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1不審な面接
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「森 雄太さん。20代初頭からすぐに仕事を始められたんですか?」
「家庭の事情が良くなかったので、すぐに就職活動をしなければなりませんでした。確かに大学には行けませんでしたが、その分、多くの社会経験で充実した時間を過ごしたと思います。」
予想範囲内の質問に、私は落ち着きと自信をもって答えた。
面接官は20代初頭に私がやっていたことに関心を示し、いくつかの質問を追加で投げかけた。
私は準備した答えを自然に続け、面接官はうれしそうに小さく頷いた。
よし!今のところは順調だ。
数多くの面接経験を通じて得た感覚で、雰囲気が悪くないと感じた。
ここで油断せず、最大限にリラックスした笑顔を維持しようと努力した。
提出した自己紹介文と履歴書をざっと見ていた面接官の一人がひゅっと身体を震わせた。
「えっ?森 雄太さん?もしかして‘適応不能覚醒者’ですか?」
ああ……
何度も経験した不吉なパターンを感知したが、とりあえず落ち着いて準備した通りに答えた。
「はい。数年前にそう診断されました。」
「ふうん。」
「その件については病院で検査を終えており、これまで何の問題もありませんでした。定期的に……」
「……。」
面接官たちは私の話には興味を示さなかった。
お互いに耳打ちをして、目の前の履歴書をすっかり閉じてしまった。
視線を避けるような瞳、下がった口角、さらには腕を組んで椅子の奥深くに身を引いたまで。
冷めてしまった彼らの興味に、私も瞬く間に意欲を失ってしまった。
今回もダメかな?
その後の形式的な質問と形式的な答えを終えて、私は面接会場を出て行った。
***
世界は数十年前に大きな変化を迎えた。
正体不明の裂(リフト)からは怪物たちが溢れ出てきた。
現代世界と全く異なる異世界への通路も開かれた。
そして地球に住む人間たちも変化し始めた。
覚醒!
この前代未聞の現象は、まるでゲームのキャラクターになったかのように、強大な力を使うことができるようになった。
そしてすぐに、彼らは英雄として崇められ、富と名誉を手に入れた。
人間社会も彼らに合わせて急速に変わっていった。
-ブウウウウウウウウ!
-最高のギルド!アストラ(Astora)ギルドがあなたを待っています。
通り過ぎるバスの広告板に書かれた広告文。
ゲームの中にしか存在しないようなギルドの広告が今や普通の日常になってしまった。
しかし、覚醒という現象が全ての人に祝福となったわけではなかった。
例えば、バス停に座ってため息をついている私のように。
「はあ、このくそったれな適応不能覚醒……。」
覚醒が祝福なら、適応不能覚醒は呪いと言っても過言ではない。
正確には‘マナ適応不能覚醒’または‘不完全覚醒’と呼ばれるこの現象は、覚醒した人がマナを扱えない状況で起こる。
この場合、能力を使えないだけでなく、自身のステータスも確認できない。
さらに深刻な問題は、それに伴う症状だ。
原因不明のショック症状で全身が麻痺する、身体能力が著しく低下するなど……。
もちろん、これらの深刻な症状は一部の人々だけに現れ、大半は普通の生活を続けていた。
しかし、適応不能覚醒者という肩書きは私の就職活動にも影響を与えた。
たとえ入社申請だけで通れる小さな会社でも。
問題がいつ起こるかもわからない従業員を雇いたいとは思わないだろうから。
今日も面接で失敗して頭が痛い。
母の治療費のために銀行に残っている借金、それにこれから必要な治療費まで。
入金するお金はたくさんあるのに、応募する会社ごとにこれだ。
日勤のアルバイトに加えて、夜間にも仕事を増やすべきか?
バスを待ちながら嘆いていると、ポケットの携帯電話が鳴った。
いつものようにスパムメッセージが来たのかと思い、何も考えずに携帯電話の画面を確認した。
“……え?”
-こんにちは。森 雄太さん。求人情報サイトに公開された履歴書を見て連絡しました。
-農場で働いた経験があるとおっしゃっていましたが、現在その関連業務をお願いできる方を探しています。
-興味があればいつでも連絡してください。
突然、求人情報サイトから来たメッセージに、私はぼんやりとした表情を浮かべた。
私は子供の頃、父の農場で牛を育てていた。
農家の子供が常にそうであるように、私は幼い頃から農場で働き、個人的にも動物が好きだったので、牛たちと多くの時間を過ごした。
もし父の農場が潰れていなかったら、私はおそらくそちらの方向で進路を定めて大学に進んだであろう。
しかし、不運な事故により父の農場はつぶれ、その事件がきっかけで父は病気になって亡くなった。
その後、農場に関連する仕事をしたことは一度もない。関連する資格もないのに突然農場に関連する仕事?
頭の中には自然と疑念が浮かんだ。時折、公開された履歴書を通じて就職詐欺を企てる人間がいるからだ。
しかし、現状が良くないため、知らず知らずのうちに興味が湧いてきた。悩みはそれほど長くはなかった。
とりあえず連絡してみよう。変な感じがしたらすぐに拒否すればいいのだから。
メッセージに記された連絡先を入力し、通話ボタンを押した。
「もしもし?求人情報サイトを通じてメッセージをくださった方ですよね?あ、そうです。え?今すぐですか?」
***
私は少し怪しげなオフィスのドアの前に到着した。
「インフェリス(Inferis) オフィス?」
通話していた男性が送ってくれた住所を再度確認した。幸いなのか不幸なのか、住所は間違っていなかった。
躊躇った末、オフィスのドアをノックした。
-コン。コン。コン。
-開いています。どうぞ入ってください!
中から聞こえてきた声に従って、ゆっくりとドアを開けた。オフィスの中には、きちんとしたスーツを着た男性が私を歓迎してくれた。
「森 雄太さんでしょうか?」
「あ、はい、その通りです。」
「初めまして。ここでオフィスを任されている「バレリアン」です。」
男性は自分を「バレリアン」と紹介し、丁寧に名刺を手渡した。
外国人なのか?それともハーフなのか?馴染みのない名前に、心の中で混乱した。
「あ……はい。すみません。私、名刺持っていなくて。」
「大丈夫です。こちらに座ってください。」
彼は私を座らせ、お茶を出すと言って隣の部屋に行った。
ちょっと見回したオフィスは、先ほどの男性と同じように奇妙な感じを与えた。
書類が置いてある仕事机、私が座っているテーブルと椅子以外に何もなかった。
これをミニマリズムと言うのだろうか?
部屋を見回している間に、バレリアンが二つの紙コップを持って戻ってきた。
「お茶代わりにコーヒーしかありません。」
「いえ、これで十分です。」
カップからは馴染みのある香りが漂ってきた。よく飲むインスタントコーヒーだった。
「私はこれが結構好きなんです。熱い水さえあればこんなに簡単にお茶が楽しめるなんて、本当に素晴らしいと思いませんか?」
「あ、はい……」
少し変わった雰囲気の男だった。
石炭のように黒い瞳と髪。
成功した営業マンのような自信に満ちた雰囲気と、アイドルのようにきらきらと輝く外見が加わり、奇妙な魅力を放っていた。
もちろん、同じ男が見たらちょっと気持ちが悪い……。
「急な連絡にも関わらず、来てくださりありがとうございます。雄太さん。」
「大丈夫です。夕方まではまだ時間があるし。それで、バレ……レ……リアンさん?」
「気軽に「リアン」と呼んでいただいても結構ですよ。」
「わかりました、リアンさん。」
形式的な自己紹介が終わると、バレリアンは本格的に仕事の話を切り出した。
「求人サイトに公開されていた情報を少し見ていたのですが、農場で働いた経験があると書かれていましたね?」
「はい。子供のころ、父の農場で牛を育てるのを手伝っていました。」
「もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
流麗な話し方のせいだったのだろうか?
少し頭がぼんやりして、彼の質問に個人的な話をすらすらと話してしまった。
父の農場が倒産した話から、重い病気になった母、最近連続して就職に失敗したことまで。
なんだこれは?なぜ私がこんな話を……?
気がついたときには、すでに彼の質問に完全に答えてしまっていた。
「正直に答えてくれてありがとう。」
「うーん……」
気分が不思議だった。
遅れても気を取り直して、オフィスに来る前に考えていた質問を出した。
「リアンさん。仕事について先に説明していただけますか?まだどのような仕事を任されるのかわからないので。」
「ああ、すみません。私、少し意気込みすぎましたね。うーん、話すより直接見た方がいいかもしれませんね?」
バレリアンは立ち上がった。
私について来るような手振りをして、隣の部屋に向かった。
混乱したが、とりあえず私もついて行った。
私たちが一緒に入った隣の部屋は風呂場のような空間だった。そして、その奥にはさらに一つのドアが見えた。
バレリアンが奥のドアを開けると、一寸先も見えない暗闇が広がっていた。
これまでとは比較にならないほど奇妙な感じ。
私は本能的に後ずさりを踏んだ。
しかし、
-ガッチリ!
「ちょ、ちょっと待って!」
「ハハ、大丈夫ですよ。最初だけ少し奇妙に感じるだけです。一緒に入りましょう。」
「え、えええ?!」
バレリアンはもがく私をすんなりと引き寄せた。
私の意志とは関係なく、一瞬で暗闇の中に吸い込まれていった。
***
目眩と共に意識が戻ってきた。目を開けてみると、何となく洞窟のような場所にいた。
「ここは……?」
「入り口はあっちです。」
「一体、何が起こったんですか?」
「まずは外に出て話しましょう。」
困惑した状況に怒りが湧いたが、とりあえず彼の言葉に従って動き始めた。
暗い洞窟の中を歩き始めてからしばらく経つと、
明るい光が漏れてくる出口が見えてきた。
明るくなった周囲により一瞬目を細めた。
眩しさが消えて再び目を開けると、驚くべき風景が目の前に広がっていた。
「わあ……」
青い空と暖かな日差し。
雲に触れそうな高さの山脈と、その下に広がる緑の草原と森。
都市ではなかなか見ることのできない、まるで童話から飛び出してきたような美しい自然の風景に自然と感嘆の声が漏れた。
「雄太さん、「インペリス(Inferis)」次元へようこそ。」
「え? 何ですって?」
「インペリス! 今到着した次元の名前です。あ!雄太さんには魔界という表現の方が馴染み深いかもしれませんね。」
「魔界って?」
インターネットやニュースでたまに耳にする魔界?
私は顔に不信感をたっぷりと込めて眉間にしわを寄せた。
バレリアンは何がそんなに面白いのか一度大笑いした。
「ハハハ。初めてこの場所を説明するとみんな同じような反応をしますね。でも、ウソではありません。ここは、雄太さんが生活していた場所とは異なる場所なんです。」
「……。」
「自分で見れば、私の言葉を信じることができるでしょう。もう少し行ってみましょうか?ここから農場までは近いんですよ。」
「……とりあえず、わかりました。」
騙されたと思って再びバレリアンの後をついていった。
洞窟の入口から続く道を歩きながら、周囲を見渡した。
草原を吹き抜ける風が草の香りを運び、名前の知らない野鳥が澄んだ声で歌っていた。
ときどき地面に咲いている色とりどりの草花を見ながら、最近仕事探しで苦しんでいた心が癒されていくようだった。
ここが本当に魔界かどうかは分からないが。
ここで働けるなら、悪くないと思った。その思いが一瞬、頭をよぎった。
景色に酔って歩くうち。
すぐに牧場の建物が目の前に姿を現した。
バレリアンは大股で玄関の方に向かった。
-コンコン…… コンコンコン……。
バレリアンが玄関をノックして応答を待ったが、中からは何の反応もなかった。
しばらく待った彼は不自然に笑って言った。
「席を空けていないはずなんですけど。少しお待ちください。裏口が開いているか確認してきます。」
バレリアンは私を置いて建物の裏側に向かった。
一人残された私は別の方向に目を向けた。
農場の建物とそれほど遠くないところに大きな牛舎と長く伸びたフェンスが見えた。
ゆっくりとそこに向かって歩いた。
フェンスの向こう側、とても遠くに何か大きなものが見えた。
牧場で育てている動物か?
好奇心からその姿を詳しく見ていると、その大きな体の動物がこちらに近づいてきた。
「え…… えぇ?!」
近くに来た動物は驚くほど大きかった。
圧倒的な大きさ。頭に生えた大きな2つの角。全身を覆う厚い毛皮。
この巨大な生命体は、フェンスを挟んでじっと私を見つめていた。
初めはその圧倒的な大きさに恐怖を感じたが、大きくて穏やかな目を見ているうちに少しずつ心が落ち着いてきた。
「こんにちは?」
-ムームー。
私のぎこちない挨拶に動物は短く鳴いた。その低音に大きな響きが、まるで大きな管楽器の音のように聞こえた。
以前父が飼っていた牛を思い出し、自然と親しみを感じた。
自分でも気づかぬうちに動物に向かってゆっくりと手を伸ばした。
私が近づく動きに動物は少し警戒した。
私は手を止めて警戒心がなくなるまで静かに待った。
「……」
-……
少しの対峙の後、動物は私に向かって大きな頭を差し出した。
私は微笑みながら、とてもゆっくりと、そして優しく動物の首の部分を撫でた。
「そうだよ。いい子だね。」
-ムームー。
動物は私の手触りが気に入ったのかゆっくりと目を閉じた。
私も安心して柔らかい毛を撫で続けた。
手のひらと腕を通じて温かさが全身に広がった。
全身が満たされたエネルギーに満足感を覚えると。
[一時的にマナを取り込みます]
[不完全だった覚醒が再度進行します]
「え?」
初めて覚醒した時に聞いた声が再び頭の中で響いた。
[新しい能力を獲得しました]
[あなたは‘魔獣飼育士’として覚醒します]
「家庭の事情が良くなかったので、すぐに就職活動をしなければなりませんでした。確かに大学には行けませんでしたが、その分、多くの社会経験で充実した時間を過ごしたと思います。」
予想範囲内の質問に、私は落ち着きと自信をもって答えた。
面接官は20代初頭に私がやっていたことに関心を示し、いくつかの質問を追加で投げかけた。
私は準備した答えを自然に続け、面接官はうれしそうに小さく頷いた。
よし!今のところは順調だ。
数多くの面接経験を通じて得た感覚で、雰囲気が悪くないと感じた。
ここで油断せず、最大限にリラックスした笑顔を維持しようと努力した。
提出した自己紹介文と履歴書をざっと見ていた面接官の一人がひゅっと身体を震わせた。
「えっ?森 雄太さん?もしかして‘適応不能覚醒者’ですか?」
ああ……
何度も経験した不吉なパターンを感知したが、とりあえず落ち着いて準備した通りに答えた。
「はい。数年前にそう診断されました。」
「ふうん。」
「その件については病院で検査を終えており、これまで何の問題もありませんでした。定期的に……」
「……。」
面接官たちは私の話には興味を示さなかった。
お互いに耳打ちをして、目の前の履歴書をすっかり閉じてしまった。
視線を避けるような瞳、下がった口角、さらには腕を組んで椅子の奥深くに身を引いたまで。
冷めてしまった彼らの興味に、私も瞬く間に意欲を失ってしまった。
今回もダメかな?
その後の形式的な質問と形式的な答えを終えて、私は面接会場を出て行った。
***
世界は数十年前に大きな変化を迎えた。
正体不明の裂(リフト)からは怪物たちが溢れ出てきた。
現代世界と全く異なる異世界への通路も開かれた。
そして地球に住む人間たちも変化し始めた。
覚醒!
この前代未聞の現象は、まるでゲームのキャラクターになったかのように、強大な力を使うことができるようになった。
そしてすぐに、彼らは英雄として崇められ、富と名誉を手に入れた。
人間社会も彼らに合わせて急速に変わっていった。
-ブウウウウウウウウ!
-最高のギルド!アストラ(Astora)ギルドがあなたを待っています。
通り過ぎるバスの広告板に書かれた広告文。
ゲームの中にしか存在しないようなギルドの広告が今や普通の日常になってしまった。
しかし、覚醒という現象が全ての人に祝福となったわけではなかった。
例えば、バス停に座ってため息をついている私のように。
「はあ、このくそったれな適応不能覚醒……。」
覚醒が祝福なら、適応不能覚醒は呪いと言っても過言ではない。
正確には‘マナ適応不能覚醒’または‘不完全覚醒’と呼ばれるこの現象は、覚醒した人がマナを扱えない状況で起こる。
この場合、能力を使えないだけでなく、自身のステータスも確認できない。
さらに深刻な問題は、それに伴う症状だ。
原因不明のショック症状で全身が麻痺する、身体能力が著しく低下するなど……。
もちろん、これらの深刻な症状は一部の人々だけに現れ、大半は普通の生活を続けていた。
しかし、適応不能覚醒者という肩書きは私の就職活動にも影響を与えた。
たとえ入社申請だけで通れる小さな会社でも。
問題がいつ起こるかもわからない従業員を雇いたいとは思わないだろうから。
今日も面接で失敗して頭が痛い。
母の治療費のために銀行に残っている借金、それにこれから必要な治療費まで。
入金するお金はたくさんあるのに、応募する会社ごとにこれだ。
日勤のアルバイトに加えて、夜間にも仕事を増やすべきか?
バスを待ちながら嘆いていると、ポケットの携帯電話が鳴った。
いつものようにスパムメッセージが来たのかと思い、何も考えずに携帯電話の画面を確認した。
“……え?”
-こんにちは。森 雄太さん。求人情報サイトに公開された履歴書を見て連絡しました。
-農場で働いた経験があるとおっしゃっていましたが、現在その関連業務をお願いできる方を探しています。
-興味があればいつでも連絡してください。
突然、求人情報サイトから来たメッセージに、私はぼんやりとした表情を浮かべた。
私は子供の頃、父の農場で牛を育てていた。
農家の子供が常にそうであるように、私は幼い頃から農場で働き、個人的にも動物が好きだったので、牛たちと多くの時間を過ごした。
もし父の農場が潰れていなかったら、私はおそらくそちらの方向で進路を定めて大学に進んだであろう。
しかし、不運な事故により父の農場はつぶれ、その事件がきっかけで父は病気になって亡くなった。
その後、農場に関連する仕事をしたことは一度もない。関連する資格もないのに突然農場に関連する仕事?
頭の中には自然と疑念が浮かんだ。時折、公開された履歴書を通じて就職詐欺を企てる人間がいるからだ。
しかし、現状が良くないため、知らず知らずのうちに興味が湧いてきた。悩みはそれほど長くはなかった。
とりあえず連絡してみよう。変な感じがしたらすぐに拒否すればいいのだから。
メッセージに記された連絡先を入力し、通話ボタンを押した。
「もしもし?求人情報サイトを通じてメッセージをくださった方ですよね?あ、そうです。え?今すぐですか?」
***
私は少し怪しげなオフィスのドアの前に到着した。
「インフェリス(Inferis) オフィス?」
通話していた男性が送ってくれた住所を再度確認した。幸いなのか不幸なのか、住所は間違っていなかった。
躊躇った末、オフィスのドアをノックした。
-コン。コン。コン。
-開いています。どうぞ入ってください!
中から聞こえてきた声に従って、ゆっくりとドアを開けた。オフィスの中には、きちんとしたスーツを着た男性が私を歓迎してくれた。
「森 雄太さんでしょうか?」
「あ、はい、その通りです。」
「初めまして。ここでオフィスを任されている「バレリアン」です。」
男性は自分を「バレリアン」と紹介し、丁寧に名刺を手渡した。
外国人なのか?それともハーフなのか?馴染みのない名前に、心の中で混乱した。
「あ……はい。すみません。私、名刺持っていなくて。」
「大丈夫です。こちらに座ってください。」
彼は私を座らせ、お茶を出すと言って隣の部屋に行った。
ちょっと見回したオフィスは、先ほどの男性と同じように奇妙な感じを与えた。
書類が置いてある仕事机、私が座っているテーブルと椅子以外に何もなかった。
これをミニマリズムと言うのだろうか?
部屋を見回している間に、バレリアンが二つの紙コップを持って戻ってきた。
「お茶代わりにコーヒーしかありません。」
「いえ、これで十分です。」
カップからは馴染みのある香りが漂ってきた。よく飲むインスタントコーヒーだった。
「私はこれが結構好きなんです。熱い水さえあればこんなに簡単にお茶が楽しめるなんて、本当に素晴らしいと思いませんか?」
「あ、はい……」
少し変わった雰囲気の男だった。
石炭のように黒い瞳と髪。
成功した営業マンのような自信に満ちた雰囲気と、アイドルのようにきらきらと輝く外見が加わり、奇妙な魅力を放っていた。
もちろん、同じ男が見たらちょっと気持ちが悪い……。
「急な連絡にも関わらず、来てくださりありがとうございます。雄太さん。」
「大丈夫です。夕方まではまだ時間があるし。それで、バレ……レ……リアンさん?」
「気軽に「リアン」と呼んでいただいても結構ですよ。」
「わかりました、リアンさん。」
形式的な自己紹介が終わると、バレリアンは本格的に仕事の話を切り出した。
「求人サイトに公開されていた情報を少し見ていたのですが、農場で働いた経験があると書かれていましたね?」
「はい。子供のころ、父の農場で牛を育てるのを手伝っていました。」
「もう少し詳しく聞いてもいいですか?」
流麗な話し方のせいだったのだろうか?
少し頭がぼんやりして、彼の質問に個人的な話をすらすらと話してしまった。
父の農場が倒産した話から、重い病気になった母、最近連続して就職に失敗したことまで。
なんだこれは?なぜ私がこんな話を……?
気がついたときには、すでに彼の質問に完全に答えてしまっていた。
「正直に答えてくれてありがとう。」
「うーん……」
気分が不思議だった。
遅れても気を取り直して、オフィスに来る前に考えていた質問を出した。
「リアンさん。仕事について先に説明していただけますか?まだどのような仕事を任されるのかわからないので。」
「ああ、すみません。私、少し意気込みすぎましたね。うーん、話すより直接見た方がいいかもしれませんね?」
バレリアンは立ち上がった。
私について来るような手振りをして、隣の部屋に向かった。
混乱したが、とりあえず私もついて行った。
私たちが一緒に入った隣の部屋は風呂場のような空間だった。そして、その奥にはさらに一つのドアが見えた。
バレリアンが奥のドアを開けると、一寸先も見えない暗闇が広がっていた。
これまでとは比較にならないほど奇妙な感じ。
私は本能的に後ずさりを踏んだ。
しかし、
-ガッチリ!
「ちょ、ちょっと待って!」
「ハハ、大丈夫ですよ。最初だけ少し奇妙に感じるだけです。一緒に入りましょう。」
「え、えええ?!」
バレリアンはもがく私をすんなりと引き寄せた。
私の意志とは関係なく、一瞬で暗闇の中に吸い込まれていった。
***
目眩と共に意識が戻ってきた。目を開けてみると、何となく洞窟のような場所にいた。
「ここは……?」
「入り口はあっちです。」
「一体、何が起こったんですか?」
「まずは外に出て話しましょう。」
困惑した状況に怒りが湧いたが、とりあえず彼の言葉に従って動き始めた。
暗い洞窟の中を歩き始めてからしばらく経つと、
明るい光が漏れてくる出口が見えてきた。
明るくなった周囲により一瞬目を細めた。
眩しさが消えて再び目を開けると、驚くべき風景が目の前に広がっていた。
「わあ……」
青い空と暖かな日差し。
雲に触れそうな高さの山脈と、その下に広がる緑の草原と森。
都市ではなかなか見ることのできない、まるで童話から飛び出してきたような美しい自然の風景に自然と感嘆の声が漏れた。
「雄太さん、「インペリス(Inferis)」次元へようこそ。」
「え? 何ですって?」
「インペリス! 今到着した次元の名前です。あ!雄太さんには魔界という表現の方が馴染み深いかもしれませんね。」
「魔界って?」
インターネットやニュースでたまに耳にする魔界?
私は顔に不信感をたっぷりと込めて眉間にしわを寄せた。
バレリアンは何がそんなに面白いのか一度大笑いした。
「ハハハ。初めてこの場所を説明するとみんな同じような反応をしますね。でも、ウソではありません。ここは、雄太さんが生活していた場所とは異なる場所なんです。」
「……。」
「自分で見れば、私の言葉を信じることができるでしょう。もう少し行ってみましょうか?ここから農場までは近いんですよ。」
「……とりあえず、わかりました。」
騙されたと思って再びバレリアンの後をついていった。
洞窟の入口から続く道を歩きながら、周囲を見渡した。
草原を吹き抜ける風が草の香りを運び、名前の知らない野鳥が澄んだ声で歌っていた。
ときどき地面に咲いている色とりどりの草花を見ながら、最近仕事探しで苦しんでいた心が癒されていくようだった。
ここが本当に魔界かどうかは分からないが。
ここで働けるなら、悪くないと思った。その思いが一瞬、頭をよぎった。
景色に酔って歩くうち。
すぐに牧場の建物が目の前に姿を現した。
バレリアンは大股で玄関の方に向かった。
-コンコン…… コンコンコン……。
バレリアンが玄関をノックして応答を待ったが、中からは何の反応もなかった。
しばらく待った彼は不自然に笑って言った。
「席を空けていないはずなんですけど。少しお待ちください。裏口が開いているか確認してきます。」
バレリアンは私を置いて建物の裏側に向かった。
一人残された私は別の方向に目を向けた。
農場の建物とそれほど遠くないところに大きな牛舎と長く伸びたフェンスが見えた。
ゆっくりとそこに向かって歩いた。
フェンスの向こう側、とても遠くに何か大きなものが見えた。
牧場で育てている動物か?
好奇心からその姿を詳しく見ていると、その大きな体の動物がこちらに近づいてきた。
「え…… えぇ?!」
近くに来た動物は驚くほど大きかった。
圧倒的な大きさ。頭に生えた大きな2つの角。全身を覆う厚い毛皮。
この巨大な生命体は、フェンスを挟んでじっと私を見つめていた。
初めはその圧倒的な大きさに恐怖を感じたが、大きくて穏やかな目を見ているうちに少しずつ心が落ち着いてきた。
「こんにちは?」
-ムームー。
私のぎこちない挨拶に動物は短く鳴いた。その低音に大きな響きが、まるで大きな管楽器の音のように聞こえた。
以前父が飼っていた牛を思い出し、自然と親しみを感じた。
自分でも気づかぬうちに動物に向かってゆっくりと手を伸ばした。
私が近づく動きに動物は少し警戒した。
私は手を止めて警戒心がなくなるまで静かに待った。
「……」
-……
少しの対峙の後、動物は私に向かって大きな頭を差し出した。
私は微笑みながら、とてもゆっくりと、そして優しく動物の首の部分を撫でた。
「そうだよ。いい子だね。」
-ムームー。
動物は私の手触りが気に入ったのかゆっくりと目を閉じた。
私も安心して柔らかい毛を撫で続けた。
手のひらと腕を通じて温かさが全身に広がった。
全身が満たされたエネルギーに満足感を覚えると。
[一時的にマナを取り込みます]
[不完全だった覚醒が再度進行します]
「え?」
初めて覚醒した時に聞いた声が再び頭の中で響いた。
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