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新婚生活編

19.花火大会(後編)

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そうこうしているうちに花火開始時刻が迫ってきているらしく、徐々に人の流れが変わり始めているのが分かった。
「そろそろ移動するか」
俺達は屋台が並ぶ通りを抜けて少し歩いたところにある河川敷へ向かって歩き始めた。
子供の頃もよくそのあたりで彗と花火を眺めていたのだ。
「楽しみだねぇ」
「ああ。わざわざ会場まで来たの高校ぶりかも」
「去年は誘ったのになぁ」
「う……すまん。あの時は夏バテ気味で……」
気まずそうに目を逸らす俺とは対照的に彗はニコニコと笑顔を浮かべている。
「でも今は瞬ちゃんの事たくさん独り占めできるから嬉しいよ」
「……よくそんなセリフ真顔で言えるよな」
「え~?普通だよ~」
こんな調子でこの男はいつも平然と甘い言葉を吐いてくる。
「あ、もしかして照れてる?」
「……別に」
「またまた~」

彗はいつも楽しげに笑っているが、俺は時々こいつの本心が分からない時がある。
俺と一緒に居てこいつは本当に幸せなのだろうか。
恋愛フィルターのせいで俺が輝いて見えているだけなんじゃないのか。
今まで何度か考えた事があるのだが、答えはまだ出ていない。

「うわー、すげー人」
目的地である河川敷には既に大勢の人が集っていて、スマホをいじったり談笑したりとみんな思い思いに時間を潰していた。
俺たちは空いている場所を見つけると、並んで草の上に腰を下ろした。
それから程なくしてドンッ!という音と共に夜空に大輪の花が咲いた。
「わぁ!すごい!」
「おお……」
周りからも拍手や大きな歓声が上がっている。
「綺麗だなぁ」
「ね」
その後も次々と色とりどりの花火が打ち上がっていくのを見上げながら、俺達はしばらくの間静かにそれを鑑賞した。
「ねえ、瞬ちゃん」
「ん?」
「来年もまた一緒に見に来ようね」
「ああ。もちろん」

俺があまりにもあっさり答えたせいか、彗は「約束だからね!」といつになく真剣な表情で念を押してきた。
もちろんその言葉の奥に込められた意味を理解していないわけがなかった。
“来年も一緒に花火を見る“ということはつまり『1年後も夫婦としての関係が続いている』という事だ。

「ああ、わかってるよ」
「ならよし!」
満足げに微笑む彗の顔を見てなぜかホッとしている自分がいた。
1年前の俺はまさか自分が幼馴染と結婚するなんて夢にも思っていなかっただろう。
ましてやその相手が男だなんて。
人生何が起こるかわからないものだ。

「あ、そうだ」
「ん?」
「これいるか?さっき射的屋でもらった残念賞なんだけど……」
俺は巾着の中から先ほどのキーホルダーを取り出し彗の顔の前で揺らして見せた。
ティラノサウルスの形をした蛍光オレンジのキーホルダーだ。
「えっいいの!?」
「貰ってくれると助かる。俺こういうのつけないし」
「へへ、やったー!ありがとう」
彗は嬉しそうにそれを受け取ると、打ち上げ花火にかざすように持ち上げ「がおー」などと言いながら左右に揺らしていた。

「もしかして俺が恐竜好きって覚えててくれたの?」
「別に。たまたま恐竜のキーホルダーが目に入ったから」
「ふふ、じゃあそういう事にしておいてあげましょう」
そう言ってキーホルダーを眺める彗の視線はいつになく優しくて、俺はその様子を伺いながらいつの間にか自分の鼓動が速くなっているのを感じていた。

少し前までの俺はこんな風に誰かの『唯一の存在』として愛される幸せを知らなかったし、自分にはそんな機会一生訪れないと思っていた。
こんなにも沢山の幸福をくれた彗に俺は何を返せるのだろうか。

会場に鳴り響く音楽と人々の歓声。
次々と夜空を彩っていく大輪の花火。
そして時折聞こえるアナウンスの声。
その全てが非日常的で柄にも無く気分が高揚していくのが分かった。
花火大会に乗じて告白する人間の気持ちが今なら少しわかる気がする。

「なぁ、彗」
「なぁに」
「俺さ」
「うん」
「もしかしたらお前の事」
そう言いかけた瞬間、ドォン!と一際大きな音が鳴り俺の言葉はかき消されてしまった。
それとほぼ同時に夜空に大輪の花が咲く。

俺達は花火の方に目を向け、その光景に見入っていた。
「わぁ……!」
花火の光に照らされた彗の横顔を見て俺は思わず息を呑んだ。
「あっ星形!」
無邪気な子供のように笑いながら何度も「すごい!」と手を叩く彗に思わず頬が緩む。

「……あ、そういえば瞬ちゃんさっきなんか言いかけてたよね」
「え?あー……なんだっけか。すまん、何言おうとしたか忘れた」
「なにそれ~」
彗は不満げな声を出しつつも「まあいいけど」と笑って再び花火を見上げた。

一方俺は表面上は平静を保っていたが内心では頭を抱えていた。
あの時、俺は一体何を言うつもりだったのか。
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