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「この国はもう終わりです。貴方だって気付いているのでしょう?」

応えが返ってこないと分かっていても聞かずには居られない。恐らくこの捕虜は確かめに来たのだろう。この国の腐り具合を。そして運悪く捕まってしまった。

この国の王は暴君と呼ばれるに相応しい。どこまでも最低な王族達。そこに蔓延り同じように甘い汁に群がる虫どももそうだ。自分たちの私利私欲の為に平民に圧政を敷く。血の滲む思いで収めた税を湯水の如く使い、少しでも自分たちの行動に異議を唱える者、反乱分子は何かしら罪を仕立て上げた。王は逆らう者の首を刎ねる事も、拷問する事も簡単に出来るのだ。

アイツらは本当に自分たちを何か特別な存在と勘違いしている。だからこそ私の存在が気に入らない。腹違いのご立派な兄達の母は名家の貴族。しかし私の母は平民。綺麗な顔立ちが仇となり王に見初められてしまった。だが侍女に手を出し孕ませるなんてよくある話だ。年の差など関係ない。本人の意思など関係ない。絶対的強者に逆らえるわけもない。

二人の兄達は母の身分が気に入らなかった。幼い頃は日常的な言葉の暴力、成長するにつれてそれは言葉だけでは収まらなかった。身体中の無数の痣は治る前に新しいものが出来きた。大人に助けを求めた事もあった。だが、手を差し伸べてくれた人は皆私の前から消えていった。こっそりと怪我を治療してくれた医師、パンをくれた侍女、果物をくれた庭師…その理由を知った時、私は当たり前のように暴挙を受け入れるようになった。

酷い環境でも人間とは生きれるものだ、私が成人迎えた時、薄ら笑いを浮かべた兄達から相応しい仕事を与えてやったと言われた。それが尋問官だ。まさに汚れ仕事。お似合いだろうと。

だが、私は尋問官で良かったと思っている。なんせこの部屋に送られてくる者はまともな貴族ばかりだ。愚かにも王の過ちを正したが故、逆鱗に触れてしまった哀れな健全者。尋問する私も話が通じる相手で助かる。

まず市井や民の様子を聞く。次に城内の様子。余りの酷さに耳を塞ぎたくなる話ばかりだ。話の最後に、私はこの国はもう終わりが近いだろうと告げ、隣国に亡命するように進言した。そして、この国の内情を出来るだけ多くの人に伝え欲しいと頭下げお願いする。これが一連の流れだ。

王に見つからぬよう彼等を無事に国外追放出来れば、次は市井に降り様子を探った。覇気もなく痩せこせた人々。活気のない市場。裏路地に放置された屍からは悪臭が漂い鼠がたかっていた。後で部下に連絡を入れなければ…衛生的な問題が起きそうだ。

こんな人を人とも扱わぬ国など滅びてしまえばいい。何度そう思ったことか。だが私には力がない。亡命した彼等の話が地面に染み込む水のようにじわじわと、ゆっくり確実に拡がっていけばいい。いつか誰かがこの国の幕を閉じてくれる事を願うしかない。結局は他人だよりなのだ。小さく溜息をつきながら白くなった拳の力を抜いた。

「長い独り言を聞かせてしまいましたね。疲れているのかも知れません。この国に、どうしようもない人生に…はぁ、今日は尋問はよしましょう。明日の為に少しでも体を休めて下さい」

私の独り言を聞いても捕虜の表情は変わらなかった。別に何の見返りも求めていない。だが、心なしか気持ちが楽になった様な気がして自然と笑みが漏れた。

自分でも不思議だ。誰かに話を聞いてもらう事なんてなかったからな…。まぁ、私の一方的な語りだったが…。

明日、捕虜を解放したら私は真っ先に殺されるかもしれないな。それも致し方が無い。私の罪は何もしなかった事。知らない奴に殺されるよりかは、何故だかこの捕虜に殺されたい。

そんな事を考えながら、捕虜の顔を見ることも無く扉を閉めた。捕虜がどんな顔で私を見つめていたかも知らずに。






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