話に…っ!?」
「そうじゃなかったら、わざわざ恋人同士のふりなんか面倒なこと頼まない。コンシェルジュを通したのも宿泊手続きのためだし。それに、今外見てたなら分かると思うけどもう夜だぞ」
「それはそうですけど、じゃあせめて他の部屋を、」
「一応聞いたけどこのホテルも満室。復活祭に合わせて先週から旅行客が増えてるんだと。明日には少し空きが出るらしいけど」

 明日では困る。そもそもこんな高級ホテルでは、一番安い部屋でも泊まれるか分からないけれども。

「あぁ、寝る場所なら寝室は二つあるから心配しなくていい」
「いえ、そういうことではなくっ!あの、やっぱりだめです、この周辺が無理なら他の駅の方とか行って探してみますから…っ!?」

 不意に右腕を掴まれて、体が支えていられないほどの力で引っ張られた。

 片方の肩を押されて清流は反射的に目をつぶる。

 あっ、と声が出るよりも先に身体が宙に浮いたと思うと、次の瞬間には背中がソファーのスプリングで跳ねて、そのまま沈み込んでいた。

 恐々と目を開けると、洸が見下ろしている。

 間近に迫る顔にたじろぐも、肩と右腕は押さえられたままで身動きが取れなかった。

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