落ちこぼれの魔術師と魔神

モモ

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第1部

謎の少年

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「起きろ、着いたぞ」
 運転席から聞こえる、無機質な声。
 声の主は俺の兄貴、坂本・ 冬哉
「……ん」
 車の窓から覗く景色は真っ黒そのもの。
 ただうっすらと何か建物が見える。
「……着いた?」
 というか、俺はいつの間に寝てたんだ?
 それに今は何時? 多分良い子じゃなくても寝ている時間は過ぎてそうだが。
「ああ、ちょっと遅くはなったがな」
 無機質な声を耳に入れつつ、俺はポケットから携帯を取り出し、開く。
 ……
 ほら、俺の思った通り、午前2時とか携帯の画面に出ちゃってるじゃないですか
「……寝ボケているのか?」
 フフ……甘いな兄貴、俺はどちらかと言えば寝起きは良い方だと
「寝ボケているのなら置いていくぞ」
 いや待ってよ兄貴! 俺と俺の荷物を置いたまま車から出て行かないで!
 そんな訳で俺は急いで荷物を詰め込んだ鞄を手に取り、ビザンティン帝国製の外車から降りた。
 服とか必要な物は先に送ってあるとはいえ、結構重い。
「ま、待ってくれよ、兄貴……」
 玄関の扉の前に立っている兄貴は、右手に持った車の鍵についたボタンを押した後、俺に言い放つ。
「断る」
「……大人気ないぞ、兄貴」
「知るか」
「……」
 もはや何も言うまい。
 無表情でボケる兄貴に参った俺は、無駄に重たい鞄を抱えながら家の中へと上がる。

 居間でも良い。今はこの鞄を置いて、休みたいと思っまさにその時。
「翔護の部屋は二階だ。明日は入学式なんだから早く寝ろよ」
 玄関に上がって直ぐにある階段を指差して、兄貴がそんなことを言いやがった。
「兄貴、ちょっと休ませてくれても」
 頑張って訴えてみるが、兄貴には通じなかった。
「寝坊して遅刻されたら困るからな。それに入学初日から遅刻なんて嫌だろ?」
 と、言われる始末。
 兄貴に言われた通り、自分の部屋に向かうため、足を進める。
 まあ、俺だって入学初日から遅刻なんてしたくないし。
 ただでさえ、浮いた存在になりかねんのに、これ以上浮かせる要因を作り出す訳にはいかない。
「へいへい」
 渋々俺は兄貴に言われるまま、階段へと足を運ぶ。
 もちろん鞄は持ったまま。
 ラスボスは階段か……

 両腕で抱えた鞄の重たさと格闘しながらも、何とか階段を上りきることが出来た。
 何はともあれ、自分の部屋に着いた俺は明かりをつけた。
 真っ暗闇から真っ白へ変わる、俺の部屋。そして嫌でも視界に入ってくる段ボールの山が目に入ると思わずため息をついてしまう。
「はぁ……」
 こんな積木感覚で積み上げんでも……
 幸いベッドやタンスはそのまま置かれている。布団は適当に探せば見付かるだろうし、パッパと見付けて寝よう。
 着替えるのは良いや。どうせ明日、また段ボールを漁って制服を探すんだし。
 重量感たっぷりの鞄を床に起き、開放感を迎えている両腕で段ボールを片っ端から開けていく。
 服。下着。タオル。教科書。様々な俺の私物が掘り起されていく中、布団だけが見付からない。
「仕方ない」
 最終手段として俺は魔術を使って布団を探すことにした。
 探知系の魔術は補助魔術に分類されている。
 魔力は魔人の平均値以上はある物の魔術に関してはお世辞でも上手いと言えない俺だが、補助魔術にはそこそこの自信がある。
 まあ、補助魔術しかろくに扱えないだけだか。特に戦闘魔術なんて、去年真っ直ぐに飛ぶ筈の魔力弾をミスって、真横の友達の方に飛ばしてしまった程である。

 頭に再生された嫌な記憶を掻き消し、俺は魔力を練る。

 体内にある魔力を引っ張ってくることをまずイメージする。
 そして次は練った魔力に術式を組み込む。要は、魔術の範囲とか効果をプログラムすると思えば良い。

 範囲はこの一室の段ボール。
 持続時間は1分間。
 探知媒体は両目。
 より詳しく設定していけば、魔術はより確かなものとなる。けど今はそこまでやる必要は無い。
 後は魔術を起動させるために起動キーとなる単語を唱えるだけ。まあ、熟練の魔術師はこれをせずとも魔術の発動できるが、俺がそんな高等テクを使える訳がない。
「検索」
 瞼を閉じて唱えた俺は数秒後、恐る恐る瞼を開く。
 真っ先に目に入った、段ボール群の中で青白く光るやつが一つ。
 早速それを開けてみると、そこには俺が探し求めていた布団があった。
「よし、成功」
 成功の余韻に浸りたいが、もう寝ないといけない。兄貴は早くから仕事だと思うし、多分起こしてなんかくれないだろう。
 そういう訳で布団をベッドの上に敷き、横になる。

 掛け布団を顎まで掛けて目をつぶった時、俺は何かの気配を感じた。
 あまりに気味が悪いので、体を起こして確認する。
「……」
 その瞬間、俺の体に電撃が走った。同時に体中から変な汗が滲み出す。
「やあ、こんばんは」
 居たのだ。
 俺の視線の先でニコリと笑う、青い髪の少年が。

 駄目だ。こんな時に限って声が出てくれない。せめて大声で叫ぶことが出来れば、兄貴が「うるさいぞ」とか言いつつ、来てくれると思うんだけど……
 まさかこの家は訳あり物件だったのか?
 俗に言う、幽霊なのか?
 何でよりによって俺の部屋に出るんだよ!

「何を驚いているんだい? 僕は君をずっと前から知っているのに」
 そう言い、徐々に近付いてくる少年。まさかの死亡フラグ?

 めっちゃ怖いんですけど。

 ちょっと待て。

「知ってる……?」

 やっと声が出た。
 消えてしまいそうな小さな声だけど。


「うん。僕は君を知っているし、会った事もある。そうだね、例えば君が十年前の記憶が無いのも知っているし、好きな女子のタイプも知ってるよ」


 前言撤回。こいつは幽霊ではなく、悪質なタイプのストーカーだ!

 好きな女の子のタイプはともかく、俺が十年前の記憶が無いのは家族しか知らない筈。
 親父によると事故に遭い、それで記憶を失ったらしい。

 だが、俺はこいつに会った覚えはない。

「誰?」


 こいつは俺を気持ち悪い程に知っているようだが、俺はこいつの事を知らない。


「そうか。まだ君は僕の名前を知らなかったね。そうだね……」
 少年は宙を仰ぎ、続ける。
「アルマロスと名乗っておこうかな。改めてよろしくね、翔護君」

「ア……アルマロス?」
 外国系なのか?
 君は外国人系の幽霊なのか?
 そもそも幽霊って万国共通なのか?
 色んな意味で疑問は尽きない。しかし、こいつはそれを無視して話を進める。
「うん、アルマロスだよ。間違えないでね」
「うん分かった……って、そうじゃないよな? 俺が聞きたいのはもっと他に」

「そうそう。明日から学園に入学するんだよね?」
 俺の言葉を遮り、言葉を口にする少年。
 人の話は最後まで聞きましょうって習わなかったのか? 多分習わなかったから、こうなんだろうけどさ。
「ああ」と俺が返すと、アルマロスはニッコリと微笑み
「なら君に忠告をしておこう」
 とか言いやがった。
 とても親近感の持てる声で。
「まずは一つ。君の中に眠る鍵が目を覚まそうとしているよ。目を覚ますのは3ヶ月以内かな」
「……は?鍵?鍵って何の事だよ」

 鍵って何の鍵だよ。
 家の鍵か?
「もうすでに役割は果たした廃棄物と言っても差し支えはない物だけど、まあまだ役には立つ物だね。で、同種の鍵を失くした成れの果てと君は出会う。彼が鍵を再び入手した時、世界が再び変革を起こすであろうきっかけが発生するかも知れない。しかし、それはだいぶ先の話。亡霊どもは鍵はあっても、その肝心の彼をまだ見つけていないからね。」

「……」
 意味分からん……!
 こいつは何者なんだ。
 そして、こいつは結局何が言いたいんだ。

「……そして二つ目。世界に二度目の変革を起こそうとしている連中がいる。君にとって当面の危機はこっちかな」

 もうアルマロスが何言ってんだか、ついていけない。
 二度目の変革? 一体何がどう変わるんだ? その辺はっきりしてもらわないと全然理解出来ないぞ。
「……」
 俺はアルマロスに視線を送り続けるが、肝心の彼はまったくそれに気付かずに続ける。
「しかし、厄介なのは一つ目だ。亡霊どもが彼を復活させた場合、彼に勝つのは現在の魔術師ではとても厳しい。勝てる可能性があるとしたら君だね。彼に対して有利とは言えないが、総合的に言えば勝てる可能性が一番高い。ただ、それには高い代償が必要となってくる。それを避けられると良いね。」

 何が言いたいのか、さっぱりだ。それに亡霊ってこいつ以外にも存在するんだな。

「以上、これが忠告。分かったかい?」
 そう言ったアルマロスは髪と同色の瞳で俺を見詰めてくるが、分かる訳が無いだろう。
 これで、理解出来る奴がいれば、そいつは変人だ。
「……どうだろ」
 俺がそう返すとアルマロスは苦笑らしき笑みを浮かべ
「そうかい。もう少し話をしたい所だけど、残念ながらもう時間だ。また会いに来るよ、翔護君」
 そう言い終えたかと思うと、青髪の少年は突然消えた。


 消えた? 空間系の魔術?
 いや違うな。あんな俺と同じぐらいの少年が使えるものじゃない。
 それに空間に作用するほどの大魔術なら、魔力反応は確実にする筈なのだ。
 なのにそれが無い。
 と言う事は魔術ではない

「本当に何者?」
 俺は呟くように声を漏らすが、誰も答える人はいない。
 これは夢なんだろうか。
 頬を抓ってみたけど、普通に痛い。と言う事は夢ではない。

「……とりあえず寝るか」

 現実逃避のような気はするが、明日入学式である以上、もう寝ないとヤバい事になる。
 俺はそのまま横になった。
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