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第1章 王都編
第7話 味方
しおりを挟むさて、どうしたらいいのだろうか……。
突然だが、私は今新しい壁にぶち当たっている。もちろん、本物の壁ではなく気持ちの上での壁だ。
6歳って、どんな手紙を書くの?
実はまだ手紙を書いている。昨日から少しも進まないのだ。そして、お父様にも会えていない。まぁ、お父様とは今夜やっと会えるんだけどね。
拝啓……は違うかな。親愛なるって言っても会ったこともないし、親愛なる関係になるつもりもないしなぁ……。あまり大人っぽい内容は駄目だけれど公爵令嬢として相応しい手紙を書かなければならない。
前世の記憶を思い出し精神年齢が6歳から16歳まで一気に成長してしまった私は、常に6歳の令嬢ってどう振る舞えばいいの? という疑問にぶつかっている。
「どうしよう」
「体調を気づかって下さったお礼と、喜んで参加させて頂く旨を書けばいいんじゃないかしら」
「……お母様」
気付けば後ろにお母様が立っていた。悩みすぎてて気が付かなかった。
「レオナルド様からのお手紙の返事に悩んでるのでしょう? 本当はゆっくり書いてって言ってあげたいところなのだけど……」
「いえ、あまり遅くなると失礼ですもの」
というか、これはチャンスでは? 手紙を出したが最後、お茶会の参加は確定だ。けれど、今ならまだ間に合うかもしれない。
「あの、お母様……」
「なぁに?」
ふわりと笑うお母様に一瞬だけ言葉がつまった。私が婚約者候補を辞退したいって言ったら、がっかりさせてしまうんじゃないかって。
でも、ノアの命がかかっているのだ。そんなことを言ってはいられない。
「お茶会って、参加しないとダメですか?」
「……アリアちゃんは、参加したくないの? あんなにレオナルド王子にお会いしたいって言ってたのに?」
ものすごく不思議そうに見詰められた。そりゃそうだろう。だって、レオナルド王子と結婚することを夢見ていたのだから。
どう説明すれば良いのかなんて全く考えていなかった私は、言葉を探したがちっとも見つからない。まさか前世の記憶が……、なんて言うわけにもいかないし。
言葉に詰まる私に微笑んだお母様は、薄ピンク色の猫足のソファーにゆっくりと腰をおろした。
「アリアちゃんは何に悩んでるの?」
「えっ?」
「お手紙の返事もだけれど、それだけじゃないように見えたから」
驚いた。表には出していないつもりだったのに、どうして分かったんだろう。そんなに顔に出てたのだろうか。
「言いたくないことなら言わなくたっていいわ。でもね、これだけは覚えていて。私もお父様も何があってもアリアちゃんの味方よ。もちろん、ノアやこの屋敷のみんなもね」
そう言って笑みを深めたお母様を見て泣きたくなった。前世の記憶が戻ったことも、ノアが危ないことも言えない。だけど──。
「ありがとう。お母様」
心がすっと軽くなった気がした。私はソファーへ行きギュッとお母様に抱きつく。謝罪と感謝を込めて。
「あらあら、どうしたの?」
優しく抱き返し、背中をゆっくりとさすってくれる。この時ちょっとだけ泣いたのは誰にも秘密だ。もしかしたら、お母様には全部お見通しなのかもしれないけれど。
「あのね……、婚約者候補をやめたいって言ったらダメ……ですか?」
顔を見て言う勇気はなくて、抱きついたまま聞いた。すると、返ってきたのは拍子抜けするようなものだった。
「ダメなことなんてないわよ。嫌だと思ったら、いつでもやめていいわ。でもね、会いもしないで決めるのはダメよ?」
「どうしてですか?」
「運命の人だったら困るでしょう?」
いや、彼の運命の人は私じゃないんだよ。それでも、その運命の人が別の人を選べば、そのおこぼれに預かるんだろうけどさ。
それに、万が一でも私が運命を感じたら困るわけで。
「王子の運命の人は私じゃありませんもの。だから、お会いする必要もないんです」
思わずこぼれた本音。けれど、お母様はそんな私を否定せずに抱きしめる力を少しだけ強くした。
「何かを見たの?」
「えっ?」
「未来を見たのかしら?」
深刻そうな声色に、びくりと体が震えた。
未来を見たのか、と言われると難しいところだろう。私が見たのは未来ではない、前世の記憶なのだ。けれども、それはこれから起こりうる未来でもある。
「未来……は見てないですわ。ただ、夢で見たんです。ノアが──」
そっと体を離すと、前世のことは触れずに「夢で見た」とお母様にレオナルドルートの話をした。お母様は真剣な表情で、疑問に思ったところは質問をしながら聞いてくれた。
「あの、嘘だって思わないんですか?」
「だって、見たのでしょう? アリアちゃんがそんな嘘をつく子じゃないって知ってるもの。それに──」
「それに?」
「アリアちゃんの瞳の色が紅くなったってことは、予知夢を見ていても不思議じゃないわ」
えっ? やっぱり瞳の色が変わったのって、何かあるってことなの?
「お母様! なんで、私の目の色が変わっちゃったんですか!?」
私の質問にお母様は、目を瞬かせた後に困ったように笑った。
「……もしかして、瞳の色が変わったことを誰も説明してないのかしら?」
「ノア以外は色が変わったことにも何も言ってないです」
そう言えば、お母様は片手で額を押さえて小さく首を振った。
「皆、誰かが言ったのだろう……って思ってたのね。アリアちゃん、ごめんなさい。きちんと説明をしてなくて」
お母様は深く私に頭を下げた後、考えるように少し視線をさ迷わせてから、ゆっくりと話始めた。
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