7 / 11
七
しおりを挟む
他者多様に思惑はあり、交錯する。
あの少女を中心に。
御用商人をしている侯爵家に、隣国から嫁いできた侯爵夫人の兄である公爵当主が娘を連れてこの国に来ていた。
侯爵から呼び出された商人は、息子のフレイグを連れて邸を訪ねた。
商人として鍛えられていた幼いフレイグにとって、同じ年頃の少女から情報を引き出すことは容易く、平民から公爵家に引き取られた事はグリシアとの会話の内容ですぐに知った。
(平民がわざわざ貴族の家に養女になるということは、公爵の庶子なのか?)
公爵には婚姻歴はないことは事前情報として父から聞いている。
グリシアが公爵家に引き取られた理由は、まだその時はわからなかった。
子供同士という理由で、グリシアをフレイグに預け、父との商談を望んだ公爵当主は探しものをしていた。
侯爵の邸から去る馬車の中で、父は息子にそれを話した。
「番の本能を発現させない薬、ですか…」
「お前は聞いたことがあるか?」
フレイグは持てる知識を呼び起こす。
いくつか候補が上がるが、一番思考を埋めていたのは、【グリシアの父親は何故そんなものを求めるのか】。
商人として隣国の貴族である公爵と繋がれば、商売の新規開拓も見込める。
ならば、父は是が非でも公爵の要望に答えたいのだろう。
まだ十歳にもなっていないフレイグに、父親は一商人として対等な話をする。
三つになる年の頃から父と国内外を回って早五年目。
表に立つことはまだないが、父の背中から商談を見聞きして、商人としての自覚も知識も得た。
そんなフレイグを父は試しているのか、それとも。
「心当たりは…あります。薬ではなく果実ですが。希望の効果を得られるかと」
魔法学紙に研究結果として発表があったことを思い出す。
あくまで学紙に掲載されただけで、一般的ではないし実用化も当然されてはいない。
これから発展するかもしれないが今はまだマイノリティな分野だ。
「ほう?」
「西の国に生息している瓜科の果実ですね」
「よく勉強しているな」
満足そうに父は微笑む。
「何故、と聞いても良いのでしょうか」
なぜそんな物を求めるのか。
好奇心に負けてフレイグは父に聞いた。
「…他言無用だ。公爵の娘が王族との婚約の密約を交しているらしい」
グリシアと王族の婚約?
国王ならばグリシアが平民の養女だと知っているはずだ。
養子の申請には国王の許可が必要なのだから。
平民を王子の婚約者に望む隣国王家の思惑はなんなのだろうか。
「婚約後に娘の番が現れる可能性を危惧している、とのことで件の物を探しているようだ」
番。
隣国は他の獣人国と同様に、番を珍重している。
ならば、王子の婚約者となったグリシアの番の本能を殺す為に公爵は求めたのだろうか。
「…だが、…本音は王族との婚約を歓迎しているようには見えなかった。むしろ」
父は口を噤んだ。
王族との婚約を望んでいないのならば…公爵がそれを欲するのは矛盾する。隣国には、番と出会うことで既存の婚約を解消できる国法があるのだから。
心移りを防ぐために、相手の王族にそれを与えるつもりだったのだろうか。
いや、王族相手にそれは難しいし下手をすれば処刑対象だ。
公爵の思惑はなんなのだろうか。
フレイグは頭を悩ませた。
隣国の公爵が、実妹の嫁ぎ先を訪問する度に父は呼ばれ、同行するフレイグは、毎回グリシアの相手に選ばれる。
時間を共にしていれば、相手を知り興味を持つ。
手に入らぬとわかっていれば余計、フレイグはグリシアに惹かれていく事を止められなかった。
商人の父から、フレイグの提案した例の果実を公爵に卸すと聞いた。
西国からの仕入れはフレイグが仕切ることになった。初めての商人としての仕事になる。
フレイグは公爵に卸す前の果実に触れられる立場になった。
父に報告はしていないが、フレイグは魔法学紙に新たな副作用の研究成果が掲載されていた。
果実に魔力を込めることで、番の発現を抑える事とは別の作用を引き起こすことが希にある。
公爵の思惑も、隣国王家の思惑もわからないままだが、グリシアに与えると公爵がいうその果実に、フレイグは賭けに出る気持ちで、己の魔力を込めた。
あの少女を中心に。
御用商人をしている侯爵家に、隣国から嫁いできた侯爵夫人の兄である公爵当主が娘を連れてこの国に来ていた。
侯爵から呼び出された商人は、息子のフレイグを連れて邸を訪ねた。
商人として鍛えられていた幼いフレイグにとって、同じ年頃の少女から情報を引き出すことは容易く、平民から公爵家に引き取られた事はグリシアとの会話の内容ですぐに知った。
(平民がわざわざ貴族の家に養女になるということは、公爵の庶子なのか?)
公爵には婚姻歴はないことは事前情報として父から聞いている。
グリシアが公爵家に引き取られた理由は、まだその時はわからなかった。
子供同士という理由で、グリシアをフレイグに預け、父との商談を望んだ公爵当主は探しものをしていた。
侯爵の邸から去る馬車の中で、父は息子にそれを話した。
「番の本能を発現させない薬、ですか…」
「お前は聞いたことがあるか?」
フレイグは持てる知識を呼び起こす。
いくつか候補が上がるが、一番思考を埋めていたのは、【グリシアの父親は何故そんなものを求めるのか】。
商人として隣国の貴族である公爵と繋がれば、商売の新規開拓も見込める。
ならば、父は是が非でも公爵の要望に答えたいのだろう。
まだ十歳にもなっていないフレイグに、父親は一商人として対等な話をする。
三つになる年の頃から父と国内外を回って早五年目。
表に立つことはまだないが、父の背中から商談を見聞きして、商人としての自覚も知識も得た。
そんなフレイグを父は試しているのか、それとも。
「心当たりは…あります。薬ではなく果実ですが。希望の効果を得られるかと」
魔法学紙に研究結果として発表があったことを思い出す。
あくまで学紙に掲載されただけで、一般的ではないし実用化も当然されてはいない。
これから発展するかもしれないが今はまだマイノリティな分野だ。
「ほう?」
「西の国に生息している瓜科の果実ですね」
「よく勉強しているな」
満足そうに父は微笑む。
「何故、と聞いても良いのでしょうか」
なぜそんな物を求めるのか。
好奇心に負けてフレイグは父に聞いた。
「…他言無用だ。公爵の娘が王族との婚約の密約を交しているらしい」
グリシアと王族の婚約?
国王ならばグリシアが平民の養女だと知っているはずだ。
養子の申請には国王の許可が必要なのだから。
平民を王子の婚約者に望む隣国王家の思惑はなんなのだろうか。
「婚約後に娘の番が現れる可能性を危惧している、とのことで件の物を探しているようだ」
番。
隣国は他の獣人国と同様に、番を珍重している。
ならば、王子の婚約者となったグリシアの番の本能を殺す為に公爵は求めたのだろうか。
「…だが、…本音は王族との婚約を歓迎しているようには見えなかった。むしろ」
父は口を噤んだ。
王族との婚約を望んでいないのならば…公爵がそれを欲するのは矛盾する。隣国には、番と出会うことで既存の婚約を解消できる国法があるのだから。
心移りを防ぐために、相手の王族にそれを与えるつもりだったのだろうか。
いや、王族相手にそれは難しいし下手をすれば処刑対象だ。
公爵の思惑はなんなのだろうか。
フレイグは頭を悩ませた。
隣国の公爵が、実妹の嫁ぎ先を訪問する度に父は呼ばれ、同行するフレイグは、毎回グリシアの相手に選ばれる。
時間を共にしていれば、相手を知り興味を持つ。
手に入らぬとわかっていれば余計、フレイグはグリシアに惹かれていく事を止められなかった。
商人の父から、フレイグの提案した例の果実を公爵に卸すと聞いた。
西国からの仕入れはフレイグが仕切ることになった。初めての商人としての仕事になる。
フレイグは公爵に卸す前の果実に触れられる立場になった。
父に報告はしていないが、フレイグは魔法学紙に新たな副作用の研究成果が掲載されていた。
果実に魔力を込めることで、番の発現を抑える事とは別の作用を引き起こすことが希にある。
公爵の思惑も、隣国王家の思惑もわからないままだが、グリシアに与えると公爵がいうその果実に、フレイグは賭けに出る気持ちで、己の魔力を込めた。
応援ありがとうございます!
27
お気に入りに追加
2,128
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる